私、最近、見えるようになってしまいました
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記事:Meg(ライティング・ゼミ)
「遠い昔、遥か彼方のどこかで、僕はこの世に生まれたんだって。
それから僕は、長い、長い旅をしたんだ。
風に乗って、遠く、遠く。
そして、ここにたどり着いた。
僕らは自分の力では動けない。
たどり着いた場所で少しずつ自分のテリトリーを広げていくだけ。
とても長い時間をかけて、ゆっくりと広がっていくんだ。
この間、初めてお隣さんに会ったよ。
ずいぶん前からここにいるらしくって、挨拶したら、とっても気難しい感じだったんだ」
「もうどれだけの間、ここにいるかも忘れてしまった。
ゆっくり、ゆっくり流れる時間を、誰にも邪魔されずに過ごしてきたんだ。
それなのに、何なんだ、あの最近やって来た若造は。
随分と馴れ馴れしいやつだ。
まったく、今どきの若い連中ときたら礼儀を知らん。
問題は、俺らが簡単に動けないことだ。
困ったもんだが、あの若いやつと隣り合わせでやっていかなくちゃならん。
あぁ……本当に、困ったもんだ」
ある日突然、こんな声が聞こえるようになってしまったんです、私。
突然そんな告白をしたら……
「え?」
意味不明なものに出会った時に、人々が最初に見せる呆気にとられた表情は想像に難くありません。
そして、その後無意識に浮かんだ蔑みの視線をごまかすように、こう言うでしょう。
「大丈夫?」
何か幻覚でも見えているのか、仕事が忙し過ぎておかしくなったのか、それとも、もともとちょっと“不思議ちゃん”だっけ、この人……
普段、常識的なつき合いをしている知り合いたちが、引き潮のように引いていくのが目に見えます。
比較的近しい人なら、あるいは、こう言って笑い飛ばしてくれるかもしれません。
「あはははは、バカじゃないの?」
何の冗談を言い始めたんだ、こいつ。やべ、笑える。
いずれにしても、正気の沙汰とは思われないでしょう。
人間がクモの化け物になってビルの壁に張りついたり、猫型ロボットが引っぱり出す、とんでもない道具で時空を飛び越えたり。
映画や漫画の世界なら疑いもなく信じられるのに、いざ現実世界で、自分の目の前に特殊能力を持っていると主張する人間が現れると、人々はそれを信じようとはしません。
だって、映画の世界はフィクションだから。
現実世界で起こるはずのない、おとぎ話だから。
でも、誰しも子供の頃に一度は、自分にも特殊能力が備わっていたらなぁと夢見たことがあるのではないでしょうか。
「透明人間になれたらなぁ……」
「 夜になったら話し始めるオモチャの姿を見てみたい……」
「動物や植物のことばが分かるようにならないかな……」
何を隠そう、私も、そんな夢見る子供の一人でした。
幼い頃に魅せられたのは「コロボックル」
佐藤さとるさんの描く小さい小さい人の物語。
何十年も読み継がれてきたというこの名作は、あまりにもリアルで、幼い私を虜にするのに十分な威力を持っていました。
本当に、すぐ近くに、彼らの住む国があるかもしれない。
この草むらに、私にだけ見えるコロボックルが隠れているかもしれない。
一緒に遊んでいた友人たちにも、そばで見守ってくれる幼稚園の先生にもこっそり内緒で、隙を見つけては一人、コロボックルを探していたのを覚えています。
子供の頃に広がっていたはずの空想の翼を封印してしまったのは、いつの頃だったのでしょう。
自分にも備わっているかもしれない特殊能力の存在を信じなくなったのは、いつの頃だったのでしょう。
サンタクロースを信じなくなった、ちょうどあの頃でしょうか……
でも、きっと誰もが、多かれ少なかれ、空想の世界の住人だった過去があるんじゃないかと思います。だから、今日、思い切って告白します。
「私、最近、他の人たちに見えないものが見えるようになりました」
私の特殊能力を開花させたのは、同じ能力を持った友人でした。
ある日、彼は言葉巧みに、私ともう一人の友人を誘ってこう言いました。
「たった108円で面白いものが見えるから。やってみない?」
