メディアグランプリ

故郷から帰る新幹線に乗り込んだとたんに襲ってくる、あの感情について


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡辺エリナ(ライティング・ゼミ)

「今回も楽しかったね。また、いつでも帰ってきなさい」
父に車で駅まで送ってもらい、私はスーツケースをトランクからおろした。
「またね。達者でな! くたばるなよ」
30にもなったのに、父にはいまだにこんな口の利き方をしてしまう。
「はいはい、お前には面倒かけないように頑張るよ」
そんな言葉を残し、エンジン音が少しおかしい父の車は走り去った。

次の東京行きの新幹線は……30分後か。
東北の田舎駅に停まる新幹線は30分に1本程度。ちょうど今発車したばかりで、間が悪かったようだ。
新幹線の切符を買おうと券売機に向かうと、電光掲示板の東京行きの欄には×印が並んでいる。あと1時間以上、指定席は取れないらしい。
年末年始の帰省Uターンラッシュは外したので大丈夫だろう、と高をくくっていたけれど、意外にもみどりの窓口は大きな荷物を持った人でごった返していた。
まぁ、そんなに長い時間でもないし、最悪座れなくてもいいかと思い、私は自由席の切符を購入した。

まだ時間があるので改札内の売店で時間をつぶそう。
あ、この雑誌、今月号の特集面白いな~。ちょっと立ち読みしよう。
へぇ~、最近こんなお土産が出たんだ。
あ、このラーメンおいしそう。明日のお昼用に買っていこうか。
お土産とあったかいお茶を買い、ホームに向かうと、自由席乗り場に並ぶ。
それにしても、今日は人が多いな。こんなに多くの人が並んでいるのは久しぶりに見た。
みんな、これから家に帰るのかな? それとも、東京に遊びにいくのかな?
あー、しかし……。
「寒いっ!」
1月の東北は寒い。今年はあったかい方だと思っていたけど、やはり外にいると5分も経たないうちに凍えてしまう。
家族連れの後ろに並びながら、新幹線の到着を今か今かと待つ。
「ママ、おしっこー!」
「えー、もう少しで新幹線来ちゃうから我慢しなさい」
お母さんが赤ちゃんを抱っこしながら、幼稚園生くらいの女の子に言っている。
一人で子供二人を連れて新幹線に乗るのも大変だなぁ。今日は混んでいるし、自由席で座れなかったらさらに大変だろう。他人事ながら心配してみる。
あー、新幹線まだかなぁ。荷物が重いよ。
って、愚痴を言う相手もいない。
1週間以上、実家にいたので、私は大荷物を抱えていた。大きなスーツケースにハンドバッグ、パソコンや一眼レフカメラを入れたリュック。これが結構こたえる重さなのだ。
実を言うと、私もトイレに行きたい口だ。こう寒いと、仕方ない。どうにも年々トイレが近くなって嫌になる。
しかし、この大荷物を一人で抱えていてはトイレに行くこともままならず、新幹線内で行ければいいなと思っている。まぁ、座れればの話だけど。

『間もなく、13番線に電車がまいります。停車駅は……』
そうこうしているうちに、ようやく新幹線が到着した。車窓から見える車内はやはり混雑していた。
ほぼ最後尾なのであまり期待せずに乗り込む。私の前にいた女子大生らしき乗客は早々にあきらめて、デッキに陣取った。
しかし、トイレに行きたい私は空席を探して、他の車両にも足を伸ばす。……と、奇跡的に1席だけ空いていた。
「ここ、どうぞ」
赤ちゃんを抱えたお母さんが席を空けてくれた。
「ありがとうございます」
座席と座席のわずかなスペースにギリギリすべての荷物を入れ、体をすべりこませる。ラッキーだった。
――プルルルルル。
ほどなくして発車ベルが鳴り、新幹線は動きだした。
車内のあったかさに安心感を覚え、私はお茶を一口飲んだ。人間、寒いところからあったかい場所に来るだけで幸せを感じられるものである。

