プロフェッショナル・ゼミ

どう年を重ねたいのかイメージできれば、「おばさん」と距離をおけるかもしれない《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)

「もしさ、スポーツクラブに一緒に行こうって言ったら行く?」
ママ友のハルさんに誘われて、私は、渋った。
息子のスイミングスクールが入っているスポーツクラブでは、子どもが、習い事で通っていれば、保護者は月に5,000円で、ジムやプールが使えるらしいと聞いても、重い腰が上がらなかった。
私は、今、働いていないため、自由になるお金が限られている。
少しの貯金はあるので、出せなくはないけれど、月に5,000円あったら、何か、もっと心が震えるものに投資したい、そう思ったのだ。

だけど、確かに、運動不足だ。運動するのは、悪くない。
あ。
思い出したのは、近くの公営の体育館だった。
あそこには、トレーニング室もあるし、プールもある。
登録をすれば、どちらも、一回200円だから、安い。
まあ、拘束力はないから、モチベーションが続くかわからないけれど、気は楽だ。
「もし、体育館のトレーニング室だったら行く?」
「いいよ、それなら行く」
かくして、先月から、ハルさんと一緒に、週2回のペースで通っている……と言いたいところだけれど、どちらかが、体調が悪かったり用事が入ったりして、サボり気味だ。
もし、月5,000円払っていたら、ケチな私は、もし、ハルさんの都合が悪くても、ひとりでも行っていただろう。
代金には、「拘束力」という要素も入っているのだろうと、つくづく思う。

ハルさんが、運動したくなった理由は、どうやら、中学校の時の同窓会に、近々行くかららしかった。
私からすると、全然太って見えないのだけれど、本人に言わせると、人生でマックスの体重らしい。
今までどれだけ、スリムだったのよ、と思うくらい、今で十分だと思うけれど、本人が気にしているのだからそうなのだろう。
「さすがに、少しは体重を落として、参加したいんだよね」
全く、かわいらしい理由だなと思った。

彼女の話を聞いて、私は、思った。
私の方が、太っているのに、危機感があまりないのはなんでなんだろう?
ハルさんの方が若いと言っても4つ下だから、同世代ともいえる。

私は、赤ん坊の時から太っていた。背が伸びる時期は、そこそこ、スリムだったけれど、よく食べていたので、成長するにつれ、蓄える時には、確実に、蓄えていた。
私って、太っているのかもしれない! と気づき始めたのは、小学6年生の終わりくらいで、身長が止まった頃だったと思う。
中学、高校、短大時代は、ずっと太っていた。
短大を卒業し、会社に就職する頃が、マックスの体重だった。
働き始めると、適度に動くことと、間食する時間がないことが、功を奏して、だんだんと痩せていき、数年で、10㎏ぐらいは減った。
そうは言っても、太り気味には変わりなかった。
“太り気味の体形”が私のアイデンティティの一部だったくらい、馴染んでいた。
その後結婚し、妊娠すると、つわりの影響と、食欲があまり増さなかったおかげで、さほど太らず、出産と同時に少し体重が減った。
そこで、止まっていればよかったのに、そこから8年かけて、短大卒業のマックス時まで、体重が増え続けて、今に至る。

若い頃、痩せたいと思ったことは、もちろんあった。
ダイエットをしたこともある。
成功した時もあれば、続かなかったこともあった。
太っていることを悲観して号泣した夜もあったし、太っていることで恋がうまくいかないこともあった。
周りには、スリムで素敵な友だちが多く、比べると落ち込むから、いつのまにか、太っていることは私の個性だと、開き直るようになったかもしれない。

急激に痩せたり太ったりしたことはあまりなかったけれど、多少の体重の増減を繰り返しながら、今、思えば、自分史上、一番痩せている間に、いくつか恋をし、旦那にも巡り合って、結婚もできた。

若い頃は、やはり、恋愛や結婚のことばかり考えていたから、体形も気になっていたけれど、結婚してしまえば、とりあえず、まあいいかみたいな感覚に、知らず知らずなってしまったと思う。

今でも、鏡を見て、太っているなあと思ったり、ここの肉がなかったらとあごの下の肉をつまんでみたりするけれど、まあいいかと、どうせ無理だろうの後に、いったいなんのために痩せる努力をするのだろう? という疑問さえ出てきてしまう始末だ。

「よかったら、おばちゃんが取ってあげようか?」
高い所に、ひっかかったボールをジャンプして取ろうとしていた男の子にそう言って、取ってあげたのは、ついこの間のことだ。

そう言えば、自分のことを「おばちゃん」と言い出したのはいつだったか?

