メディアグランプリ

合気道をしたらコミュ障がちょっとだけ治った話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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三原明日香(ライティングゼミ)

「あっ、なんかここで、気の利いたことを言わないと……」
人と話すときはいつもヒヤヒヤしていた。
目の前の人が話すことに集中しているつもりでも、だんだんと意識がそれていって「あっ、この人、私のことバカだと思っているんだろうな」とか「気の利いた返しができないから、つまらないだろうな」とかネガティブな感情に支配された。そういう暗い感情に思考が染まり始めると、ますます相手の話が聞けなくなり、話が盛り上がらずに悪循環に陥るのだった。
「仕方ない、自分はこういう性格だから……人見知りのコミュ障だからな」
言い訳をしつつ、逃げる自分もイヤだった。

そんなある日、テレビ番組で女芸人が合気道に挑戦するという特集を見かけた。柔道着を着た女芸人は、相方を投げよう、投げようとしていた。だがどうしても投げることができなかった。そのとき二人を見ていた師範が言った。
「合気道は、心が通い合わないと投げられないんだよ」
そう言われて、女芸人と相方はしばしお互いに腕をつかみ合いながら黙っていた。そしたら片方が泣き出し、相手に対してずっと思っていた不満や不安を打ち明け始めた。二人で泣き、話しあったあとは、ごく自然に技が決まった。
「相手と心を通い合わせること」が合気道の技の基本のようだった。
本当に、あんなテレビみたいなことがあるのかな、と思う一方で「あれを習ったら、私のコミュ障が治るかな」という希望がむくむくとふくらんできた。
インターネットで検索すると、家の近くに道場があったので、さっそくその週から合気道を習い始めることにした。

「正面打ち、正面入り身投げ」
その合図で、柔道着を着たSさんと向かい合う。
畳の草の匂いをかいで、心を落ち着かせる。
私が正面からぎこちなく手刀を打ち込むと、Sさんはサッと回転して受け流す。体勢を立て直そうとする私ののど元に相手の右手が、奥襟には左手が当てられる。そのままSさんが前進し、体勢をどんどん崩される。崩れきったところで、両腕を切り下ろして投げられる。反射的にごろんと転がって後方受け身を取るので、痛みはない。
「もっと力を抜いて。力が入りすぎているよ」
技をかける仕手をつとめてくれた黒帯のSさんが言う。
「つい力んじゃうんですよね……」
今度は反対の方向から手刀を繰り出す。Sさんはサッと回転して避け、グッと私の首に腕がかけられる。技を仕掛けてから3秒ほどで見事に畳の上を転がされていた。さっきより力が入っていたのだろうか、ゴツンと後頭部を強打する。
「合気道は相手を崩して無力化するのが目的だから。『やっつけてやろう』なんて力む必要はないんだ。ところで脳しんとう、大丈夫?」
S水さんが心配そうに言う。
「ぜんぜん大丈夫です!」
立ち上がった瞬間、めまいを感じたが、それくらいのことは日常茶飯事だ。
「じゃあ次、技をかけてみて」
畳の上でもう一度向かい合う。
合気道を何の知識もなく見ると、一方的に技をかける人と、ただ投げられている人というふうに見える。だが、実際にやってみると、両方が重要な役割を占めている。仕手は一連の流れを頭に入れて技をかけ、受けは崩れきる前にサッと受け身をとる。双方が集中していないと技がうまくかからないし、ケガにつながるのだ。
今度は受けになったSさんが打ち込んでくる手刀をかわす。その次は……。腕をとる? いや違う。
「次はなんでしたっけ……」
申し訳ないと感じながらも、動きを止めて教えを請う。まだ始めて三カ月。なかなか技の流れを覚えきれない。
それでも、ごくまれに技の一連の動作がきれいに決まったときは、本当に気持ちがいい。相手が私の呼吸にあわせて、技をかける。その動きに合わせてこちらも技を受ける。その流れに身を任せているときは、水の中にいるような静寂と集中感の高まりを感じる。
ヨガをやっている知人が、「頭の中が空っぽになって気持ちいい」と言っていたけど、その感覚に近いかもしれない。技のかけあいを繰り返すうちに、だんだんと動きがスムーズになり、力が抜けていく。時間とともにどんどん無心になり、心の中がシンと静かに澄んでいく。不安を忘れ、おだやかな気持ちになったとき、相手の呼吸を読む余裕が生まれ、心を通わせることができるのだった。

「あっ、気の利いたことを言わないと……」
ある日のランチの雑談。
カルボナーラと博識なクライアントを前に、私はまたモヤモヤしていた。
「一生懸命パレスチナ問題について語ってくれているけど、ぜんぜんわからん! どうやって相づちを入れたらいいんだろう」
そう思いながら、ぎゅっと太ももの上のズボンを握りしめる。そのヒダを見つめながらハッとする。
「あっ、また力が入っている。なんでこんなに力んじゃうんだろう。『気の利いたこと』を言って自分をよく見せたいから? 相づちを打って分かったふりしたいから? なんだ、結局自分をよく見せたくて力んでいるだけなんだ……。自分のことばかり気にするのはやめて、相手を見よう」
今まで見ているようで見ていなかった、クライアントの目を見つめる。彼は話しながら私を見返す。
ふーっと力を抜くと、空っぽになった頭に、クライアントの言葉が入ってくる。
クライアントは、決して知識をひけらかそうとか、私をバカにしようとか思っているわけではなかった。ただ私に親切に教えてくれているだけなんだ。変に身構えることはない。無理して自分をよく見せる必要はない。合気道では力を抜いてリラックスしたほうが、強いんだ。
「お話ありがとうございました。すごく参考になりましたけど、正直わたしには難しかったです……。今のお話について勉強できる本があったら、教えてもらえませんか?」
分かったフリをやめて、正直に言った。
クライアントは喜んで、2、3冊の本を紹介してくれた。
私は今まで、「自分をよく見せたい」という願望や、「傷つきたくない」という被害者意識でガチガチに固まって、自分の内側に閉じこもっていたのかも知れない。だがそれらで身を固めているうちは、誰も受け入れることができない。自意識という重たい殻を脱ぎ、おだやかな気持ちで相手と向き合う。そして心を通わせるように意識することで、以前よりはスムーズに会話が進むようになった気がする。

誰かと話していて、ソワソワし始めたら、合気道の技のかけあいや畳の匂いを思い出して、「リラックス、リラックス」と心の中でつぶやくようにしている。

***

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2017-02-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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