メディアグランプリ

生もの禁止


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記事:そらいぬ(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
化学療法中は、生ものは食べられない。
私は乳がんで、今、化学療法を受けている。薬の点滴を受けると、当日から数日の間に副作用が出る。吐気だったり、脱毛だったり、現れる副作用は人それぞれだが、副作用が出るのは、がん細胞を攻撃する薬物が、正常な細胞にまで影響を及ぼしてしまうからだという。その副作用には吐き気や脱毛などの他に、自分自身でも分かりづらいものもある。その一つは、抗がん剤が骨髄を抑制することでおこる、免疫力低下だ。病気にかかりやすくなる。だから「熱処理していない食材には細菌やウイルスがついている可能性があるから、生野菜や生肉、刺身などの生ものは食べないでください」と、栄養士さんから禁止された。
「ドライフルーツや発酵食品もだめです。納豆やはちみつもだめです」
「え、納豆もですか! 毎日食べてたのに」
栄養士さんは、ふっと、冷たく笑う。
しかたがない。化学療法が終われば食べれるんだから、数カ月のガマンだ。命には代えられない。
 
そう納得したが、世の中には思いのほかたくさんの生の食べ物があふれている。
回転ずしのCMは、日に何度も流れる。テレビをあまり見ないにもかかわらず、頻繁に流れている印象だ。近所のショッピング街にも、回転ずしの店がある。回転ずしだけではない。スーパーにも、寿司に刺身、生野菜のサラダが必ず置いてある。なにも、生ものにこだわらなくても、揚げ物だっておいしいではないか。でも、化学療法で胃腸も弱っているから、揚げ物は食欲がわかない。さっぱりした食べ物代表の生ものは禁止だ。酢の物もしかりだ。辛い。日常の買い物すら、苦行になってしまう。
 
やがて、残念なことに、これは買い物だけの問題ではないことが判明した。例えば「定食」「ランチ」の類だ。健康ブームを反映して、昨今の「ランチ」などには、サラダが付いていることが多い。サラダいりませんというと、店の人に「え、お値段変わりませんよ」と怪訝な顔をされる。貧乏でいっているのではないと、心の中でムッとする。
カレーは大好きだったけど、今は刺激が強そうで、口にしたくない。中華のこってりも、欲しくない。カルパッチョ食べたいけど、これもダメなんだろうなあ。健康にいいというので、発酵食品のお店をいくつかリストアップしてあるのに、今の私の健康には良くないという。がんが判明する前に、すぐに行くべきだった。
そうだ、ハンバーガーならいいんじゃないか。パンと肉は、火が通っている。いいものがあったと、心弾ませて購入した。出来立てのぬくぬくハンバーガーを開封して、いざかぶりつこうとしたら、なんと、生のレタスがパンの間からはみ出しているではないか。「生もの」だ。生のレタスがくっついてしまっているから、雑菌がうつっているかもしれない。こうなると、お肉もパンも危険だ。
 
あれこれ考えた挙句、結局、うどん屋で、きつねうどんか肉うどんで済ませるのが無難ということになる。うどんは、おいしい。うどんは、火が通っている、うどんは、胃に優しいし、心も温まる。うどんは、正義だ。
「だけど、毎度毎度、駅前のうどん屋でささっと昼食をすませるのって、なんだかおじさんっぽくない?」
そんな思いが浮かんできて、あわてて自分で打ち消す。それは、おじさん差別だ。おじさんの何が悪い。うどんが大好きで毎日通っているおじさんだって、いるに違いない。いいじゃないか。おじさんで、いいのだ。私はおばさんだけど、この場合はおじさんと同じで問題ないのだ。とにもかくにも、今日のところ、うどんはおいしかった。うどんという食べ物があって、よかった。
 
私は、そうそう外食ばかりしているわけではない。特に、がんに罹患して化学療法の副作用で脱毛が始まってからは、抜け毛が服に着いたり周りに落ちたりするのが気になって、体調が良くても、外出そのものがおっくうになっていた。ようやく脱毛が収まったのは、最近だ。外出を楽しみたい気分も戻りつつある。とはいえ、まだ化学療法の最中だ。体調の良くない日が、繰り返しあるはずだ。以前のように、頻繁に出かけることは、難しい。仕事は、多くがリモートだ。だから、ランチ問題は、うどん屋一択で、なんとかいけるだろう。
 
とりあえずお腹は満たされた。私はうどん屋を出て、スマホを手にした。特に必要もないのにスマホを見てしまう習慣はやめなくてはと思いながら、インスタグラムを開いた。おしゃれなカフェの写真が、流れてくる。
「新鮮なフルーツをふんだんに使ったスイーツをご用意しています」
スイーツは別腹だ。冷たい果汁が喉を下っていく感覚が、たまらない。食べに行こうか。写真をまざまざとながめてみる。
いけない、いけない。フルーツは、要注意だ。特に、まるごと食べるブドウやイチゴは危険だった。イチゴといえば、2か月後は、クリスマスだ。その頃には、イチゴを食べられるようになっているだろうか。
先のことはわからないけれど、何といっても、がんだもの。気長に付き合うしかない。今年はだめでも、来年のクリスマスには、きっと食べられるようになってるよね。
「いやあ、いちごを食べられる日が、楽しみ!」
そう小さくつぶやいて、私はスマホをポケットにしまった。
 
 
 
 
***
 
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2023-11-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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