いつも心に耳かきチャンピオン
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記事:なみ(ライティング・ゼミ平日コース)
「He is ミミカキチャンピオン!」
近くのお兄さんが、叫んだ。
ミミカキ?
耳かきのことだろうか。
というか、なんだよ耳かきチャンピオンって。
戸惑っていると、一人のおじさんがこちらに近づいてきた。
見るとその両耳には、耳かきが掛けられている。
おお、あいつか。
耳かきチャンピオンは。
耳に掛けられている二つの耳かきは、強い日差しに反射して、鋭く光っている。
なんだか、痛そう。
そんなチャンプとともに、人が四方八方からこちらに集まってきた。
「こいつはとても上手なんだぞ!」
「絶対やってもらった方がいい!」
チャンピオンだけに集中したいのに、何やら外野がうるさい。
そして私たちは、いつの間にかたくさんのお兄さんたちに囲まれていた。
ああ、到着して2日目、さっそく洗礼を受けるとは。
お察しの通り、ここは日本ではない。
インド共和国、首都デリーの繁華街、コンノートプレイス。
日本でいうと、渋谷や新宿に当たる場所だ。
インドというと、インド人に騙された、なんて話をよく聞くと思うが、
ここコンノートプレイスは、そんな詐欺被害の代表地点。
外国人観光客をねらって、あれやこれや仕掛けてくる。
そんな中、突如現れた耳かきチャンピオン。
場所が場所だ、妖しいにおいがぷんぷんする。
妖しいインド人達に囲まれた、いたいけな女子大生たちにチャンピオンはこう切り出した。
「俺は何年も耳かきの仕事をしている。日本人の客も多く、相手にしてきた」
耳かきで食べていけるのか、という突っ込みはともかく、チャンプが、多くの日本人を既に騙して、いや、施していたとは。
にわかには信じがたい。
変な奴につかまってしまった、そんな心の声をよそに、チャンプはどんどん営業を仕掛けてくる。
「俺がいままで耳かきした日本人に、感想を書いてもらっているんだ。みんな満足して帰っていくんだぜ、これを見てくれよ」
見てみろ、と、自信たっぷりに見せてくるチャンプが手にしていたのは、一冊のノートだった。
ここに施術の感想が書かれているのか。
どれどれ、そこまで自信があるなら見てみようじゃないか。
ノートを受け取り、ページをめくり始める。
「お前らラッキーだったな」
「きっと気にいるぜ」
周りのサクラも一緒に、ノートを覗き込んできた。
ノートは英語で書いてあった。
「とてもよかった!」
「耳かき気持ちよかったです、ありがとう!」
ノートは絶賛の嵐、凄まじい勢いの英語で、褒めちぎられていた。
へぇ、このおじさん、もしかして本当にすごいのかもしれない。
しかし、そんな褒め言葉の間に、どこか見慣れた文字が。
よく見ると、ノートの隅には所々日本語が書いてあった。
「この人は嘘つきです」
「日本人へ。とても痛かったです、絶対にやってもらわない方がいい」
「騙されました」
そこには、大不評の日本語が並んでいた。
とにかくもう、酷評のオンパレードだ。
殴り書きの日本語が散らばったノート。
相も変わらず、自信満々な表情を崩さない耳かきチャンピオン。
連れの友人たちと思わず、顔を見合わせる。
思わず笑いが止まらない。
そんな私たちの様子を見て、何も知らないチャンピオン達は、満面の笑みを浮かべる。
「どうだ、すごいだろう?」
その自信たっぷりの笑顔に、
さっきまでただの詐欺師にしか見えなかったおじさんが、なんだか可愛く思えた。
この人は知らない。
書かれている日本語は、褒め言葉ではないことを。
それでも彼らは信じている。
自分たちは、日本人に認められていると。
「この日本語はなんて書いてあるんだ?」
おっちゃんは尋ねる。
私たちは、こう答えた。
「とても気持ちよかったです、って書いてあるよ」
—
チャンピオンは、知っているはずだ。
自分に耳かきの特別な才能がないということを。
きっと、お客に怒られた事だって、何度もあるのだろう。
それでも、彼は客に感想を書かせる。
恐らくその時に、「誉め言葉を書け」と依頼しているに違いない。
そして書かれた日本語を商売道具に使うくらいなのだから、本当に誉め言葉が書かれていると信じている。
教えてあげた方がよかったのだろうか?
いや、そのままでいいのだ。
ずっと知らないことは、知る必要のないことなのかもしれない。
知る必要がないなら、知らないままでいい。
自分が信じていることを、真実だと思っていた方が、幸せに生きられるのかもしれない。
このインドでの出会いは、私にとって、ただの面白いインド話では終わらなかった。
私は、結構気にしすぎる性格だ。
周りにどう思われているか、嫌がられていないか、頻繁に気にしていた。
前までは。
多くの人は、人間関係のいざこざを嫌う。
だから相手への気遣いをし、人間関係がうまくいくように、努力をする。
例え嫌いな人であっても、隠そうと努力する。
もしも陰で悪口を言われていたって、表面上はフレンドリーに接せられたら、気付かない。
どんな人間関係においても、誰にどう思われているかなんて分かりっこない。
ならいいじゃないか。
もしかしたら嫌われているかも、なんて考えたって、真実は分からない。
自分が思いたいように思えばいい。
もし本当に嫌われていたとしても、その人のことを好きなら、笑顔で接すればいいのだ。
知らないって、意外といいことなのかもしれない。
知らなくていいものは、知らないままでいい。
それで世界が明るくなるのなら、それでいいのだ。
それでも時々、些細なことを気にして、くよくよと悩むことがある。
そんな時私は、インドの耳かきチャンピオンの笑顔を思い出す。
大丈夫、分かっているよ。
そう、心の中でチャンピオンに笑い返すのだ。
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