メディアグランプリ

もしあなたが、百獣の王でないのなら。


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記事:オノカオル(ライティング・ゼミ)

“スタンドイン”という仕事を、ご存知だろうか。
検索をかければ、こんな文字が並ぶ。
「映画やテレビ番組の撮影前に、配光、立ち位置を確認するといった
照明や撮影の準備作業のために俳優の代理をする人物のこと」

私はコピーライターという仕事をしている。ときにコマーシャルの企画をするが、
関わった仕事については、撮影にも立ち会う。
撮影というものは、その準備や用意に撮影以上の時間や負担をかけるものだ。
つまりスタンドインとは、ひと言でいえば身代わりである。
タレントが心身ともに疲弊しないよう、カメラの前に立たせる時間を極力減らすのだ。

その日も早めに現場に着いた。
徹夜明けのくたびれた空気の中で、スタンドインがライトを浴びていた。
セットの上にいたのは、髪の毛がキレイな女性だった。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします!」
まっすぐ目を見て挨拶してくれる彼女に、一瞬で好感を持った。

彼女はスタイルがよかった。演技もうまかった。滑舌も申し分なくて、何より飲み込みがはやかった。
セットの横には彼女のためのパイプイスが置かれていたが、彼女がそこに座ることはほとんどなかった。
事務所のおこぼれでスタンドインのバイトをしているようには見えなかった。
1秒でもムダにせず、“本番”への準備をしていた。プロの仕事をしていた。

現場は和やかな雰囲気だった。
その真ん中に、間違いなく彼女の存在があった。
私は自分の書いたキャッチコピーが採用されたことを彼女にあざとく自慢し、
「すごいですね! それほんとすごいですよ!」と彼女は屈託なく褒めてくれた。

「◯◯さん、入られま〜〜す!」
その瞬間が、やってきた。

テレビで見ない日なんかほぼない、CM界の女王。
その女優が現れた瞬間、現場の空気が変わった。
「おねがいしま〜す」とうつむき加減で入ってくる女優と、下っ端の私の目が合うことはない。

スタンドインの彼女は、既にセットを降りていた。
代わりに女優が舞台に立つ。みんなが彼女を映したモニターを見つめる。

「うわあ……」
驚いた。ほんとうに、モニターに華が咲くのだ。
やや大げさであることは否めないが、みんなが上げる感嘆の声に嘘はない。

「やっぱ全然ちがうねえ!」そんな残酷な声もあがる。
一体何がどう、全然違うのだ。正直、腹が立つ。さっきはあんなにスタンドインを褒めてたじゃないか。
そう強く苛立ちながら、そして自分自身もそのオーラに息を飲みながら、
私はほぼ反射的に“本番”を持っていかれたスタンドインの彼女を見た。

その時の彼女の眼差しを、私は一生忘れないと思う。

みんなが画面の中の女優に見とれていたその瞬間。
信じられないくらい残酷で、それゆえに美しい表情を、彼女は確かに浮かべていた。

完璧に進められた準備のお陰で、本番はいたって順調に進んだ。
リハーサルではあんなに好評だったスタンドインの演技は、
「ここの芝居、こんな感じでやってみたいんですけど……」
という女優のひと言で、あっさりと変更になった。
ワンカット撮り終えるごとに、女優は楽屋へと消えていった。

撮影も終盤に差し掛かった頃、私はまたスタンドインの彼女のそばにいった。
「ナレーション、撮影後に収録ですか?」
彼女の方から口をひらいてくれた。
「そうです、オンリーで」
CMのナレーションなどを、声だけで録音しておく形式のことを“オンリー”と呼ぶ。
「すごいですね。自分が書いた言葉が、世の中に発信されてくなんて」
「いえいえ」
「すごいですよ。ワタシなんか、まだまだです」
“そんなことないですよ”という言葉が、口から出かかって、止まった。

彼女はメモ帳を持っていた。
そこには細かな文字がビッシリと書かれていた。それ以上彼女は喋らなかった。

撮影は無事に終了した。
温かな拍手で包まれ、“終了”の気配がスタジオ内を覆う。
笑顔で楽屋に退散しようとする女優を、スタッフの声が慌てて引きとめた。
「以上をもちまして、◯◯さんの撮影は終了ですが、
引き続きましてオンリー収録に入らせて頂きたいと思いますー!」

「終わってないじゃーん」という女優のツッコミでスタジオ内に笑いは起きたものの、
私は次に彼女の口から出た言葉を聞き逃さなかった。
「ナレーションって、私が読まなきゃいけないヤツ?」
悪気なんてなかったのだと思う。
それでも咄嗟に言葉を返せない私に代わって、監督が「もちろんです」と返してくれた。

オンリー収録もスムーズに終わった。ナレーションの読みも、悔しいかな完璧だった。
花束をもらった女王は、優雅に会釈しながら楽屋へと消えていった。

片付けを手伝っていると、スタンドインの彼女が声を掛けてくれた。
「お先に失礼しますね」
彼女に何か、何かいうべきことがある気がしていた。
「頑張りましょうね、お互い」
やっと出た言葉が、そんな言葉だった。
「テレビ界のハイエナ目指してるんです、ワタシ」
「ハイ、エナ?」
片言の日本語のような返事をしてしまった。
それには答えず、今日一番の笑顔を見せて、彼女は行ってしまった。

そのあと、ハイエナについて調べてみた。
獲物を横取りするイメージが強いが、じつは自力で狩りを行う優秀なハンターであること。
いちばんの武器は、相手が疲れるまで獲物を追いつづける持久力であるということ。
集団で行動し、弱い者への思いやりに満ちた動物であること。

それから現場では、彼女には会っていない。
けれど先日、テレビ画面の端っこで、彼女に再会した。
ドラマに出るまでになったのか。端役だけど。深夜だけど。ドラマに。

劇中で彼女は、「仕方ないですね」という台詞を喋っていた。

容姿が端麗でなかったから、“仕方ない”。
環境に恵まれなかったから、“仕方ない”。
才能を授からなかったから、“仕方ない”。

そんなこと彼女は、1mmも思ってないんだろう。

ただ、百獣の王として生まれてこなかっただけだ。彼女も、そして私も。
戦い方はある。

サバンナの映像を見るたび、気高きハイエナの姿を思い出す。
***

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2017-02-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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