「僕が、生まれた時のことを話して」と言われて、逃げ出したくなった理由《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)
「僕が生まれた時とか、小さい時の話を、お家の人に聞いてきてだって」
と、小学二年生の息子に言われた時、ああ、いよいよ、「その時」が来たと思った。
その情報は、生活科の授業で使うらしい。
私が子ども頃にも、なんの授業かは覚えていないけれど、同じような課題があって、母に、話を聞いた記憶がある。
そういった授業は、一回だけではなく、何年かに一度あった気がする。
その都度
「よく食べ、よく寝て、まるまると太った元気な子だったよ」
と、聞かされた。
そして、柱に頭をぶつけても全然泣かなかったんだというエピソードと、外で、ひとりで遊んでいる時に、通りがかった人に道を聞かれた私が、間違った道を教えてしまったと、青い顔をして帰ってきた出来事など、いつも決まったことしか話してくれなかった。
「他に何かないの?」
と、不満気に、私が聞くと
「そうねえ……」
そう言いながら、母は、端の方に当時の出来事を走り書きした育児書をめくった。
しかし、そこに書かれていたメモ書きのほとんどは、兄のエピソードだった。
「あんまりちゃんと書いてないねえ」
少し申し訳なさそうに言う母に、それ以上、何も言えなかった。
ふたつ年上の兄と比べると、小さい時の写真の量が全然違ったし、メモしたエピソードの数も、兄の方が多くて、子ども心に嫉妬した。
私がお母さんになったら、しっかり、日記を書いて、素敵なエピソードをたくさん子どもに伝えるんだ!
もし、子どもがふたり以上できても、一番上の子だけじゃなくて、下の子の写真もたくさん撮るし、日記だって上の子と同じくらいエピソードを書いておくんだ!
そう密かに決心していた。
私も大人になって、結婚して、子どもをひとり産んだ。
そして、母になった。
息子がお腹の中にいると知った時に、妊娠時と出産後の記録用に、ノートを買った。
このノートは、それぞれの状態に合わせて記録しやすいように、ガイドのついたものだった。
よーし、しっかりつけるぞ!
いつ、子どもに、何を聞かれたって、何でも答えられるようにちゃんと書くぞ!
そう思っていた。
しかし、妊娠してから、体に変化があり、思うようにはいかなかった。
まず、つわり。
いつも、車酔いをしているように気持ちが悪かった。
だけど、これは、あくまでも想定内。
時期が来たら、治まるのだと信じ、耐えた。
しばらくして、つわりは、治まった。
やれやれ、つらかったけど、つわりというのはそういうものなんだな。
そう思った。
ところが、その後、どの本にも書いていない状態に、私はなった。
排尿ができなくなってしまったのだ。
どの妊娠時の本を見ても、そのような状態は載っていなかった。
私は、どこかおかしいんだ。
そう思って、産婦人科に相談した。
あまりないケースらしく、医師も首を傾げた。
妊娠中は精密検査もできないから、とりあえず、尿が溜まって苦しくなったら来てくださいと言われ、絶望した。
じゃあ、絶対に、病院でないと、排尿できないのかというと、逆に、全然関係のないタイミングで出てしまうこともあったので、ますます具合が悪かった。
その後、インターネットで検索したら、妊娠4~5か月ごろ、稀に、こういったことがあると知った。
大きくなる子宮と膀胱の位置関係からくるものらしかった。
しばらくして、位置関係に変化があったようで、嘘のように排尿障害は改善された。
その代わり、今度は、便秘がひどくなった。
それと同時に、不正出血もあり、切迫流産になった。
安静にしていないと、流産してしまう可能性があると知り、またショックを受けた。
妊娠時に、赤ちゃんを待つ穏やかな温かい気持ちを綴る予定だったノートには、私の、排尿とか排便だとかの回数や、不安な気持ちばかりが並ぶ、後で見返したくないノートになってしまった。
その後、どうにか、安定期に入り、私の気持ちもだんだんと落ち着いてきた。
赤ちゃんを迎えるにあたり、嬉しい気持ちも出てきた。
不安と同じくらい、期待も生まれてきた。
妊娠時のノートは、さんざんだったけれど、出産してからは、ちゃんと書くんだ!
