タイミングが合わない彼女と私との、未来の約束。《ふるさとグランプリ》
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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)
「そうだ 京都、行こう」
時期になるとテレビから聞こえてくるこのコマーシャルに、私は何度乗せられたことだろう。
仕事に就いてからというもの、数日の休みが取れると、私は 夜行バスに乗って京都に行っていた。
そして時には車で、時には自転車で市内のあちらこちらを巡って訪問した。
京都は、独特な街だ。どこにいっても歴史が感じられるものがあり、街並みが美しい。京言葉の響きも古風で美しく感じられ、店員さんや京都在住の友人の言葉にうっとりしては、私はため息をついていた。
そのくらい、すっかり京都の街に魅せられていた。
「えっ、ゆかりちゃんまた京都行くの?」
ビールのグラスを傾けながら、友人の美結はそう言った。
美結とは大学時代からの付き合いだ。バイト先が同じだったのだが、当時は挨拶をする程度で、これといって親しくはなかった。卒業後にたまたま再会したのを切っ掛けに、ちょこちょこと連絡を取っては遊ぶようになった。
社会人になってからの付き合いなので、私たちは共に旅行に出かけたことがなかった。盆暮れしか長期休みがない美結と、飛び込みの出張が多い私では、予定がなかなか合わなかった。
加えて、理由がもう1つあった。
「いいなぁ京都。行きたいなっては思うんだけど……」
美結は、身内以外との遠方の旅行に対して恐怖心があった。お姉さんとはよく海外旅行に出かけるけれど、他の友達とは行かない。近場なら友達と出かけるけれど、少し遠い場所の話になると困った顔をする。
なぜなのかがよく分からず、幾度か訊ねたことがある。
けれど彼女の理由はいつも
「うーん……なんでだろう。でも、なんとなく怖いんだよね。行く気にならないっていうか」
だった。
その限界は関東圏内くらいだった。なので、京都は行きたいのだけど遠くて行けないんだよね、鎌倉でいいかなって思っちゃって、といつも言っていた。
果たして、京都は遠いのだろうか。
鴨川のほとり、カップルがなぜか等間隔で並んでいる間に座り、川面を見つめながら考える。
夕暮れ時が近づいているため、カップル率が高いことはわかつていた。その中に1人で座るのはなかなか居た堪れない。しかし、今は京都を代表するこの川をゆっくりと眺めたかった。
来る途中に買った豆餅を鞄から出し、がぶりと食べながら考える。毎回、売り切れていなければ買うのだが、甘くなさすぎるこの店の豆餅は絶品だと思う。
美結が躊躇していることがわかっていたため、私は敢えて「でも行こうよ、大丈夫だよ」と誘うことすらしなかった。誘って、「でも……」と断られて、気まずい雰囲気になることが嫌だった。
でも、誘ってみれば良かったんじゃないだろうか。美結とはかなり仲が良いし、行ってみたい、と本人がそう思っているなら、誰かが声をかけて促してあげることで気持ちに変化があるかもしれない。いつもその辺りで同じように悩み、結局のところ私は何も言えないままなのだった。
それにしても、と思う。京都は私からすれば、新幹線で数時間、夜行バスなら一晩、という「割とすぐ行ける」距離だった。海外にお姉さんと行っているのだから、飛行機の距離と比べればあっという間だと思うのだが、それは「気持ちの問題」らしかった。
そういえば、と私はそこである事を思い出した。美結はつい先日まで、1人で東京に行けなかった。東京は怖い、と話しており、誰かと一緒なら行けるけど、1人では行けないと言っていた。
しかし彼女は急にそれを克服した。理由は、劇団四季にハマったからだった。
見に行きたいけれど、同じようにハマっている人が周りにいないため、毎回一緒に行く人を探すのが大変なようだった。それもとうとう底をつき、さすがに腹をくくったらしい。訓練した結果、1人で行けるようになった! と喜んで話していた。
それなら、同じことが言えるのではないだろうか。
私は夕陽でキラキラし始めた鴨川を見つめ、ふと、あることを思いついたのだった。
「これ、美結にあげるよ。京都、行きたいんでしょ」
私が渡したのは「ことりっぷ」だった。
ちょうど、そういうミニサイズのかわいい、おしゃれな旅行雑誌が出始めた頃だった。美結はその「ことりっぷ」を好んでいたので、それを見れば「京都に行きたい熱」が高まって行動に移せるのではないか、と私は考えたのだった。
きっと行動に移してみれば、京都はそんなに遠くない、と思えるはずだ。
「ゆかりちゃん、ありがとう。かわいいよね、ことりっぷ」
美結は喜んでパラパラと冊子をめくっていた。わあ、このカフェかわいい、このお寺ずっと行きたいんだよね、とニコニコしながら話している。
そのうちに美結と京都に行けるかな、私はそう思い、行くとしたらここに行こうか、あそこに行こうかと考えたのだった。
美結が「京都に行ってこようと思うの」と言い出したのはそれから随分経ったある日だった。
やっと行くんだね、よかった、ぜひ行ってみるといいと思うよ。
そう言った私は、自由に旅行に行けない状況になっていた。妊娠していたのだ。
妊娠がわかってからというもの、体調が悪く、医師から動くことを止められた私は、当分の間どこへも行けそうになかった。
対して美結は、京都への思いを募らせていたところにお姉さんから声をかけられ、姉妹で旅行に行ってくる、との事だった。
結局、最後に後押ししたのは身内だったということで、私の作戦は功を成したのか、不発に終わったのかが微妙なラインだな、と思いながら私は頷いた。
「行ってらっしゃい」
私は京都のオススメどころをメモし、彼女を送り出した。
その後、美結は順調に京都にハマり、やはり最後には1人で夜行バスに乗って行くほどの熱の入れようだった。
御朱印帳を作り、休みになれば寺社仏閣巡りをしていた。ガイドマップは付箋がたくさん付き、有名どころはほぼ制覇していた。ハマりすぎて「私、仏像好きな人と結婚したい」と言っていた時には少し焦ったが、そこはなんとか修正したらしい。しかし、「こんなに京都が好きなんだから、どうしても大好きなこの場所で結婚式をしたい」と言い張り、京都の某神社で結婚式を挙げた。
私があんなに京都に通っていた時には美結は行かず、私がぱったり行かなくなった頃に美結が通う。タイミングが合わない、とはまさにこの事だ。
「行ってみたら、意外に遠くないんだってわかったの。一緒に行きたかったな。ゆかりちゃんが行ってる間に、行けるようにになっていれば良かったんだけど」
と、ぽつりと言われた。
けれど、これも縁なのだろうと思う。
彼女は彼女で、私と行きたいところを思い描いていたようだった。2人でことりっぷを見ながら、ここ行きたいね、ああ、ここもいいね、と話す。
タイミングが合わなかった私たちは、タイミングを合わせようと、未来の約束をしたのだった。いつか、お互いに子どもが手を離れたならその時に、2人で京都に旅行に行こうね、と。
近いうちに、私は京都をまた訪れる予定だ。今度は、家族みんなで。
銀閣寺の庭の佇まいを見ながら、八坂神社の階段を登りながら。あるいは、叡山電鉄に乗りながら、私は思うだろう。
終ぞ行けなかった彼女との京都旅行を、そしてこれからの未来の予定を。
美結が出産が近いから、岡崎神社でうさぎのお守りを買ってこようか、と思う。
2人で鴨川を眺める光景を思い浮かべながら、私は美結から借りた「ことりっぷ」を、トランクに詰めた。
***
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