少しの可能性を追い求めることに、お金を使うのが人だと思う《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:高橋和之 (プロフェッショナル・ゼミ)<フィクション>
「落ち着いて聞いてください」
「はい」
「右腕にある固いものですが、腫瘍ですよ」
「え!!」
「そうは言っても、ほぼ良性腫瘍なので悪性腫瘍になる可能性はとても低いです。手術をすれば簡単にとることができ、悪性腫瘍になる可能性を0にすることができますが、手術しますか?」
「お待たせー、勝。待った?」
彼女の博美と荻窪駅前で待ち合わせをしていた。
「大丈夫、今来たところだよ」
ありがちな回答をする。
「よかったー、じゃあ帰ろう!」
博美とは同棲を始めて半年。
今日は駅前で待ち合わせて、スーパーで夜ご飯の材料を買う約束をしていた。
「何食べたい?」
「麻婆豆腐」
「いいね、ヘルシーだし、辛いの大好き」
仕事後にもかかわらず、博美は晩御飯を作ってくれる。
彼女にはとても感謝している。
料理ができる彼女がいるのは幸せなことなのだと思う。
二人で買い物を済ませ、左手には会社のバッグとスーパーの袋、右手には博美の手をしっかり握ってゆっくりと歩いて家路につく。
二人の自宅に着くと、博美は晩御飯の準備を始めた。
「何か手伝おうか?」
「ありがと、大丈夫。いつもどおり、お皿洗うのよろしくね」
「分かった」
そう聞いて、僕はソファーに座りテレビをつけた。
しばらくテレビを見ていると、
「お待たせしました」
博美が麻婆豆腐のお皿をテーブルに持ってきた。
テーブルにはご飯やお味噌汁もある。
「美味しそう」
「ありがと、早く食べよう」
席に座り、両手を合わせ、いただきます、と感謝の意を示す。
彼女もそれを真似し、慌てて麻婆豆腐を食べ始めた。
よほどお腹が空いていたのだろうか。
「美味しい、私天才!」
満面の笑みで麻婆豆腐をほおばっている、見ているこっちも嬉しくなる。
「熱い、熱い。舌やけどした」
僕は、慌てて冷蔵庫へ行き、水を持ってきて彼女に手渡した。
彼女は一気に水を飲みほした。舌をやけどしそうなだけなのに。
「ありがと。あー、落ち着いた」
「せっかちだよね、博美」
「そう? 行動は早い方がいいのよ、きっと」
「そうかもね」
そんな会話をしながら、またご飯を食べ始めた。
食べ終わり、僕はお皿を洗い始め、博美はソファーへ座り海外ドラマを見始めた。
お皿を洗った後は、僕も博美の横に座る。
博美が肩に体を預けてきた。
博美の手を握り、特に会話をすることなく二人で海外ドラマを見続ける。
本当にささやかな日常。
でも、幸せってこういうことなんだな。
こんな日がずっと続くことを願った。
翌朝、目が覚めると彼女は掃除をしていた。
「おはよう」
こちらを見てほほ笑んでくる。
「おはよう、掃除中かな」
「うん。朝ごはんはテーブルの上においてあるから食べてね」
「ありがとう」
彼女は掃除を再開していた。
ご飯を食べ終わり、食器を流し台へ持って行ったところで、
「ところでさあ」
博美が話しかけてきた。
「なにかな?」
「昨日の真夜中に抱きついてた時に気になったのだけど、右腕に1センチくらいの固いものがあるけど、これ何?」
そう言って、右腕をつかんで指さしてくれた。
あまり気にしていなかったのだが、右手首の10センチ下に何か固いものがある。
「分からない、いつできたのかも不明。特に気にしなていないけど」
「そうかな、大丈夫かな?」
まじまじと右腕を見ながら、博美はその固いものを押してくる。
「押さないで、地味に痛いから」
「一回病院に行ったら?」
「大丈夫だよ、病院好きじゃないし」
「いいから、行ってくる。今日は夕方前に映画に行く予定だったから、それまでは時間あるよね。行ってきなよ」
「でもなぁ」
「行かないんなら今日デートしない」
