書くことは、秘めやかな愛をつむぎだす
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記事:芽れんげ(ライティング・ゼミ)
「お義父さんの容態が急に悪くなって、救急で病院に来たよ。もう、だめかもしれない」
淡々としたメールが彼女から届いたのは、この冬一番の寒気、いやここ数年で一番だという寒波が襲ってきた夕方だった。
一人っ子長男に嫁いだ彼女、老親の面倒を見たいという夫の意思で近くに引っ越し、お義母さんが倒れられたのを機に7年前から同居していた。
お義父さんは夏ごろから少しずつ弱ってきておられたとはいうものの、その日はみんなが留守の間の異変だった。
救急車を呼び病院に向かう準備をしながら、私一人で看取るわけにはいかない、彼女はそう思ったことだろう。
昨年の5月、私たちは春の立山に来ていた。
いつも観光ポスターで見かける、白い巨大な雪の壁「雪の大谷」を見たい! とやってきたのだ。
90歳近いお義父さん、そして介護が必要なお義母さんにもお留守番をしていただいて、まさかお泊りで出かけることができるなんて……と、彼女はとっても幸せそうだった。
何十年かぶりの二人での旅行。行きの特急サンダーバードや北陸新幹線に乗るところから舞い上がり、まるで中学生のように車内でも写真を撮りまくった。ひと時たりとも立ち止まることがもったいなくて、少しの電車待ちの間も、スマホを置けるところを見つけてはセルフタイマーで写真を撮った。
私たちは、どの写真でも両手をあげて万歳をしていた。
目につくもの全てを写真に収めた。朝晩の食事も喫茶店でのケーキセットも、旅館のお茶菓子に至るまで。
たった一泊二日で撮った写真が百枚を越えても、この一瞬の景色をわすれないようにと、撮った。
どんなに楽しかったか、どんなに嬉しかったか、いつでも思い出せるように。
「お義父さんに写真を見せてん」
夢のような旅行から戻った翌日、彼女が言った。
そしたらお義父さんが、「こんないいとこに一緒に行ってくれる友達がいるんやなあ。楽しそうで良かったなあ」って言ってくれはってん。
嬉しくてな、いっぱい写真見せて、いっぱい説明してん。「綺麗なとこやな、まるでワシも行ってるみたいや」って言ってくれはったわ。
よかったね、たくさん写真撮ってきて、ほんとよかった。
感情は写真から滲み出るんだ。
私はその時そう思った。
私たちの楽しい時間の記録だった写真は、その場にいなかった人をもはるか彼方へ旅させた。
まるでそこにいたかのように、フレームを越えて、心は切り取られた景色の中を旅した。
幸せな景色は知らぬうちに心の奥底に残っているものだが、再びその景色に出会ったときに、
ふわっと過去の感情を思い出させる。そして、ほんのりと幸せな空気に包んでくれる。
何度も幸せに浸ることができる。
写真からにじみ出る感情には、そういう力がきっとある。
お義父さんが病院に運ばれた翌日、横浜に勤めていた息子が病院に駆けつけ、彼女の家族6人が久しぶりにそろった。
そしてみんなで写真を撮ろうということになった。
お正月など節目の時には、そろって写真を撮るのが常だったからだ。
「お義父さん、みんなで、写真とろうね」
「家族全員が同じ部屋にいるなんて、久しぶりやもんなあ」
もう既に、お義父さんからはほとんど反応がなくなっていたけれど、少しだけ動いた喉を「いいよ」のサインだと思った。
ベッドの横にみんなで並び、写真を撮った。
そして、それが最後の家族写真となった。
「私も書きたくなったよ。お義父さんの最期のこと、書き留めておこうと思う」
彼女がそう言ったのは、それから1週間たったころだった。
「お義父さん、見事な最期やったわ」
そう締めくくられた文章には、一緒にたくさんの時間を過ごしてきたからこそ溢れる気持ちがいっぱいつまっていた。
旅行に「行っておいで」と送り出してくれたこと。
ついこの間、些細なことで初めての喧嘩をしたこと。翌日、お義父さんのほうから「ごめんな」と謝られたこと。
孫のことを最後まで気遣って、再就職の入社日を心待ちにしてたこと。そしてその日に立てなくなったこと。
救急車で運ばれた日の朝、頼まれたことを私はちょっと面倒くさいなと思ってしまい、後悔してること。
「まきさん、ありがとう」と言ってもらったこと。
淡々とお義父さんの最期を綴っている彼女の文章は、文字とはならなかった事がらたちの存在や日常の空気も、一緒に届けていた。
写真と同じ。私は彼女によってつむがれた景色の中を旅した。
誰しも、頭の中には沢山のスナップショットを持っている。
その一つひとつの景色を思い出しながら文章を書く。
頭の中で、景色の向こうにある自覚しなかった感情をたっぷり感じ直し、写真を見るときのように時間をさかのぼり、まるでその場に自分がいるかのように湧き上がってくる思いを味わう。
それを文字としてつむいだのが、文章。
今まで感じないふりをしていた感情、通り過ぎてきた思いをあらわしたもの。
だから、私たちは文章を読み、写真を眺める。
だから、私たちは書かずにはおれないし、撮らずにはいられない。
お義父さんのことを記し終わった彼女は、最後の写真を手に、過去の景色を懐かしく楽しんでいるに違いない。
読んでみてくれる? と文章が添付されたメールの文末に、彼女はこう書いていた。
「お義父さんのこと、好きやった」
***
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