本当に、最後の恋なのかどうかなんて、死んでからしかわからないけれど……《リーディング・ハイ》
記事:中村 美香(リーディング&ライティング講座)
最後の恋……そう聞いて思い出すのは、意外にも、旦那との恋じゃなかったりする。
今、私は、結婚していて、旦那を愛している。
旦那を愛しているということは、躊躇なく言えるけれど、恋しているか? と聞かれると、少し戸惑う。
旦那とは恋愛結婚だから、結婚する前には、恋をしていた。
結婚してからも、恋をしていたと思う。
それが、いつ、どういったタイミングで、愛に変わっていったのか? それは、正直わからない。
ただ、私の中で、恋から愛への変化は衰退ではなく、どちらかというと進化だと思っている。
結婚する前に思っていたより、ずっと思いやりのある人だったし、期待以上に大切にしてもらっている。
そもそも、そんなに期待していたわけではない気もする。
この人とだったら、人生を穏やかに楽しく過ごせそうな気がしたんだと思う。
実際、結婚して、順風満帆なのか? と聞かれたら、決して、そうではなかった。
だけど、困難がある度に、一緒に乗り越えようと思え、力がみなぎる。
これが、私の愛だ。そう言える。
愛に変わる前の、旦那との恋を、最後の恋だと言い切れたのなら、スッキリするのだけれど、不本意ながら、少しモヤモヤする。
本当にそうだろうか? と自問自答してみる。
「最後の」に注目して、脳内で、直近の「ドキドキ」を検索すると、半年くらい前まで、食材を配達してくれていたお兄さんに、少しだけ、ドキドキしていたことが浮かび上がる。
毎週、話をするのが楽しみだった。
ドキドキというか、ワクワクに近いかもしれない。
すごくイケメンだったわけではなくて、親しみのある顔で、会話が楽しかったのだ。
「応援しています」みたいなファンとしての気持ちだったと思う。
お互いに家族がいたので、子どもの話などの情報交換をした。
だけど、担当が変わると聞いて、少なからずショックを受けた。
今の配達のお兄さんは、イケメンだし、若いけれど、気もきかないし、話も楽しくない。
だから、挨拶しかしない。
そろそろ、配達をお願いするのを辞めようかとさえ思っている。
そう考えると、やっぱりあれは「恋」だったのかな? とも思う。
反対に「恋」に注目して、脳内検索すると、17年前の濃い「恋」が上位に上がってくる。
さっきまで会っていたのに、別れた瞬間からまた会いたくなり、見るもの、聞くもの全てを美しく感じ、わけもなく涙が溢れたあの頃。
全身がセンサーのようになり、触れるものに敏感だった肌。
私も、女なんだと認識せざるを得ない感覚。
きっと、これは永遠には続かないとわかってしまったからこそ、少しでも長く続けばいいと思ったこと。
それらを、思い出す。
もう二度と恋なんてできないと嘆いていたって、恋するかもしれないし、もう絶対に恋なんかしたくないと思っても、してしまうこともあるのかもしれない。
本屋で、手に取った、この『最後の恋』は、8人の女性作家の短編集だった。
小説を書いてみたいと思った時に、いかに、本を読んでいないかを知った。
作家も全然知らないと気がついた。
どんな作家がいて、どんな文体で、どんな小説を書いているのかも全くわかっていなかった。
とりあえず、短編集を読んでみて、気に入った作家を探そう!
そう思ったのがきっかけで、偶然手に取った本だった。
ドキドキしながら、8人の『最後の恋』を読んだ。
切なくなったりほっこりしたり、忙しかった。
そして、あることに気がついた。
『最後の恋』って言っているけれど、これらは、本当は、愛を語っているんじゃないか?
これは愛……これは恋だけど、根底には愛がある……。
もちろん、私の主観であって、そうじゃないと言われるかもしれない。
だけど、確かなことは、私にとって、なんらかの、恋と、愛の区別があるということだ。
心のどこかで、愛を、恋より上に、見ている気がする。
愛が大人で、恋が子どもみたいな感じかもしれない。
正直なところ、もう恋はしたくないと思っている。
自分が自分でなくなるような感覚は、恐ろしいから……。
ところで、愛は、冷静なものなのか? と考えてみると、実は、愛こそ、恐ろしい気もしてくる。
旦那に感じている愛とは別に、私には、愛すべき人がいる。
それは、息子だ。
ところが、息子を育てながら、人間としての嫌な部分が、自分の中にもあるんだということに、嫌というほど気づかされている。
他人には、さほど、イライラしないのに、息子が自分の思うようにいかないことにひどくイライラする。
無償の愛とは程遠い、エゴもひょっこり顔を出す愛だから、恋より上だとあぐらをかくことも手伝って、たちの悪いことになっているのかもしれない。
恋にしろ、愛にしろ、厄介だけど、これが最後なんだと思うほど、心を持っていかれるようなものは、やっぱり素敵だ。
どれがよくて、どれが悪いっていうことじゃ、きっと、ないんだ。
本当に、最後の恋なのかどうかなんて、死んでからしかわからないけれど、これが、最後だと、その瞬間、思うことこそが、貴いのかもしれない。
最後の恋と聞いて、旦那との恋が浮かばなくて、ちょっと胸がチクリとするけれど、その代わり、私は、最後の愛を、旦那と息子に、捧げたいと思っている。
『最後の恋 つまり、自分史上最高の恋。』 阿川佐和子 谷村志穂 角田光代 乃南アサ 沢村凛 松尾由美 柴田よしき 三浦しをん 著 新潮文庫
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