ビール片手に仕事の愚痴を言い合うのも悪くはないけれど、たまにはみんなで違うことをしてみるのも楽しいかもしれない。
何だかよく分からないけど、たった108円なら、騙されたと思って乗ってみようか。
彼の言葉に従い、私たちは百均ショップへ。
購入したのは、スマートフォン用のクリップ式レンズ。
買ったばかりのそれを開封する手間ももどかしく、私たちを再びショップの外へと導く彼。
「ほら! 見て。いっぱいいる。チイルイ!」
そう言って、あらぬ方向を指差す彼。
指された方向を見ても、何もいません。
人々が首をすくめて行き交い、車が走り去って行きます。
冬芽だけの街路樹が、まだ寒そうに北風に震えて立っていました。
「なんて? チイルイ? 何のこと?」
彼がおかしな呪文でも唱えたのかと、耳を疑う私と友人。
「これ、これ」
街路樹の木の肌を指差して、手招きする彼。
言われるがまま、買ったばかりのマクロレンズをiPhoneに装着し、彼が指差す緑色の部分にピントを合わせるとそこには……
「ひゃー! 何これ??」
ブルーチーズのような、要は、カビみたいな色をした、ミクロサイズのキノコみたいなものが、カメラに大写しになって、私は思わず素っ頓狂な声をあげていました。人々がせわしなく行き交う、都会のど真ん中で。
「これが地衣類」
得意げにそう言い放った彼の説明によると、地衣類というのは苔のようで苔でなく、キノコのようでキノコでない、なんとも不思議な生物なのだそうです。
熱弁をふるって、その不思議な物体の、特異な生物学的特徴を解説してくれた彼には申し訳ないのですが、残念ながら、あまり理解はできませんでした。何が珍しくて、何がすごいのかも、よく覚えていません。
だけど、その時、私は違う衝撃に打ちのめされていました。
私には、見えて、しまったのです。
見慣れた景色の中に潜んでいた、実に様々な種類の“地衣類”なるものの存在が。
それは、まるで、今まで若い女にしか見えていなかっただまし絵の中に、急に老婆が浮かび上がってきたような、そんな瞬間でした。
「すげー! なんか、いっぱいいる!」
どうやら一緒にいた友人にも見えてしまったようです。
彼は面白そうにニヤリと笑うと、緑色のすぐ横の樹皮を指差しました。
カラフルな萌黄色の塊が咲いていました。
反対側の樹皮には、サビか汚れのように見える灰緑色の塊が。
すぐそばのコンクリートの塀には、粒状のオレンジ色の塊が。
ありとあらゆる場所に、今まで見ていたはずの場所に、私たちのすぐ近くに、彼らの世界は広がっていたのです。
小さくて見えていなかったのではなく、目に入っていなかったのでした。
一度見え始めると、地衣類は、あっちにもこっちにも、至るところに生息していて、私たちは夢中で108円のマクロレンズを覗き込みました。
無関心の鎧をまとった人々が、街路樹にへばりつく私たち三人を、うさんくさそうな目で一瞬だけ見やって、また足早に通り過ぎていきます。
狭い道路で街路樹に群がる私たちを、必要以上に大げさに避けて、車が行き去りました。
コンクリート塀のそばにしゃがみ込む私たちの横で、休憩中のアルバイト君が気だるそうに煙草をふかしていました。
いつもの都会の風景の中で、その日、私たち三人だけが彼らの目には見えていないものを見ていました。
草を不自然に揺らす コロボックルを見つけた子供のように、UFOキャッチャーの中のぬいぐるみの一つに突然話しかけられた映画の中の子供のように 、興奮した輝きを瞳に宿して……
それ以来、私には見えるようになってしまいました。
通勤中の歩道橋の上に、昼休みに歩く公園の街路樹に、ランニング途中の石垣に。ずっとずっと前から、注目もされず、ただひっそりと暮らしていた彼らの姿が。
街中で、あらぬ方向を見てにんまり微笑む怪しげなOLの姿を見かけたら。
無関心を装って、何も言わずにそっと通り過ぎてやってください。
彼女にはきっと、見えているのです。
幼い頃に見つけたコロボックルか、はたまた、道ばたの地衣類か……
***
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