私が今、髪を切れない本当の理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:あおい(ライティング・ゼミ)
私は今悩んでいる。
髪を切ろうかどうか悩んでいる。
そんな悩むほどのことかと思われるかもしれないが、髪は女の命と言われるように、いくつになっても髪を切る時というのは悩むものである。
たとえばそれが「え? どこ切ったの?」とまわりから言われるぐらい切ったかどうかわからない程度であったとしても、本人にとってはとても勇気のいることなのである。
で今回は、いっそのこと家族もびっくりするぐらいばっさりと切ってやろうかと思っている。それならそれでさっさと行けばいいじゃないか、という話なのだけれど、行けない理由が実はもっと根本的なことにある。それは、私が今「美容院ジプシー」だということ。つまり美容院が定まらなくて困っているということなのだ。
実は、おととしまで10年間、通い続けていた美容院があった。
始めてその美容院に行ったのは、友人の紹介だった。そこの店長がカットが上手だと聞いて、その時も新しい美容院を探していた私は、電話予約の際に店長を指名して早速行ってみることにした。
オープンしてからまだ1年ぐらいしか経っていなかったそのお店は、内装もオシャレで、店内も清潔で高級感もあって、なかなかの好印象だった。
一番良かったのは、ほとんどの従業員が若いお兄ちゃんだということ。イケメンも結構いて、行くだけで目の保養になるというなんとも素敵なおまけつきじゃないか。ウハウハしながら待合の椅子に座って待っていると、店長がやってきた。イケメンというほどではないけれど、感じのいい青年だ。彼はまず最初に、私を美容院で一番大きな鏡の前に案内してくれた。鏡に向かうと、自分の姿が大写しになる。おお、直視するのはなかなか辛い。どこを見ていいかわからない。
すると私の後ろから、その店長が鏡越しに優しく声をかけてくれた。
「初めまして。○○です。指名していただきありがとうございます。今日はどのようになさいますか?」
そこで私は、自分の希望する髪型を鏡に映った店長に向かって答えると、「あおい様の髪質はこうだから、こうしてこんな感じでどうでしょう?」とヘアカタログを見ながらあれこれ提案してくれた。ちゃんとお客様のニーズを聞きながら、その中で実現可能な髪型をセレクトしてくれる。
なかなかいい感じ。お客様のハートをつかむのがうまいな、というのが第一印象だった。
そしてシャンプーをしてから、いざカットへ。
たわいのない会話をしながらも、手はテキパキと動いている
その動きの早いこと! そして思い切りの良いこと!
あっという間だった。その間約15分。めっちゃ早い。早すぎる。
でもブローしてみると、ちゃんと希望通りにできている。
噂の通り、なかなかのやり手……
私は美容師の腕は、「再現性」と「持続性」で決まると思っている。
いくらオシャレにカットして、クルクル巻いたりワックスつけたりしてくれても、翌日自分でセットしたらなんじゃこりゃ、みたいになってしまっては意味がない。
その髪型が家に帰った時に再現できるか? まずは「再現性」が大事なポイントである。
そして、長持ちするかどうか。美容院に毎月行くのはお金もかかるし面倒だし、美容院ごときでわざわざ電車に乗って遠いところに行きたくない、というのもある。
髪は女の命と言いながら、面倒くさいというのも矛盾しているが、それはまあおいといて、3ヶ月に一回、長い時は半年に一回ぐらいしか行かない私としては、伸びても鬱陶しくならずまとまりがあるという「持続性」も大事なポイントなのである。
店長は私の重視する2点を見事にクリアしていた。
私はそこから店長一筋で、その美容院に通うことになった。その後、長女からはじまり、次女、長男、次男と4人の子供も全てその店長にお世話になることとなった。私は数ヶ月に一回でも、家族5人、毎月誰かが店長にカットしてもらっていた。そのくらい私は店長の腕を信頼していた。
店長はとても気さくだった。もちろん客商売だから人当たりのよさは必須条件であるが、会話に無理がなかった。店長のカットが終わったあと、時折新人さんがブローをしてくれることがあったのだけれど、がんばって私に話しかけている感が伝わってきて、こっちが気使うわ、みたいな時がよくあった。店長はその点、私が喋りたくない時には空気を読んで黙っていてくれた。さりげない気遣いができる人だった。
3年ぐらいは何の問題もなく通っていた。家族で通っているから、もちろん顔も覚えてくれていたし、私の髪質を理解した上で、希望に添うような提案をしてくれていたし、とても満足していた。
ところが、あるとき気づいたのである。だんだんとその関係性が変化してきたことに。
あれは通い始めて4年めのことだったと思う。私は「パーマをあてたい」と店長に言った。雑誌のモデルさんのショートでふわふわっとした感じの写真をみて、こんな風にしたいと申し出たのだ。
すると店長はこういった。
「これはね、雑誌の撮影用にスタイリストさんがしっかりセットしてあるからこうなってるんです。毎朝ブローが必要です。普通の人には無理ですよ」
ああ……
あまりにバッサリ言い切られて絶句した。ちょっと上から目線だったのも気になった。
わかってますよ、モデルさんと私と顔が違うということも、しっかりセットしてあるってことも。
それでも、できるかぎりお客様のニーズに答えるというのがプロというものじゃないのか! とココロの中で思ったけれど、それは口に出せなかった。
「ですよね……」というのが精一杯だった。
結局その日も、いつもとたいして変わらないカットをして帰った。案の定、家族には気づいてもらえなかった。
その後も、こんなふうにしたい、あんなふうにしたい、と何度かチャレンジしてみるものの、
「これはこうだから無理」「これはこうだからこうしたほうがいい」と私の要望を聞き入れるよりも、自分の意見を通そうとするようになった。もちろん私の2大欲求である「再現性」と「持続性」を最優先に考えての回答だとは重々承知しているけれど、それでも最初のころは私の要望をできるかぎり実現できるように提案してくれていたんじゃなかったっけ?
