台風10号の猛威から滋賀を救ったものとは?
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記事:峯山政宏(ライティング・ゼミ)
母からの電話が鳴ったのは、蒸し暑さが一段と厳しくなった前日の午後のことだった。母からの電話はめったにない。だから突然の電話に、心臓が跳ねた。何か大事が起こったのではないか、そんな不安を抱えながら、受話器を手に取る。
「滋賀に台風が直撃するから、急いで雨戸を閉めて、庭の盆栽も家に入れて。油断したら大変なことになるわ」
母の声は緊張感で張り詰めていた。普段冷静な母が、これほどまでに不安を露わにするのは初めてだった。それだけで、台風の深刻さを悟るには十分だった。ニュースでも台風10号が近づいていると報じていたが、母の緊張した声がその脅威を現実のものとして感じさせた。
テレビをつけると、台風10号はまるで生きているかのように、日本列島をじわじわと、しかし確実に侵略していた。画面に映し出された九州の被害は目を覆いたくなる光景だった。
暴風雨で倒れた電柱、崩れた家屋、浸水した町並み。まるで、次は滋賀がその運命を辿るのではないかという恐怖が、ひしひしと胸に迫ってきた。ニュースキャスターが「台風10号、非常に強い勢力を保ちながら北上中」と冷静に伝える声が、かえってその恐ろしさを際立たせていた。台風が破壊の足跡を残しながら進むその姿が、画面越しに恐怖を煽る。
実際、愛知では土砂災害が発生し、静岡では道路が冠水。SNSにはその様子が次々と投稿されていた。濁流が住宅街を飲み込み、家の中に流れ込む水の音。まるで、日本全体がこの巨大な台風に呑み込まれつつあるかのようだった。
「8月31日、夕方17時頃に滋賀直撃」という天気予報が何度も告げられるたび、胸の奥に渦巻く不安がどんどん大きくなっていった。街の空気も、普段の平穏さから一変し、緊迫感に包まれていた。
近所のスーパーでは防災グッズが飛ぶように売れ、店内の放送が「台風対策は早めに」と繰り返していた。日常と非日常が交差する、そんな奇妙な感覚が心に忍び寄る。何もできない…そう感じながら、私は家族を見て、「どうか、この地が無事でありますように」と祈ることしかできなかった。
その夜、風の音が少しずつ大きくなっていった。外を覗いても暗闇の中では何も見えない。ただ、風が強くなるにつれて家が軋む音が聞こえてくる。布団にくるまりながらも、眠れないまま最悪のシナリオが頭を巡る。滋賀が台風の直撃を受け、大きな被害を被る光景が、まるで現実のように脳裏に浮かんでは消える。体が冷えて、知らず知らずのうちに震えが止まらない。これが恐怖というものなのだと実感する。
そして、ついに8月31日。台風が滋賀に最も接近すると予報されていたその日、朝から異様な静けさが広がっていた。まるで、自然が嵐の到来を静かに待っているかのような、重苦しい空気が辺りを包んでいた。心の中で息が詰まりそうな静寂が続く。
夕方17時、予報では「台風10号直撃」と告げられていたその時間が迫ってきた。私は家の中でじっとして、ただ時が過ぎるのを待つしかなかった。胸の不安は頂点に達し、外の音に耳をすます。しかし、予想していた暴風雨はやってこなかった。風は次第に弱まり、雨も静かに地面を濡らすだけだった。
「どういうことだろう?」と疑問に思いながらテレビをつけると、驚くべきニュースが伝えられていた。「台風10号は、滋賀に直撃する直前で急速に勢力を弱め、熱帯低気圧に変わりました」とアナウンサーが告げる。まるで、自然そのものが滋賀を守るために力を緩めたかのようだった。
なぜ台風は急に勢力を失ったのだろうか? 気象現象には予測がつかないことがあるが、それでも突然の弱まりは不思議に感じた。気温の変化や風の流れが影響したのかもしれないが、その答えはわからない。ただ、奇跡のような展開に驚きと安堵が入り混じった感覚が胸に広がる。
台風の目が通過したというその瞬間、私は外に出て空を見上げた。夕焼けが静かに広がり、風もほとんど感じない。信じがたいほど穏やかな空気がそこにあった。
これは神の計らいなのか、それとも単なる偶然なのか。答えはわからない。
しかし、あの瞬間、私は確かに何か大きな力が滋賀を守っているかのように感じた。母も「奇跡が起きた」と声を上げ、隣の家の人たちも外に出て、空を見上げていた。嵐が去った後の静けさは、まるで世界が新たに生まれ変わったかのように感じられた。滋賀の地は、無傷だった。
「奇跡というものは、こうして何気なく起こるものなのかもしれない。でも、それに気づくのは後になってからなんだろう」
そんな言葉が胸をよぎった。あの瞬間に感じた安堵感と、得体の知れない力への畏怖は、今でも胸の奥に残っている。
自然の前では人間は無力だと感じることが多いが、時にはこうした不思議な出来事が、私たちに謙虚さと感謝を教えてくれるのかもしれない。自然の力は時に破壊的だが、その中にも守られている感覚があるのだと、私は信じたかった。
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