私は、44歳。36歳の時に産んだ息子は、現在8歳だ。

自分のことを「おばさん」だと思ったのは、いつだったかはっきりと覚えていないけれど、息子が赤ちゃんの時に行った児童館で、小さい子が積み木か何かを、おもむろに私にくれたのを
「おばちゃんにもくれるの? ありがとうね!」
と言ったのが、自分のことを一人称で「おばちゃん」と言った始まりのような気がする。

不思議なもので、自分で自分のことを「おばちゃん」を言っておきながら、心穏やかに「おばちゃん」もしくは「おばさん」と呼ばれるには、呼ぶ人を選ぶ。

誰に呼ばれるのは大丈夫で、誰に呼ばれるのは嫌なのか、思い巡らしてみると、小学6年生くらいまで、つまり、私を息子の保護者として見ている少年少女までは、いいけれど、中学生くらいから上の子には、呼ばれたくない気がする。
さすがに、「お姉さん」と言われることは望まないし、違うと思うけれど、せめて「中村さん」と苗字で呼ばれたい気がする。
ましてや、近所の八百屋のおやじに
「おばさん、メロンが安いよ!」
と言われた時には、頭にきた!
絶対に買ってやるもんか!
昔のワイドショーの司会者みたいに、中高年を捕まえて「お嬢さん」と言うのは、見え透いているし、やりすぎだと思うけれど、ものを売るなら「お姉さん」くらいでもいいじゃないか!
人によっては、嫌かもしれないけれど、私は「奥さん」や「お母さん」の方がまだいい。  

ところで、どうして「おばさん」と言われるのが嫌なんだろう?

「おばさん」は「小母さん」と書くらしい。
辞書によると、意味は、
1.よその年配の女性を親しんでいう語。
2.子供に対して、大人の女性が自分を指している語。
ということだ。

ああ、そうか、年上や同年代から言われると腹が立つのは、お前だって、おじさんだろってことだろう。

昔、母が、子どもの私から見て、明らかに「おばあさん」の風貌の人に向かって「おばさん」と言っていたのが不思議だったことを思い出す。
当時「おばさん」世代の母からすると、その人は母にとっての「おばさん」という位置だったのだろう。

だから、おばさんと呼んでいいかどうか、呼ばれて不快か、仕方ないと思うかは、相対的な関係なのかもしれないと思う。

それから、「おばさん」と言われるのが嫌な理由のもうひとつは、自分が子どもの頃に抱いた「おばさん」のイメージがあまりよくないからかもしれない。

髪の毛は、大仏のようなパーマで、羞恥心がなく、ずうずうしい無神経なおばさん。
あ、そうか、あの、「オバタリアン」のイメージか!

「オバタリアン」とは、おばさんと1986年公開のホラー映画「バタリアン」との合成語で1989年に流行語大賞・流行語部門の金賞を取った言葉だ。
この題名の4コマ漫画もある。

あれと一緒だと思うと、ちょっとゲンナリする。
私は、まだそんなんじゃないよ、と言いたいのかもしれない。

そうかといって、「おばさん」と言われないために、何か努力しているのか? と聞かれたら、何も言えない。
食べたいものを食べ、過ごしている。

私には、美しい年上の女性の友だちがたくさんいる。
彼女たちは、年は重ねてはいるけれど、私にとって決して「おばさん」ではない。
「お姉さん」と言いたくなる。
その方たちを見ていると、素敵だなと思うし、こういう風に年を重ねることができたらいいなと漠然と思うけれど、じゃあ、そうなるために、努力しようというところまでは、気持ちが結びつかない。

私の今の生活習慣の延長線上に、その美しさは、ふいには現れないと容易に想像できるくせに、危機感があまりない。

私は、変わりたいのかな? それとも、変わりたくないのかな?

