奇妙な貼り紙は見える人にしか見えないもの
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記事:カワノフミノリ
東池袋駅から少し歩いたところに、ごくごく普通のアパートが立っている。
古そうな白いタイル字の壁で3階建て、1階には新聞屋が入っている。
その隣は茶色のレンガ模様のアパートでこちらも古そうだ。
その2つのアパートの間には大人一人が通れるかどうかの狭い隙間がある。
その間の壁の路地から1mくらい入ったところに1枚のチラシが貼ってある。
「片山探偵事務所」
このチラシを見つけてしまったことで、
変なおじさんと行動を供にする大変な一日になってしまうだなんて思いもしなかった。
大学生2年の春休み
バイト先の喫茶店に行ってみると、店長の都合で急に店休日になってしまった。
時間は朝10時をすぎたくらい、今日は通しのシフトだったので、いきなり1日暇になってしまった。
特にしたいことがあるわけでもなかったので、家に帰ってしばらく掃除していない部屋を片付けるかなと
ゆっくりと部屋までの帰り道を歩いていたときのこと。
周りの風景に視線をあちこち泳がせながら、普段よりもゆっくりと歩いていると、アパートの隙間に怪しい貼り紙を見つけた。
境界線までの土地を取り合うように立っている二つのアパート
その間の隙間は人が通るための幅ではない。
けれど、隙間の道から1mくらいのところにチラシが貼ってあるのだ。
なんのチラシだろう・・・・・・
確認したい・・・・・・
こんな隙間に無理矢理入っていこうとすると泥棒かなにかに間違えられるかもしれない。
ひとまず周りを見渡して誰も通ってないことを確認する。
よし、誰もいない。
体を横向きにして、服が汚れないように壁に触れないように、そろりそろりと体を滑り込ませる。
そうやってカニ歩きで5歩くらい進むと、チラシが手に届くところになった。
手に持っておいたスマホで、パシャリ。
そろりそろりとカニ歩きで帰り、道で一息つく。
あまり普段しない体勢で変な歩き方をしたので、じわりと全身に汗をかいている。
さてさて、なんのチラシなんだか。
スマホでさっき撮った写真を呼び出してみると、
「片山探偵事務所」
黒の地に白い文字でそう書いてあり、下の方に大きく電話番号と住所が書いてある。
探偵事務所?
なんでこんなところに探偵事務所のチラシが貼ってあるのだろうか?
通りからはかなり見えにくい位置だし、誰かがいたずらで貼ったにしては、手の込み具合のわりに面白味がない。
私だったら、電信柱の高い位置に目立つように反対向きに貼るとか、そういう発想になる。
んんん、気になる。
まずはググってみよう!
スマホで「片山探偵事務所」と検索してみる。
検索結果を3ページほど見てみるけど、それっぽい検索結果はない。
ん~、次は住所を調べるか!
今度はマップアプリを起動して、さっき撮った写真の住所を打ち込んでみる。
すぐに該当の住所のところに赤いピンが立つ、しかも現在地を示す青いピンから近い!
というか、向かいのビルだ。
探偵事務所は向かいの小さな雑居ビルの3階らしい。
せっかく目の前にあるのだし、どんなところなのか見てやろう。
とりあえず行ってみるか・・・・・・
古いビルなのでエレベーターはないようで、仕方なく階段で3階まで上がる。
高校生のときはどうってことなかったのに、たった3階で息が乱れる。
上がりきると、目の前にバーンと開けっ放しのドアがあった。
ドアには「片山探偵事務所」とプレートがつけてある。
ここで間違いなさそうだ。
音を立てないように歩いて近づき、入り口のところで立って中を伺う。
ちょっと中をのぞいてみると、古そうな皮のソファーとテーブル、奥にデスクとオフィスチェアの背もたれが見える。
誰もいないようだ。
もう帰ろうとしたときに、奥から声が聞こえてきた。
「なにか用?」
オフィスチェアーがゆっくりと回ると、そこにはのちょっとイケメンのおじさんが座っていた。
「ここって片山探偵事務所ですよね?」
「そうだよ、私が片山です。もしかして依頼?」
「いえ、そうじゃないんですけど、向かいのアパートのチラシを見て」
「?」
「なんであんなところにチラシを貼ってるのか気になって」
「あ、そーゆうこと」
(どうやらいたずらであそこに貼られていたわけじゃないようだ)
「なんであんなところに貼ってあるのか教えてもらえませんか?」
「ん~そうだねぇ」
おじさんは面白いおもちゃでも見つけたかのような顔だ。
「意外性を狙って貼ったにしては場所が悪いですよね」
「意外性を狙ったとかじゃないよ。あのチラシはあの場所に貼るのが一番効果的なんだよ」
「え、なんでですか? 私みたいに偶然じゃなきゃ見つけないですよ、あんなとこ」
「そんなことはないよ、あれは点字みたいなものさ」
