クローゼットの中に隠したもの
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:かおり(ライティング・ゼミ)
「今まで本当にありがとう」
ありったけの想いを込めて言った。
胸のあたりにちくりとした痛みがはしる。
もう別れると決めたのに「やっぱり嫌だ」ともう一度手を伸ばしたくなる。
それでも下唇をかみしめて心が揺り戻されないように耐える。
もう、何度かそんな別れを繰り返している。
「あーもう。なんか嫌だ。落ち着かない」
部屋を見渡してつぶやく。
ペンや読みかけの本、洗濯バサミがごちゃごちゃとのったテーブル。
目隠しのカーテンからちょこんと顔をのぞかせている本棚の本。畳んだ洗濯物の丘。
自分の部屋を見渡してため息をつく。
「どうしてこう、片付けられないのかな」
そうなのだ。私はどうにも片づけが苦手なのである。
一応、自らの名誉のために言っておくが、食べた物を片づけなかったり、ごみを溜め込んだりはしないし、ものに埋もれて床が全然見えないということもない。
ただ、なんとなくいつもどこかに山ができている。
例えばテレビの横にアクセサリーの山。カーペットの上に洗濯物の山。テーブルの上に紙の山。
本当はいつでも人が呼べる部屋にしておきたいと思っている。
綺麗な部屋に花を飾って、休みの日はお気に入りのカップで優雅に紅茶を飲みながら本読む。そんな自分を想像するが実際には、色とりどりのペンがささったペン立てに手帳、読みかけの本、書き散らしたメモ、お菓子といろいろなものがごちゃごちゃと乗っているテーブルの上のものをずりずりとふちに追いやって、かろうじて確保したスペースにマグカップを置いてコーヒーを飲む。そんな毎日だ。
「綺麗にしてるね! なんかハウススタジオみたい」
彼が初めて私の家に来た時、そう言って部屋を見回していた。
ベットとテーブル、棚が2つ。
部屋の中にある家具はそれだけで、棚も中が見えないようカーテンを付けてある。
「かおりちゃんの部屋、物が少なくて落ち着くね」
彼はにっこり笑った。
ぎくりとした。
ぱっと見、たしかに物は少なく見えるかも知れない。
けれどカーテンをめくった棚の中、クローゼットの中にはたくさんのものがごちゃごちゃと詰まっている。
カーテンをめくられてはならない。クローゼットをあけられてはならない。
心の中でつぶやきながら、私は彼ににっこりとほほ笑み返した。
いつ彼が来ても大丈夫なように部屋の見た目はいつも整えていた。
見えないところがどうであれ、すっきりとした部屋にいると心もすっきりとする。
恋をすると綺麗になるというのは、服装やメイクもそうだが、緊張感が持続するからではないかと思う。私の部屋もいつもぴりっとした心地よい緊張感が漂っていた。
しばらくすると、少しずつ私の緊張感も緩み部屋にも緩みが出てきた。
もし彼に「今日、行ってもいい?」と突然聞かれたら「ごめん! 今日は会社の飲み会なの」と思わず嘘をつかなきゃいけないな、なんてぼんやりと思っていた。
「ごめん。俺、他に好きな人ができたんだ」
会えない日が続いた後、私は彼に電話でフラれた。
目の前が真っ白になるような悲しさと、「ああ、そういうことか」と思う自分がいた。仕事が忙しいのはだから仕方ないと自分に言い聞かせつつも、2カ月近くもまったく会えないなんておかしいと心のどこかで思っていた。これが答えだったのかと思った。
「うん、わかった。今まで本当にありがとう!! ばいばい」
明るい声になるようにとびっきりの笑顔で返した。
涙も出なかったけれど、心に穴があいたような寂しさで、その日はどうしても寝付けなかった。明かりを消した部屋、ベットの中でぎゅっと目を閉じてごろごろごろごろしていた。
次の日、寝不足の目をこすりながら自分の部屋を見て改めて驚いた。
彼と会わなくなってから少しずつ緩んでいった部屋。荒れていた。
高くなった洗濯物と本の山。あけっぱなしのクローゼットのドア。
隙間のあいた目隠しのカーテン。
「こんなの、嫌だ」
そう唐突に思った。
部屋は心を映す鏡だという。
そうだとしたら私の心は荒れ果てている。
それにいつもうわべだけ取り繕って、見えないところ、中はぐちゃぐちゃじゃないか。
こんな自分、嫌だ。
……そうだ。断捨離しよう
その日、私は決意した。
まだ言葉にできないぐちゃぐちゃとした心の中を片付けるように部屋の整理を始めた。
「お気に入りだったけど、もうこの服着てないしなあ……今まで本当にありがとう」
そういいながら私はいろいろなものと別れた。
部屋が片付いてくると心も片付いてくる気がした。
私はうわべだけ取り繕って彼と付き合っていたのかもしれないと思った。
かっこ悪い私は見せてはいけない。
ぐちゃぐちゃした私を見せてしまったら嫌われてしまう。
自分で自分を隠そう隠そうと、私はクローゼットの中に閉じこもってしまっていたのかもしれない。
かっこ悪くてももっと本音で向き合えていたらよかったのかもしれないと思った。
「あー。なんか、もったいないことしたな」
手放さなければいけない物に対しても、彼に対しても、である。
片付けながらふっと笑いがこみ上げた。
私は相変わらず片付けが苦手だし、断捨離もまだまだ道半ばである。
次の恋にもまだ出会えていない。
次の彼氏にはクローゼットの中も棚の中もばっちり見せられるように、もう少し片付けを続けていこうと思っている。
***
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