博美の機嫌が悪くなってきた。
仕方がない、今回は折れるか。
「分かった、これから行ってくるよ。とりあえず、皮膚科に行ってみる。昼頃には戻ると思うけど、夕方前に合流できればいいから外出しててもいいよ」
「じゃあ夕方前に新宿の映画館前で。私も少し出かけたいし」
しぶしぶと病院へ行く準備をした。
評判がよさそうな病院を探したところ、隣の西荻窪駅に評判の良い皮膚科があるようだった。
財布に保険証を入れ、玄関に向かう。
博美に一言声をかける。
「じゃあ、また後でね」
「いってらっしゃい」
病院なんて久しぶりだな、と思いながら病院へ向かう。
本当にこの固いものは何なのだろうか、右手の袖をまくり、まじまじと見る。
左手の人差し指で触ってみると、丸いボール状のような形をしていた。
不思議なものだ、自分の体にこんなものができるなんて。
電車に乗り病院へ向かうとすぐに到着した。
保険証を出すと、問診票を手渡された。
「右腕に固いものができている」
と記載して受付に返す。
しばらくすると、名前を呼ばれたので診察室へ入った。
「こんにちは」
女の先生が、明るい声で迎えてくれた。
年齢は自分くらい、かなり若そうだ。
「早速ですが、右腕を見せていただけますか?」
問診表を一目見た女医が椅子に座るなり、すぐに言ってきた。
袖をまくり、固い丸状のものを見せる。
「少し触りますからね、痛かったら教えてください」
そう言って、触診を始めた。
触られるとそんなに痛くはないのだが、同じくらいの年齢の女性に触られるというのは微妙に照れる。
彼女へのちょっとした背徳感にさいなまれつつ下を向いていると、先生が話し始めた。
「落ち着いて聞いてください」
「はい」
「右腕にある固いものですが、腫瘍ですよ」
「え!!」
「そうは言っても、ほぼ良性腫瘍なので悪性腫瘍になる可能性はとても低いです。手術をすれば簡単にとることができ、悪性腫瘍になる可能性を0にすることができますが、手術しますか?」
何を言われたのか頭が追い付いていない。
「要するに、がんの可能性が少しあるということですか?」
「そうですが、ほぼないと思います」
「もう少し、詳細を教えていただけますか?」
「では、簡潔に説明しますね」
一息ためて、先生は話を続けた。
「腫瘍は異常のある細胞のことで、人に害をなす場合は悪性腫瘍、なさなければ良性腫瘍です。良性腫瘍は基本的に放っておいても大丈夫ですが、ごくまれに悪性化する場合があります」
「手術した方がいいのですか?」
「正直なところ、しなくてもいいと思います。良性かどうかは、腫瘍の一部をとって細胞を見れば分かります。もっとも、このサイズなら一部をとるのではなく手術で全部取り除いた方がよいですね」
「手術の費用はどれくらいでしょう?」
「数万円です。手術自体は1時間くらいで終わりますし、局所麻酔をするから痛くはないです」
先生は手術しなくてもいいと言っているが、どうしよう。
「悩まれてるようなので、がんの進行についても少し説明しますね」
先生が僕を動揺させないようフォローしながら喋り続ける。
評判が良いのが分かった気がする。
「万が一、悪性腫瘍、つまりはがんだとしても、いくつかの段階に分かれて進行します。ステージ0の段階だと、皮膚の上の部分に腫瘍がいるだけです。他の臓器へ移る、つまりは転移していることはまずないです。今のあなたの状態で可能性があるとしてもこのステージです」
「そんなに深く心配しなくてもいいのですね」
「そうです。次のステージ1になると少し皮膚より下に広がりますが、まだ転移はしないです」
「それ以降は転移するのですか?」
「そうですね。ステージは4までありますが、数字が大きくなるにつれ転移の可能性が高まりますし、治療も難しくなります」
聞いていて怖くなってきた。
「正直なところ怖いです」
