寄り添ってくれたのは男ではなかった。《ふるさとグランプリ》
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記事:まつしたひろみ(ライティング・ゼミ)
「ひーちゃん、USJ楽しみだね」
「そうだね」
「あれも乗りたいし、これも……」
「そうだね」
夢中で話す男の隣で、どこか上の空だった。誕生日にどこへ行こうか? という話になって、USJに連れてってくれるというのだが、どうしても乗り気になれなかった。何かが引っかかっていた。それが何かがわからない。
付き合い始めて数ヶ月。本当なら楽しい時期のはず。付き合い始めた頃は結婚なんか考えられないと言われていたが、どうも最近は考えも変わってきたらしい。
そして私の誕生日が目前にある。何をプレゼントしてくれるんだろう? どんな演出をしてくれるのだろう? 女の子だったらいろいろ考えてウキウキするんじゃないかな……。目の前の男は何かしてくれるのだろうか? その、してくれることに私は喜べるのだろうか?
「私、今度の休みに沖縄行ってくる」
「え? そうなんだ。 誰と?」
「ひとりで」
「そうなんだ。楽しんできてね!」
そうか。私の頭の中はひとり旅のことでいっぱいだったんだ。
付き合う前から決めていた旅行だった。どうせ彼氏もいないし、ひとりで好きなことをしようと旅を決めた。30歳になる直前のことだった。
ずっと前から決めていた旅だったが、彼氏に話したのは行く直前だった。気持ちよく送り出してくれた。送っていこうかと言われたが、断わった。
そして、ひとりで石垣空港へ降り立った。
行くところは特に決めていなかった。予約していた民宿までは距離があったので、適当に寄り道すればいいかと気持ちよくレンタカーを走らせた。
石垣島を訪れたのは初めてではなかったが、ひとり旅という初体験が気持ちを高ぶらせる。お昼ご飯は何を食べよう? 明日は竹富島に行きたいな。お土産は何を買おう。考えることが多すぎて、ひとりの寂しさなんてことは全く感じない。寂しさよりも、何を決めるのも自由だという楽しさが勝っていた。
「こんにちはー」
あれ? 誰もいないのか?
「こんにちはー!!」
さっきよりも大きな声で叫ぶ。
「はいはいー。あらーよく来たねー。バスで来るって言ってたけど、車で来たの?」
「そうなんですよー。帰りの日のこと考えると、バスだと時間がちょっと」
そう、予約した時にはバスで行きますと言ったのだが、1日に3本しかバスがないので帰りの飛行機に間に合わないとまずいと、変えたのだ。
「まだご飯までは時間があるからー、車だったらあそこに行ってくるといいよ」
そう教えられて、来たのはいいのだが、本当にここでいいのか……。
地元の人しか知らない、景色のいい場所があるからと来てみたのだ。だけど、本当に入ってきていいところなのか、ちょっと怪しい感じだった。
さっき入ってきたところは、鉄の柵があった。開いていたから入ってきたけど、本当に大丈夫だろうか? 山というよりは丘に近いけど、他の車とすれ違うことはない。上り坂を上へ上へ。
どこまで登ればいいのだろう、と思った瞬間、前が開けた。
広場のようなところに車を止め、さらに歩いて行くと……。
「うわー、すごい……。」
高台から見えるもの。
青い海。青い空。すぐ下に広がる牧場。
石垣島はどこへ行っても海が綺麗で景色は最高だ。以前来た時にもいろいろなところを行って景色を楽しんだ。でも、その感動をはるかに超える景色が目の前に広がっていた。
目の前に見える景色。雑音は全く聞こえない。風の音が聞こえるだけ。その風は肌をくすぐり、太陽の日差しを和らげる。ちょっぴり、牧場の匂いはするけれど、自然の香りしか感じられない。
五感がフルに働く。
しばらく立ちつくし、草むらに座って自然を楽しむ。
仕事が楽しくなかった。
彼氏といても楽しくなかった。
友達もいるけれどなんだか楽しくなかった。
悩みはたくさんあった気がしたけど、その景色を見ていたら、何もかもがどうでもよくなっていた。
そっと寄り添ってくれたのは、石垣島の自然だった。
家族のように、彼氏のように、友達のように、悩んでいる私の全てを包んでくれた。
その丘の上から見えるもの、聞こえるもの、香ってくるもの、感じるものが「そのままでいいよ」と言ってくれているような気がした。
その時の私に必要だったのは、男ではなかったのだ。
自由になること、だった。
旅の間、彼氏にメールを全くしなかった。
携帯もほとんど見なかったので、思い出すこともなかった。
「ごめん、誕生日は一緒に過ごせない」
帰ってすぐ、メールをした。なんの理由も言わずに別れてしまったのでちょっとかわいそうだったかなと思うが、全く後悔をしていない。
この旅があったから、今、30代を楽しんでいる。
40になる前にもひとり旅をしようかな。
***
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