もう結婚したし、子どももいるし、家族も今のところ仲がいいし、別に今更、着飾っても仕方ないじゃないか、みたいに思っている自分もいる一方で、年齢とか関係なく、美しくあろうとする女性のことが気になってはいる。

同じ年で、結婚して、大きな子どももいるのに、旦那さんと恋人同士のように嫉妬し合ったり、愛をささやき合ったりしているという友だちは、とても若々しい。
結婚という形をとっていながらも、不安定で、危うい関係にも感じる。

今の、この穏やかで安定したぬくぬくとした生活を変えてまで、美しさを手に入れたいと覚悟できるのかな? 私は……。

私が、「脱・おばさん」を目指すとしたら、何のために、どういった姿を目指せばいいのだろう?

目的とありたい姿を具体的にイメージするのは、結構難しいので、先に、シミュレーションしてみよう。

まずは、痩せなければ始まらない。
それから、ファッション、化粧、しぐさ、立ち居振る舞い、教養、などなど、変わらないといけないことは多岐にわたる。
ああ、考えるだけでクラクラしてくる。

じゃあ、仮に、痩せたとしよう。
今は、大体、お店の隅の方にある、大きいサイズの売り場でないと着られる服は売っていないし、似合うものも限られるから、買い物も好きじゃない。
けれど、もし、普通サイズになったら、エスカレーターを降りながら見かける、通りがかりのお店の服も、ショーウインドーに飾られた服も、着ることができるようになるから、フラッとお店に入ることも、できるかもしれない。
お店に入っても、店員さんに、あんたに合うサイズは、うちにはないよ! と心の中で思われることもないし、楽しくなるかもしれない。

若い頃は、今思えば、女同士の戦いみたいなものが怖くて、太っていることで、戦力外であることをアピールしていた気がする。
綺麗な女たちは、私に対して優しかったけれど、心の中では、女として見下していたのも知っていた。
見下していた女たちが悪いわけではなくて、私に戦う勇気がなかっただけなのだけれど、逃げることは、おしゃれをして一番女として輝ける時代の楽しみを奪った。
そして、外見を気にしたり、着飾ることに対するリテラシーのようなものが育つきっかけを失った。

だけど、逆に言えば、もう、今は、自由であり、そういう意味で、太ったり痩せたりしなくていいのだともいえる。
結婚していて、年齢も重ねているから、女としてということではなくて、自分自身がどう生きたいのか、何を纏っていきたいのかということなのだろう。

さて、私は、変わりたいのかな? それとも、変わりたくないのかな?

息子にとっては、今の私が、息子が生まれた時からの私だから、あまり変わってほしくないようだ。
時々
「もう少し痩せてもいいかもしれない」
と、言うこともあるけれど
「やっぱり今のままがいいや」
結局、そういうことになる。

美容の仕事をしている友だちが、今度化粧を教えてあげると言ってくれたことを息子に話したら、
「お母さんは、このままがいいよ。お化粧してほしくない」
と言われた。

息子も、変化が怖いのだと思う。

さあ、私は、どうしたいのか? 

童顔のせいか、今は、まだ、有り難いことに、そこそこ若く見られたりする。
いや、若くというよりは、幼く見えるんだと思う。
少女が、大人の女を経て、おばさんになっていくんじゃなくて、大人の女を経ずに、おばさんに向かっている気がする。

だけど、それに甘んじていると、きっと、大変なことになるだろう。
老化は、確実にやってくる。
だから……美しくなるという高い目標ではなく、老化を遅らせるくらいのスタンスでもいいから、やはり、ブラッシュアップしていかないといけない気がしてきた!

変わらないために、むしろ、変わり続けないといけないのかもしれない。
挑戦する姿こそ美しいのだ!

もしかすると、老化に対抗し、しわができるのを防ぐというよりも、老化と友だちになりながら、質の高いしわを作るために、機嫌よく、心地よい時間を過ごすことが大切なのかもしれない。

“恋するかもしれない可能性を感じさせる大人の女性”を目指すのか、“小奇麗なおばさん”を目指すのか、まだわからないけれど、なんだか、何にでもワクワクする楽し気な人ではありたいと思う。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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