「そうですよね。でも、怖がる必要はないです。早い段階で気づいて対処すれば問題ありません」
「ありがとうございます。もう一つだけ、どうして、手術しなくてもよいとおっしゃるのですか?」
「可能性がほぼないということと、費用も結構掛かること。それに、1センチの腫瘍ですと2センチ弱切除することになりますので、少しとはいえ体に負担がかかりますから。余計なことはしない方がいいと思います」
先生は、手術をするなら電話をくださいね、と一言添えてくれた。
手術を「余計なこと」と言う先生に好感を持った。
本音で話してくれていると思えたからだ。
正直なところ、小さいとはいえ手術は怖い。
だが、何もしないのも不安だ。
気持ちの晴れないまま、自宅へ戻る。
ソファーに座り、テレビをつけたが頭に入ってこない。
悩みすぎたせいか、眠くなってきた。
この際、夕方まで寝てしまおう。
そのままソファーで横になり、気が付けば夕方前だった。
そろそろ行かないと遅刻だ。
慌てて支度をして、外へ出る。
映画館の前で博美と合流し、映画を見始めた。
映画の内容は、時間を遡ることができる男が主人公のラブストーリー。
普段の僕なら満足する内容の心温まる内容だった。
いつもなら多分泣いている。
博美も横でハンカチを目に当てている。
だが、今日は落ち込んでいたせいかあまり感動できなかった。
きっと映画のせいではないだろう。
「感動する映画だったね」
「そうだね」
「勝は時間を戻せたらいいって思ったことはある?」
映画の感想を聞くがてらの質問だろう。
「腫瘍ができる前に戻りたい」
と答えてしまった。
「えっ!! どういうこと?」
しまった、つい本音が。
家に着いてから話そうと思っていたがしかたがない。
予約していたレストランでご飯を食べながら話すか。
レストランに着き、赤ワインといくつかの食べ物を注文する。
食べ物が運ばれる間に、病院でのやり取りを説明した。
「なるほど、少し安心した。腫瘍っていうから入院とか必要なのかと思った」
「そこまでではないみたいだよ」
「でも、女医さんは手術しなくてもいいって言ったんでしょ?」
「そうだよ、でもどうなんだろう?」
「不安なら手術すれば? 行動は早い方がいいと思うよ」
「そうだね。でも、あまり手術したくないんだよね。可能性の低いことにお金を使うのも疑問だし」
「不安をなくすためなら可能性が低くてもいいんじゃないかな。可能性が低いものなんてたくさんあるし、例えばこれとか」
そう言って、博美はカバンの中から袋に入った何かを取り出した。
透明な袋の中には数字が書かれた紙が入っている。
「ああ、宝くじか。あんまり好きじゃないんだよなぁ」
「いいじゃない、当たらなくても半分は公共事業に使われるし。もし当たったらラッキーだし。宝くじって、夢を買ってるようなものだから」
「その感覚、分からないなぁ」
「ドン!」
突然、博美が机をたたきだした。
「一緒に買ってとは言わないし、理解しなくてもいい。でも、頭ごなしに否定しないでよ。あなただって、自分のやっていることを否定されたら嫌でしょう?」
しまった、怒らせたようだ。
「ごめん、悪かった」
気分が落ちているせいか、つい言いすぎてしまった。
「先に帰る」
そう言って、博美は怒って席を立ってしまった。
「ちょっと待って」
慌てて追いかけようとしたが、
「お客様お会計を」
店員に引き止められてしまった。
会計を慌てて済ませ、外に出たが博美の姿は見つけられなかった。
家に帰ればいるかもしれないから急いで帰ろう。
慌てて自宅へ戻り扉の前へ着いたが、家の電気はついていないようだ。
まだ帰ってないのかな、と思いながら扉を開ける。
玄関に博美の靴はなかった。
「おーい、博美―、いないの?」
返事はない。
リビングの電気をつけた。
テーブルの上に、メモ書きがあった。
「しばらく実家に帰ります」
ま、まずい!