まだ、その時は、そう思っていた。
出産は、有り難いことに4時間の安産だった。
そうは言っても、必要な点滴がなかなか血管に入らず血だらけになったり、陣痛が始まってから出産までが予定よりも早すぎたために、ありえない痛みに耐えながら、旦那にメールですぐ来るように連絡したりと、そこそこ難儀ではあった。
オギャー
と、元気な声で息子は生まれてきた。
誕生の時の記録はしっかり書いた。
《誕生の瞬間の赤ちゃんの様子は?》
“「つるんと生まれてきてね」に応えるように、そして、一旦帰宅したお父さんを待つように絶妙なタイミングで生まれてきてくれました。親孝行です。力が抜けた瞬間元気な声をあげ真っ赤な顔で出てきてくれましたね。ありがとう”
その時のことはしっかり覚えているし、この記録も、正直な気持ちだった。
問題はその後だった。
出産当日の《今日のできごと・しあわせ》欄には、“明け方に生まれ、ほとんど寝れずに一日がスタート。体力的にキツイうえ、厳しいタイプの助産師さんが担当でかなりナーバスに。でも、がんばった。両親、旦那の家族が見舞いに来てくれた”と、書いてある。
この出産後の記録用のノートは、こうした欄以外に、オムツ、ねんね、お食事、メモ欄があり、それぞれ時系列に記録できるようになっている。
例えば、午前11:00にオムツ交換をしたら、その欄に〇をつけたり、授乳したら、メモ欄に“おっぱい5 5”などと書く。
これは、右のおっぱいが5分、左のおっぱいが5分という意味だ。
左右均等に飲ませた方がいいと聞いたので、だいたい同じくらいの時間飲ます。
私の場合、神経質すぎたのか、母乳の出が悪く、早いうちからミルクを足したので、その下に“ミルク 40cc”とミルクの量の情報も書く。
何時から何時まで眠ったのかも書く。
そして、その日の最後に、一日のオムツ交換が何回で、おしっこかうんちかの区別や状態も書いたり、授乳の回数とミルクの合計量も書いた。
途中から、母乳の出が心配で、赤ちゃん用の秤もレンタルして、授乳の前後で、赤ちゃんの重さをはかり、どれくらい、母乳が出ているのかも調べて、それも記入していた。
しゃっくりが多いとか、目やにが多いとか、左ばかり向いて寝ているとか、おへその様子がおかしいだとか、そんなことばかり書いていて、しあわせだとか嬉しいだとかそんな気持ちとは縁遠いような心理状態だった。
3週間ばかり、真面目に記入していて、マタニティブルーに突入すると、ネガティブなメモ書きが、さらに多くなった。
生後20日目
“ナーバスになり、昼も夜も泣いた。母乳が出ないこと、余裕がなくて言葉かけができないことなど落ち込んだ”
生後22日目
“赤ちゃんの顔のしっしんが気になった。ブラジャーにシミができているのに、母乳が出るタイミングが合わず、32gを越えないのが残念。完全母乳を目指すか悩み中”
生後26日目
“湿疹が母乳のせいではないかと思ったら落ち込んだ。母が抱っこするとよく寝てくれる。さすがだ”
1か月健診のあと、ぷっつりと《今日のできごと・しあわせ》欄が空欄になっている。
義務のように、オムツや授乳の記録は続いているが、情緒的な部分が完全におかしくなっていたんだと思う。
ねんねの記録も辞めている。
少し気持ちが落ち着いたのか3か月目位から、また《今日のできごと・しあわせ》が復活した。
しかし、相変わらず、つらい気持ちの吐露が多かった。
完全母乳にしようかと、おっぱいマッサージに行って試したけれど、母乳だけだと腹持ちが悪く、大泣きされて精神的に参ってしまい、混合授乳に戻したことや、母の母性に嫉妬したことや、疲れてしまい散歩に行けなかったことを後ろめたく思っている気持ちなども書いてあった。
作り笑顔なのか、写真やビデオの中の私は笑っているのに、記録と記憶はつらいことしか残っていない。
今から、1年位前だったろうか、実は、今回の、生活科の授業のためではなく、息子がふと、
「生まれた時のことを話してほしい」
と、言ってきたことがあった。
突然のことで、戸惑い、全く準備していなかったので、とっさに、
「生まれてきてくれて、本当に嬉しかったよ。ありがとうね。だけどね、生まれた直後は、結構つらかったんだ」
と、正直に言ってしまった。
私がそう言うと、息子の輝いていた目が一瞬にしてどんよりと曇り、下を向いてしまった。
まずい……そう思ったのと同時に
「僕のせいで、ごめんね」
と、息子に謝られてしまった。