徐々に速度をあげ、流れていく窓の外の景色を、子連れのお母さんごしに眺める。
街で一番高いビル。戦時中、空襲の的になった化学工場。友達が昔住んでいたマンション。
馴染みの景色が一瞬にして去っていく。
「…………」
いつもそうだ。
私はこの瞬間、何とも言えない切なさに襲われる。
この数日、家族と過ごした日々が走馬灯のように駆け巡るのだ。
父も白髪が増えたなぁ。
趣味が充実していて、ちょっとやそっとじゃ風邪も引かない人だけど、今回は一人暮らしが寂しくなってきたって弱音を吐いたなぁ。
登山をしているだけあって足腰は丈夫だけど、見た目はだんだんおじいちゃんになってきたし。
……みんなで大みそかに食べた手巻き寿司、おいしかったなぁ。
大学進学で上京し、初めて帰省して以来、帰りの新幹線ではどうにもセンチメンタルになってしまう。
行きの新幹線の中では何も感じないどころか、「だんだん景色が田んぼばっかりになって嫌だな。これだから田舎は」なんて思うくらいなのに。

年を追うごとに、車内で考える親への感情にも変化がある。
大学生の頃は、親の年を感じることなんてなかった。
「今回は新幹線代、多めにもらってラッキーだったな、次帰ってきた時もねだろう。また、あの行きつけの店に連れていってもらおう。あー、明日のバイト嫌だな。まだ実家にいたい」というような、傲慢な感情の方が勝っていたと思う。
親も人間だし、年を取るのは仕方ない。
けれど、私は親が年老いていくという事実がまだ受け入れられずにいる。
実家に帰ったら、30になった今も条件反射的に子供に戻り、親に甘えてしまう。
父にはいつでも私のずっと先を、元気に歩んでいてほしいと思ってしまうのだ。
子供にとって親はずっと親で、永遠に元気で生き続ける――。
頭ではありえないとわかっていても、そんなことを半ば本気で望んでいる気がする。
私は母を若くして亡くしているから、余計に親の“老い”が受け入れがたいのかもしれない。

『次は、上野に停まります』
1時間ほどが経ち、新幹線はあと30分もしないうちに東京駅に到着することを知らせる。
いつものあの感情に襲われた私はトイレに行くことも忘れ、隣の席の赤ちゃんが私の足を蹴り続けていることも気にならないまま、ただぼーっと座席に座り続けていた。
10年後も親が今のままの状態でいることは、きっとありえないだろう。
そろそろ本格的に親の面倒をどう見るか、妹や旦那と話し合わないと。
上野駅に到着する頃には、いくぶん冷静になり、車両の前方にある電光掲示板から流れるニュースに目をやる余裕も出てくる。
これも、毎回お決まりの流れだ。
あ、そうだ。仕事のメール返さなきゃな。
来週の取材の下調べもして……と。
今度実家に帰る時は、どんな姿を親に見せられるかな。
子供の成長は、いくつになっても親の楽しみだからね。
あぁ、私よりも早く孫の成長を見せろって言われるか……。

「もしもし? 今、東京駅着いたよ。うん、ありがとう。迎えよろしくね。あ、明日のお昼に、ラーメンのお土産買ってきたよ」
東京駅に着き、自宅にいる旦那に電話する。大荷物に加え、雨が降っていたので、車で途中の駅まで迎えに来てもらうことにした。

「ただいま」
旦那が運転する車に乗り込むと、私は子供としてではなく、一人の大人……妻として、彼にそう挨拶した。

上京して10年ちょっと、ずっと謎だった感情。
私にとって新幹線は、“子供”と“大人”を行き来する、タイムマシンのようなものなのかもしれない。
帰りの新幹線であの感情を経験するごとに、私は少しずつではあるけれど、大人の階段をのぼっているのではないか――。
なんとなく、そんな気がした。
***

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2017-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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