自分の軽率な発言が、本気で怒らせてしまったようだ。
慌てて電話をかけたが、電波が悪いようだった。
電源を切っているのかもしれない。
今日のところは、メールでお詫びをして、また明日謝るとしよう。
浮気などの問題が起きるよりも、こういう喧嘩からの仲違いの方が別れに繋がるような気がする。
小さな不満の積み重ねがあって初めて喧嘩が始まるのだから。
そうでもなければ、少し不機嫌になるくらいで終わるだろう。
今回は本当にちゃんと謝らないと。
別れるのは本意ではない。
喧嘩といい、手術といい今日は大きい事件が起こりすぎた。
色々と疲れたので、今日は早く寝よう。
ベッドに入り眠ろうとするが、一人で寝るのは久しぶりだった。
急に孤独が襲ってくる。
普段隣にいる人がいないことがここまで堪えるとは。
自分の中での博美の存在の大きさに今頃気づかされる。
声が聴きたい。
会って笑顔が見たい。
触れていたい……。
博美なしの人生が考えられない。
翌日、電話をしてもメールをしても博美からの連絡はなかった。
「気長に待つしかないなぁ」
気の乗らないまま、僕は別の場所にも電話をすることにした。
それから2日間、博美からの連絡はなかった。
博美は何をしているのだろう、まだ怒っているのだろうか。
元気に過ごしていることを願っていた。
この時、僕の右腕は手術台の上にあった。
手術が嫌だという気持ちはあったが、手術をすることにした。
不安の数を減らしたかったのだ。
この状況で、二つの不安を抱えることは嫌だった。
それに、
「行動は早い方がいい」
という、博美の言葉が頭から離れなかったからだ。
「それでは右腕に麻酔しますね」
先生の明るい声が手術室内に響く。
手術室と言っても右腕を載せるだけの小さい台。
僕は寝ることもなく、椅子に座ったまま右腕を差し出していた。
「手術を始めます」
先生の声は明るいままで変化がない。
動揺などかけらも見えない、同じくらいの年齢なのにプロとしての気迫が感じられる。
「メス入れますね」
先生がメスを僕の右腕に入れ始めた。
目の前で、自分の腕が開かれる様子を見ることができた。
痛みは全く感じない。
切れ目から赤い液体が流れ始める。
腫瘍の上をバッサリと真二つに切っていた。
先生は動揺することなく、腫瘍の部分を切り抜き始めた。
痛くはないが、見ていて痛い気がしたので途中で目をそむけた。
メスでの切り取りが終わると、今度は僕の腕に糸が縫われた。
自分が縫われているというのは不思議な感覚だ。
「終わりましたよ、お疲れ様でした」
手術は無事に終了した。
1時間くらい経ったのだろうか。
腫瘍があった場所には、絆創膏のようなものがはってあった。
様子は見えないが、もう腫瘍はなくなっている。
「3日間はお風呂に入らないでシャワーで我慢してください。あとは、この防水加工された絆創膏を忘れずにはってください。10日後に抜糸しましょう。この日に腫瘍が良性かどうかもお知らせしますね。大丈夫だと思いますけど」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げてお礼を言う。
不思議なもので、腫瘍をとってしまったら不安が一気に消えてしまった。
清々しくて気分がいいくらいである。
仮に悪性だったとしても、きっと問題はないだろう。
帰途につきながらそう思った。
手術が終わったことを博美に話したかったが、電話は繋がらない。
「別れるのを覚悟しないといけないかな」
外はまだ明るいので、もう少し外にいようと思った。
駅前まで来ると、人の行列ができていた。
なんの行列だろうと思い、列の先を覗き込むと、
「大安吉日!」
「最終日!!」
という大きなのぼりが掲げられていた。
宝くじか。
最終日だからみんな駆け込みで買っているのかな。
なぜみんな、当たる可能性の低いものに、お金をかけるというものの意味が。
だが、冷静に考えると自分も同じではないか。
悪性腫瘍である可能性を避けるために手術をしたばかりだから。
宝くじとは真逆だが、可能性が低いという点では一緒だ。
