今日もまた、タイムマシンに乗った
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記事:渡辺剛(ライティング・ゼミ)
「あっ! トンネル! ここ前通ったよね?」
うちの6歳の娘は、車に乗っている時、トンネルに入ると必ずこう言う。
初めて通るトンネルであっても、だ。
たしかにトンネルというものは、中に入ってしまえばどれもこれも、よく似ている。特に地方の、山地を走る高速道路のトンネルなどは距離も長いことが多いため、なおさらである。
「ここは初めて通るトンネルだよ」
「えー? 通ったことあるよー」
「うーん、たしかに似てるね」
「あ、ほら、上にあーゆーの付いてたし」
「ああ、ほんとだね」
トンネルの上部に付いている、まるで飛行機のジェットエンジンのような形の換気用と思われる送風機を指差しながら、一生懸命になっている。
ルームミラーに映る、後部座席に座っている娘の顔は、トンネル内のナトリウムランプに照らされて、薄暗いオレンジ色だった。
ところで、実は私も、トンネルに入るたびに、思い出すことがある。
その、思い出は、私が5歳か6歳のころ。
ちょうど、今の娘と、同じくらいの年齢だ。
当時、私は毎日、母の乗る自転車に乗せられて、保育園に通った。
母は車の免許が無かったわけではないのだが、我が家には車が一台しかなく、その車は父が仕事に行くために使っていたのだ。
実は私の通った保育園には通園バスがあって、自宅のすぐ近くもコースに入っていて、それに乗って行くという選択肢もあったのだが、理由はよく覚えていないが私が強く嫌がったため、毎日自転車で送ってくれた。
保育園までは、20分くらいはかかる道のりだったと思う。
雨の日も、風の強い日も、母は私を自転車に乗せ、保育園まで送った。
私は子どもの頃から体が大きい方で、少し昔なら『健康優良児』と言われるであろう体格であったから、幼児とはいえ、そんな私を自転車の後ろに乗せての20分の道のりは、なかなか大変だったと思う。
途中の道のりに、林の中のまっすぐな一本道があった。
林を抜けると、間もなく保育園に到着する、という場所だった。
私はその一本道が好きだった。
両側が林になっているので、見上げると道路の真上まで木々は生い茂り、夏の暑い日でも、その道に入った途端に、空気が少しひんやりと変わる、そんな不思議な道だった。
保育園に向かう時は、若干の登り坂になるので、私を後ろに乗せた自転車は、ゆっくりゆっくり、一本道を進んでいく。
少し進むと、私は後ろを振り返る。
「ねえねえ、もうこんなに来たよ」
「ほんとだ」
またもう少し進むと、また後ろを振り返る。
すると、林の入り口が、少し遠ざかって見える。
この、遠ざかって行く『林のトンネルの入り口』を見るのが、なぜか好きだったのだ。
「あっ、もう入り口が、あんなに小さくなったよ」
「そうだね」
「ねえ、こんなにゆっくり進んでいるのに、どうして?」
「どうしてだろうね、あっという間だね」
保育園までの道のりは、きっと色々な話をしていたに違いないけど、他になんの会話をしたかなんて、たいして覚えていない。
けれど、この一本道で、この会話をしていたことは鮮明に覚えていて、おそらく、ほぼ毎日このやりとりをしていたと思う。
そんな保育園生活にも終わりが来る。
卒園を前に、最後の登園日となった日のこと。
いつもの一本道にさしかかる頃、母は静かにこう言った。
「今度は小学生になるね。お母さんと保育園に行くのも終わりだよ。
あっという間だったね。でも、楽しかったよ」
楽しかった……
私は子ども心に、私を乗せて毎日自転車で登り坂を登る母に、申し訳ないという気持ちがあった。
バスは嫌だって言ったから、こうやって毎日自転車で坂を登って……
だから、大変だろうなって。ごめんねって。
そんな気持ちだったのに、母は、「楽しかった」と言った。「大変だった」ではなく。それが6歳の子どもにも意外に思えて、不思議だった。
「楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。毎日ね。でもこれからは小学生。歩いて学校だねえ。がんばらなきゃね」
「うん……」
その日は、いつもの一本道が、いつもより短く感じた。間も無く、保育園が見える。着いてしまう。
もう終わっちゃうの。
もっと、この道を走っていたいよ。
なんだかそう思ったら涙が出てきて、私は特に何も話さずに、母の背中に顔をうずめた。
母の着ていた服に私の涙が染み込んで、少し濡れてしまった。慌てて母の背中から、顔を離した。
母も、それから特に、何も話さなかった。
こうして、保育園へ通う2年間は幕を閉じた。
「あっ、トンネル終わりだ」
娘が言った。
出口が近づいてきて、じわっと明るくなってくる。
今日もまた、トンネルに入ることであの頃を思い出した。普段の生活ではまったくもって忘れているあの頃のことを、不思議といつも思い出す。そう、それはまるで『ドラえもん』に出てくるタイムマシンのように、あの頃へかえるのだ。
あの頃の私のように、娘の保育園生活も、あと数日で終わる。
最後の日、どんな話をしよう。思い出話に浸ろうか。
いや、やっぱりこれしかない。
今日でパパと保育園行くのも終わりだね。
「楽しかったよ」って。
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