「点字? 目の見えない人のためのブツブツしたやつですよね」
「そう、その点字。君、今日ひま?」
「バイトが休みになったんで、時間はありますけど」
「ならちょっとうちでバイトしよう」
「え?バイト?なんでですか?」
「君はなんであそこにチラシを貼っているか知りたいんでしょ?」
「あ、はい」
「ならバイトすれば分かる。今が13時だから、16時にココに集合」
「は、はい・・・・・・」
「ならひとまず帰って帰って~」
なんかあれよあれよという間に、ここでバイトをすることになってしまった。
15時50分、片山探偵事務所前
少し早く到着すると、片山さんはソファーに座っていた。
今から登山にでもいけそうな、かなり動きやすそうな格好をしている。
「さぁ、行こう!」
「え? どこいくんですか?」
「依頼人のとこ」
15分くらい歩いて、とある一軒家の前に止まった。
「ここだから、君は外で少し待っててね」
とだけ言い残すと、片山さんは一人で中に入っていった。
10分後、片山さんは紙を一枚持って出てきた。
「さぁ、君のバイト内容を発表しよう。これだよ」
そういって持っている紙を差し出す。
それは可愛らしい一匹の猫の写真だった。
「猫の写真ですね」
「そう、君の仕事だよ、この子を探し出してね」
「ペット探しですか!?」
「そうだよ~。制限時間は夜の12時まで、捜索範囲はこの家の半径2キロ!」
「え! 無理ですよ、そんなの!」
「捕まえれたら5万円上げよう」
「5万円!!」
「目の色が変わったね~、失敗しても損するのは時間だけだからいいんじゃない?」
「たしかに猫一匹で5万円はいいですね」
「そうそう、猫一匹くらい楽勝だろう?」
「頑張ってみます!」
「それじゃ12時に事務所に再集合ってことで」
「は?」
「僕は他の仕事があるからよろしくね~」
「えーーーーーーーーーー!」
片山さんはあっという間に走り去っていった。
しばらく呆然としていて、やっと頭が戻ってくる。
なにはともあれ、任されたものは仕方ない。
今日会った人に仕事を任せるなんて無責任この上ないけれども、依頼人の人に申し訳ないし投げ出すわけにはいかない、
それに見つけ出せたら5万円だ。
とりあえずやってみるだけやってみよう。
改めて猫の写真の載った紙を確認してみる。
よく見れば裏にいろいろと情報が書き留めてあった。
・居なくなったと気づいたのは昨日の夕方
・開けっ放しだった居間のガラス戸から逃げた模様
・居なくなったのはこれで2度目
・好物はゆでた鳥のささみ
・苦手なものは大きい音
・臆病な性格
この情報と写真で探せってことか・・・・・・
猫の行動範囲に詳しくないけれど、昨日の夕方からならそんなに遠くに行ってないのかもしれない。
とりあえずコンビニでエサになりそうなサラダチキンを買って、周りを捜索してみることにする。
植えられている草木の間、塀の上、壁と壁の間、そんなところを注意深く見ながら、ときどきエサのサラダチキンを割いておいていく。
何度か猫を見かけることはあったのだが、どれも目的の猫とは違う。そして見つけたとしても、すぐ逃げられてしまう。
そうこう歩き回っているうちに、あっという間に12時になってしまった。
「あ~あ、5万円・・・・・・」
結局、見つからなかったのだから単なる働き損だった。
見つからなかったのだから、ちゃんと仕事になったのかも怪しいのだけど。
探偵事務所に戻ると、片山さんがビールを片手にテレビを見ていた。
「遅かったじゃないか、最後まで粘ったんだな」
上から目線の言葉がとてもむかつく。
「そーですよ、結局見つからなかったですけどね」
「そりゃそーだろな、その猫はさっきおれが依頼人に引き渡してきたからな」
「えーーーーー! あんた違う仕事してたんじゃなかったのかよ」
「あれは嘘」
「ひど! そんなにしてまで私を馬鹿にして遊びたかったんですか! 性格悪いですよ」
「あ、怒った? ごめんごめん」
「ごめんじゃないです、帰ります!」
「まぁ待て待て。それよりおれに聞きたいことが増えたんじゃないのか?」
「あ・・・・・・そうですね。あのチラシ他にも変なとこにいっぱい貼ってありました」
「どんなところにあったよ?」
「塀のてっぺんらへんとか、公園の遊具の中とか、交差点脇の電柱の下の方とか・・・・・・。ほんとあんな場所は、私みたいに猫探しでもしてなきゃ気づかない場所ですよ・・・・・・」
・・・・・・
「あ!!!」
「必要な人にはちゃんと見える、そういう貼り方をしていたんだよ」
片山さんはすっと名刺入れをから名刺を出して、私に差し出した。
「わたくし、こういう者でございます」
『迷子ペット専門、片山探偵事務所』
※この話はフィクションです。
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