まだ気持ちは分からないけれど、試しに少し買えば何かが見えるのだろうか。
5枚だけ買ってみることにした。
1,500円。
カフェでコーヒーを3杯飲める値段だ。
当選日は10日後、ちょうど皮膚科にもう一度行く日だった。
その日の夜、震えない携帯を眺めながらぼんやりとソファーに座っていた。
手元には先ほど買った宝くじがある。
当たったらどうなるのだろう……。
家を買って、美味しいもの食べて、会社辞めて旅行をして……。
好きなことをして遊んで、遊び飽きたら好きな仕事をして……。
当たりはしないと思ってみても、当たったら何に使おうかなんて考える自分がいた。
いったい僕は何を考えているのだろう。
あれだけ否定しておきながら。
自分の力で成し遂げたいと思う気持ちはあるが、今になって、やっと彼女の気持ちが分かった。
ちょっとした夢を見たかったのだなと。
否定をしていた自分を恥じた。
腫瘍という固いものが取り除かれたからだろうか。
なんとなく、意固地な自分の考え方が柔軟になったような気がした。
今回の腫瘍の件は、もっと柔軟に生きろという警告だったのかもしれない。
「ブルブルブル」
震えないはずの携帯が震えている。
慌てて携帯をとり、画面を見た。
博美から電話だ!
「もしもし」
「私、博美。今玄関にいるのー」
そして電話が切れた。
慌てて玄関に走る。
扉を開けると博美がいた。
気が付いたら思いっきり抱き着いていた。
本能が勝手に体を動かしていた。
「どうしたの? 急に抱きついてきて」
「この前は本当にごめんね。怒って実家に帰ったのに、戻ってきてくれて嬉しくって」
「何のこと? 怒りはしたけれど、気にしてないよ。実家に帰るってメモ残したよね?」
「うん、だから、夫婦の仲が悪くなった時みたいに怒って帰ったのかと思った」
博美は首を傾げた。
少し悩んでいる。
「あー、そういうことかー。何にも喋らないで実家に行ったからね。ごめんごめん」
てへっ、とごまかすように笑いながら話し続ける。
「急用があって実家に戻る、って話をする前に席を立っちゃったからね。その日のうちに深夜バスで実家に帰らないといけなかったの」
「急いでたの?」
「うん、急にいとこが結婚することが決まって親戚一同で集まることになったから。実家に着いてから連絡すればいいかなって思っていたら、電池が切れてしまって。慌ててたから充電器も忘れちゃって……。連絡したくてもできなかったの、本当にごめんね」
謝りながら、頬に口づけをしてきた。
キスでごまかせると思ったら、それは大正解である。
「気にしないで、悪かったのは僕だし。とにかく家でのんびりしなよ」
鼻の下を伸ばしながら、家に入るのを促した。
博美は下を見ている。
足元を見ると、扉の前にはたくさんの袋が置いてある。
お土産たくさん持ってきて、一人で運びきれないから玄関から電話したのか。
「全部運んでおくから中に入って入って」
「優しいね。ありがとー」
大量のお土産を運び終えて博美を見ると、ソファーに座って伸びをしていた。
「そういえば、博美のいない間に面白いものを買ったよ」
「何?」
テーブルの上を示す。
「え、宝くじ買ったの? あんなに嫌ってたのに。熱とかない?」
「少し考え方を変えてみようかと。博美が、夢を買うって言っていた意味が分かったよ」
「当たるといいね」
「そうだね」
博美の顔を覗き込んでみると、満面の笑みを浮かべていた。
自分の気持ちを理解してくれたことが嬉しかったのだろうか。
一時期はどうなるかと思ったが、これからも博美と一緒の日常が続くのだろう。
そんなことを思うと、とても嬉しい気持ちになった。
10日後、皮膚科に再度行く日が来た。
抜糸をしてもらい、検査の結果も聞いた。
女医の言う通り良性腫瘍であり、健康には何の問題もなかった。
同じ日に結果の出た宝くじは、やはり当たってはいなかったが、僕は幸せな気持ちに包まれていた。
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