「いや、そんなことないよ。全然悪くないよ。お母さんが、まだ、慣れていなかっただけなんだ。本当に生まれてきてくれて嬉しかったんだよ」
慌てて言った言葉は、ただの言い訳にしかなっていなかった。
正直に、話してはいけないんだと感じて、「その時」がますます怖くなった。
息子が生まれた時や小さい時の話をすることの何が苦痛なのか、改めて、考えてみると、いくつかのことが思い浮かんだ。
①エピソードのメモが不充分だということ。
メモが全くないわけではないけれど、本当に日常の記録で、息子にプレゼントして喜んでもらえるようなエピソードなんて、そうそう書いていない。
強いて言えば、3か月で首が座り、7か月でおすわりとハイハイができるようになったとか、7か月半でつかまり立ち、10か月で伝い歩きができるようになったということの記録はあるけれど、それが重要なエピソードなのかと思うと、考えこんでしまう。
それより、10か月で伝い歩きできるようになったはずなのに、次のステップのひとり歩きまで7か月間もかかって、他の子と比べて落ち込んだり、保健所に行って相談したりと神経質になってしまったというネガティブな記憶の方が鮮明だったりする。
②記録ノートを用意したのに、途中で挫折し、しっかり書けなかったという苦い思いを感じること。
ところで、実際に、このような記録ノートをしっかり書ききった人がどれくらいいるんだろう?
まあ、おそらく、一定数いるんだろうなとは思う。
本当にすごい人と、こういうのが本当に好きな人なんだろう。
心から尊敬する。
③本音を言えないこと。
とりたてて、かっこいいエピソードなんてないんだということや、ネガティブな思いが強かったことを、正直に息子に言うと、傷つけるだろうけれど、嘘をつくのも気が進まず、もどかしい。
世の中の、親たちは、この「生まれた時や小さい時の話を聞かれること」について、どう思っているんだろう? と、気になって、インターネットで検索してみた。
すると、「写真をほとんど撮っていないから困っている」「ほとんどエピソードを覚えていないし、メモもない」という人もいたし、逆に、「細かいネガティブな日記を読まれてしまい落ち込ませてしまった」という人もいた。
なんだ! 一緒じゃん!
少し安心した。
じゃあ、どう対応したのか? と思って、さらに、検索してみると、つらかった話をカット、あるいはオブラートに包んで、嬉しかった話を盛ったという人がいた。
なるほど! そうか! そして、あ! と思った。
もしかすると、母が私にしてくれた「よく食べ、よく飲み、まるまると太って元気な子だった」という決まり文句は、母なりに、こしらえた、プレゼント用の言葉だったのかもしれない。
多分、つらいこともたくさんあって、言いたくないこともあったはずだ。それを、愛情で、隠してくれたのかもしれないと思ったら、不満を持ってしまって母に申し訳なかったと思った。
さて、どうしようか?
1年前に私が言ったことを、息子は、忘れてくれているだろうか?
とりあえず、それは、脇に置いておいて、今回のことを考えよう。
息子に伝える前に、考えた。
そして、息子を呼んで、伝え始めた。
“おなかの中にいるころ”
おなかの中のぼくがちゃんとそだつように、さいしょのころは、しずかにねていたそうです。だいじょうぶになってから歩いたり、おなかの中のぼくに毎日話しかけていたそうです。
“生まれた日”
おなかがいたくなってから4時間で生まれたので楽だったそうです。元気な声を上げてうれしかったそうです。
その他、名前の由来、すきなものなどを伝えた。
あの、歩き始めるのが遅くて悩んだことは、こう伝えた。
ハイハイがじょうずだったそうです。とてもしんちょうで、歩きはじめるのがおそかったけれど、歩きはじめるとすぐにスタスタと歩きころぶことが少なかったそうです。
こんな感じのことを、小一時間、話しながら、一緒にまとめた。
もしかして、これは、内容云々じゃなくて、こうして、面と向かって、時間をかけて、一緒にこの課題に取り組むことが大事なのではないか? と思った。
少しの嘘や記憶違いがあっても、子どもの頃の私みたいに
「他に何かないの?」
と、息子が思ったとしても、生まれてきてくれてありがとうという気持ちを持ちながら、こうして、一緒に取り組むことで、もしも、愛が伝わるのであれば、それでいいのかもしれないと思った。
***
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