春になるといつも思い出す、君のこと
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記事:渡辺 剛(ライティング・ゼミ)
君と初めて会ったのは、忘れもしない、19歳の時。
もう15年以上も前のことになるね。
その年の春のことだった。
突然、僕の目の前に現れた。
君の第一印象は…… 正直言うと、なんだこいつ? って思った。
それくらい君は、慣れ慣れしかったんだ。
それから、君はいつも一緒だった。
はじめは、君がいつも僕について来るから、いつもまとわりつくから、僕は正直困ってたんだ。でもだんだん、慣れてきたというか、それが当たり前になってきて。
君と出会ったことで、たくさんの経験もした。
たくさん笑って、そしてたくさん涙を流した。ふたりで映画を見ながら、ぐずぐずに鼻水垂らしながら、目を真っ赤にして泣いたこともあったっけ。
でも、桜の花が散る頃だったかな。だんだん、会う頻度が少なくなってきて、そしてある日を境に、僕の前から姿を消した。
不思議だよね。
あんなに、うっとうしかったのに。
姿を見なくなっていくと、僕は、だんだん気になっていたんだ。
あれ、今日はいないなって。いつも会う場所に、来ないなって。
でも、不思議なんだけど、特に連絡先を交換したわけでもなければ、まして付き合ってるわけでもなかったし。
また会えるだろう。
それくらいに思っていた。
けれど、春が終わり、夏が来ても、君に会うことはなかった。
そしていつしか、忘れてしまっていたんだ。君のこと。
過ぎてゆく時間とともに。
秋が来て、冬がきて、そして年が明けた。
3月、冬の寒さもやわらいできて、次第に暖かくなってきた頃。
よく晴れた、あたたかい日だった。
「あっ」
驚いて、声をあげた僕に、君はそっと話しかけた。
「ひさしぶり」
「う、うん」
「あたしのこと、忘れてたでしょ?」
「正直、言うとね」
「ひどい! でも…… また会えたね」
「うん」
それからまた、しばらく僕は、君との時間を過ごした。
1年ぶりに会ったのに、いつも会っていたのがまるで昨日の出来事のように、ふたりの間の距離はそう遠くは感じなかった。
君が元気になる場所、そうではない場所、君の好きなもの、嫌いなもの。
すべて、昨日のことのように思い出したんだ。
そして、それから、ふたりでたくさん笑い、たくさん涙を流した。
また、いつも一緒にいた。
忘れていた時間を取り戻すように。
4月も半ばになった頃。
陽も沈んで、暗くなった近所の公園でベンチに座り、ふたりで桜を見ながら話した。
桜の花は満開という時期が過ぎ、そよそよと吹く風に、花びらがはらはらと舞い散っていく。
「きれいね」
「そうだね」
「1年前もここで桜を見たよね。覚えてる?」
「うん。覚えてる」
「ほんとに?」
君は疑いの眼差しで僕を睨む。
「ほんとだよ!」
「ほんとかな? 怪しいなあ」
「い、いやマジだから! 覚えてるし!」
本当に覚えてるというのに、必死に弁解しているような感じになってしまったので、それ以上言うのはやめた。
「桜ってさ」
さっきとは明らかに違う話し方で、君が話し始めた。
「う、うん?」
「あんなに綺麗に咲くのに、あっという間に散っちゃうじゃん」
「そうだね、それが桜ってもんだから」
「桜が綺麗に咲くとさ、みんな見に来てくれるじゃん。写真撮ったり、桜の木の下でお花見したりさ。でも、花が散ると、だーれも見向きもしないじゃん」
「そうだね」
「桜の木であることには、変わりはないのにね。寂しくないのかな」
「寂しく…… うーん……」
返答に困ってしまった。
君は続ける。
「桜だけじゃないけど、木とか植物とか、綺麗な花や実をつける植物って、1年中生きてるのに、あまり注目されないじゃん。だからさ、忘れちゃうよね、そこに生えてる、そこに生きてるってこと」
「うん、まあ、そうだね」
「だから、1年に1回くらい、存在感をアピールしてるのかなって、思うんだよね。わたしここに居るんだよって。ちゃんと生きてるよって。だから忘れないでねって」
「なるほどねえ……」
君は、ちょっと興奮してきたのか、さらに鼻の穴を大きくして、続けた。
「それでさ、1年に1回のアピールって、存在感そのものをアピールだけが、その木とか植物の目的じゃないのかなってのも、思うんだよね」
「どういうこと?」
「いや、虫とか鳥とかが、花や実を見つけやすいように、ってのもあるよ。でも、それは置いといて」
「うん」
「例えばさ、桜の花を見ると、思い出すこととか、思い出す人とかいるじゃん」
「ああ、あるね」
「真っ赤なモミジを見ると、思い出すこととか」
「あるある」
「コスモスの花を見ると思い出す人とか」
「いるね!」
「真夏のヒマワリの思い出とかさ」
「あるね! それある!」
僕もだんだんノッてきた。
「それが、花や木、植物のもうひとつの目的なのかなって。忘れていた人、忘れていた思い出、それをたまには、思い出してねって。そんな人の思いが、花に託されていて、人は花を見ると、1年に1回、忘れていた思い出を、思い出すの」
「なるほどね……」
しばらく、沈黙が流れた。君は物思いにふけるような表情で、桜の花を見上げていた。
その時、少し強い風がふいた。
桜の花びらが、ふわっと舞った。
その時、君の表情がきらっと明るくなって言った。
「桜吹雪だ……」
明るくなったと思ったら、またすぐに真面目な顔になり、僕を見て言う。
「ねえ」
「ん?」
「桜が散っても、私のこと、忘れないでね」
「何を急に」
「だから、忘れないで」
「だから、なんだよ急に!」
「もう、会えなくなるんだよ……」
「え……?」
「だから、忘れないで……」
そこまで話した時、さっきより強い風が吹いた。
手を広げていると掴めるんじゃないかというくらいの、桜吹雪だった。
一瞬、あたりが見えなくなった。
そして、君を見た。
いや、君を見れなかった。
もう、君の姿はなかったから。
あれから15年以上が過ぎた。
今年も冬が終わり、だんだん暖かい季節になってきた。
そして今年もまた、君と再開できた。
鬱陶しいけど、いまや、愛おしさもある。
なぜなら、君と会うと、春の訪れを感じるから。
いつか、もしかして、春が来ても、君と会えなくなる日も来るのかもしれない。
でもきっと、君のことは、桜の花を見るたびに思い出すよ。
君が教えてくれたように。
今年も、桜の花が散る頃までの、もう少しの間、お付き合いしましょうか。
君の名は、そう。
花粉症。
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