少しずつ私の中に不満が芽生えてきていた。
それでも美容院を変える勇気はなかった。
若い頃と違って年齢を重ねてくると、スーパーに行くならここ、洋服を買うならここ、みたいにだんだんとお店が絞られてくる。なぜなら、新しくお店を探すというのは思った以上にエネルギーが必要で、その作業が次第に面倒になってくるのである。同じように決まった美容院があるというのはとても楽である。私の髪質や今までの経緯も全てわかっているから、いちいち説明しなくていい。
なにより店長はカットの腕がいい。そして家から近い。その上値段もリーズナブル。
そう、条件的にはなんの文句もないのだ。
変わりばえしない代わりに失敗もない。年に数回のこと、私がちょっと我慢すれば、安定した髪型で過ごすことができるのだ。
そうやって自分をごまかしつつ、さらに数年通った。
ここまでくるともう完全なる固定客である。黙っていても時期が来たら勝手に来る固定客。店長にしてみれば、私はそんな存在になっていたのだろうか。最初のうちは店長が空気を読んで私の喋りたい時に合わせて喋ってくれていたのに、いつの間にか立場逆転して、店長は自分が喋りたい時に話しかけてくる。店長が黙っていたら私が気を使って話しかけるという始末。いったい何してるねん私。
そこまでして通う価値ある?
そこから美容院を変えたい、と思うようになった。ネットでいろいろ検索したり、友人に聞いてみたりするものの、ピンとくる美容院がない。
ああ、新しく探すのはやはり面倒だ。でも今のままもいや。そう思いながらも通い続けて一年が過ぎた頃、決定的な事件が起こった。
いつものように、店長を指名して予約し、待合のイスで待っていると、彼がやってきた。
最初の頃のように、大きな鏡の前に案内して私の要望を聞くということは、とっくの昔になくなっていた。が、それでもカット席の方に案内してから、その日の希望を聞くというのが定例だったはずだった。
ところがその日店長は、待合にすわっている私を手招きで自分の方に呼びよせ、「こんにちは。今日はどうされます?」と聞いてきた。しかも立ったまま。
私はここで聞く? と思ったけれど、「あ、縮毛矯正とカットで」と答えると、「どうぞ」といって私をカット席に案内しただけで、あとは助手の男の子に任せて、私にはなにも告げずに他の客のところに行ってしまった。
そしてカットの時だけやってきて、いつものようにぱぱっとカットすると、またブローは別の助手に任せてどこかに行ってしまった。
そして、最後の確認にやってきたとき、はい、全て僕がやりました的な顔をして「終わりました」といった。
これまでももちろん、助手がカット以外の部分を担当することはあった。けれど必ず今日はこういう段取りでいきますから、という説明があった。ところがその日は、最初からなんの説明もなかった。
気がつくと私は、流れ作業の商品のように、次から次へと回されていた。
あのさ、私はあんたを指名してるんだよ!
なのに、この2時間の間、私を担当したのはたったの15分!
私はその時決心した。
もう二度とここには来ないと。
そこから私の美容院ジプシーが始まった。別の美容院にもいくつか行ってみた。かれこれ1年半たつが、いまだに決められずにいる。
でも私は、10年通ったおかげで気づいたことがある。
美容院選びは、カットの腕、価格、立地、など様々な条件がある。10年通った美容院は、それらの条件を全て兼ね備えていた。にも関わらず私が行かなくなったのは、それらの条件よりもっと大事なことがあると気づいたからだ。
その大事なものとは、目に見えるものではなかった。笑顔だったり、さりげない気遣いだったり、ちょっとした言葉がけだったり、要は私を客として大切に扱ってくれているかどうか、ココロがこもっているかどうかだったのだ。
人工知能の研究が驚く程進んでいる現在、10年~20年後には今ある仕事の40%以上をロボットがこなすようになる、という話もある。もし将来、私が通っていた美容院の店長と同じぐらいのスキルを持つロボットが現れて、価格や立地など申し分のない条件で髪を切ってあげると言われても、私は丁重にお断り申し上げたい。「キョウハ ドウナサイマスカ」などと変なロボットなまりの言葉で会話をするのはごめんだ。私はやっぱり生身の人間、できればイケメンと、目の保養をしながら、ちょっとした心遣いに感動しながら、髪を切ってもらいたいものだと思う。それくらい髪を切るということを私は大事にしたいと思っている。なんたって髪は女の命だから。
というわけで、私の美容院ジプシーはまだまだ続くのであった。私好みの美容院を見つけるまで。
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