ポーカーが上達すれば人間関係が広がる
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記事:ほう(ライティング・ゼミ)
「私、昨日のデート、ケンカして帰って来ちゃった!!」
会社の昼休み中。
パスタ皿が載ったテーブルをはさんで、マキさんはあっけらかんと言い放った。
私は驚いて、聞き返す。
「えぇっ! それって、この間いい感じだって言ってた、年下の男の人ですか?」
「そう、その人。いちいち細かくて余計なこと言ってくるから、腹が立って。最後に、あなたは自分は料理作らないくせに、出された料理には文句言うタイプだ、って言っちゃった」
「は~、それはまた、ぶった切りましたね」
同じ営業部で働くマキさんは、いつもこんな感じだった。
自分のことを話すのにためらいが無く、何でもストレートに報告してくれる。
当時、私は短い間勤めていた不動産会社を辞め、広告代理店で派遣社員として仕事を始めたところだった。
配属先は営業部で、職種は営業アシスタント。
私とほぼ同じタイミングで、契約社員として同じ部署にやってきたのが、マキさんだった。
彼女は営業だったし、私よりもひと回り以上年上で、40歳近くだっただろうか。
一見、あまり共通点の無さそうな二人だったが、マキさんはやって初日から、いつも明るく私に喋りかけてくれた。
「昨日行ったランチ、割烹なのにビーフシチュー出してくれるの! 美味しいから今度行こう!」
「京都でやってる美術展、面白そうだけど、ああいうの興味ある?」
「ねぇねぇ、今彼氏いるの?」
「このまえ、知り合いが株始めたらしくって。私も投資始めようかな」
その時25歳になったばかりの私は、まだまだ世間知らずで、そしてとても人見知りだった。
いわゆる雑談が苦手で、何を喋ればいいか頭に浮かばず、会社の人や取引先の人に対し、挨拶以上のことを自分から言い出せなかった。
「こんなことを言ったら場違いかな。こんなことを言ったら変に思われるかな」と相手の顔色をうかがっては、ぐるぐると頭でっかちに考えすぎ、結局口に出せずじまい、ということを繰り返していた。
当然、相手との距離も縮まらないし、仲良くならない。
そんな私の目に、自分の意見をストレートに口に出すマキさんは、とても自由でまぶしくうつっていた。
そんなある日、その営業部のエースの男性が、マキさんに厳しい言葉をかけている場面に遭遇した。
詳しくは覚えていないが、「あのタイミングで数字の話を持ち出すのは、僕はどうかと思いますよ。まだよく分かってないんだし、余計なことは言わないで下さい」
という様な内容だったと思う。
見ていてちょっとドキっとした。
エースの男性・大山さんは、仕事はできる人だったが、割と自分の考えを押し通す人で、後輩たちからは恐れられていた。
その時も、特にマキさんが責められる程の内容ではない様に思えた。
……マキさんは、いつもの感じでズバっと言い返すんだろうか。
ところがさしたる反論もせず、「すみません、次からは気を付けます」と素直にマキさんは謝り、その会話は終わった。
いつもの歯に衣着せぬ物言いの彼女からすると、私にはちょっと意外だった。
とはいえ、何となく気まずい空気が、マキさんと大山さんの間に流れていた。
その次の日の昼だ。
マキさんと大山さんの営業同行に、たまたま私もサポートでついていった。
商談は問題無く終わったが、前日のやり取りがあったので、帰り道の途中のランチに、私は何となく緊張していた。
マキさん、何喋るんだろう。
やっぱり、営業の話だよね。たぶん。
ところが。
「聞いてくださいよ、大山さん。私昨日、駅でこけちゃって!」
全然関係の無い話をマキさんはした。
あれっ?
と思っているうちに、その話が面白くて、つい私も大山さんも笑ってしまう。
食べ終わる頃には、空気がほどけて、ふわっと軽くなっていた。
その後、マキさんは言った。
「昨日の話、反省しました。で、考えたんですけど、今度こんなことやってみませんか」
……それは見事な切り替えで、これぞ大人の会話だ!
と私はため息をついた。
そうだ、マキさんはただ自分の好きなことを喋っている訳ではなかった。
ちゃんと空気を読んで話をふってくれていたのだ、ということに、私はようやく気付いた。
それは、トランプゲームのポーカーみたいなものかもしれない。
相手の顔を見て、空気を読みながら、まずは自分から話題のカードを切ってみる。
そこからうまくカードが組み合わさることもある。
出したカードがしっくりこなくて、流されてしまうこともある。
でも、たまたまカードが合わなかっただけだ。
落ち込むことなく、次のカードを切ればいい。
私は、ポーカーにすら参加しようとしていなかった、臆病者な自分を恥じた。
そうだ、ただ私は自分が恥をかくのが怖かっただけなのだ。
あれから10年が経った。
会社でもプライベートでも、随分年下の人と接する機会が多くなった。
美容院に行けば、ひと回りも年下の子が髪を洗ってくれたりする。
『お客さんと喋らなくちゃ。話を聞きださなくちゃ』という気負いは感じるのだが、どうも空回りしている様だ。
昔の自分を見ている様で、少しくすぐったい。
今の私は、もう知っている。
まずは自分のカードを見せ、相手にオープンにすることから話が始まる。
「はじめまして。私はこういうものです」
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