プロフェッショナル・ゼミ

さあ、玉手箱をあけてごらん?《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講申込みページ/東京・福岡・京都・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:和智弘子(プロフェッショナル・ゼミ)

黒く、つやりとした光沢のあるちいさな箱。
両手のひらにのせると、すっぽりとおさまる程のサイズなのに、なにやらずっしりと重い。
箱を開けてはいけないと、硬く結ばれた紐がふたの上にかぶさっている。

箱を開けてみたいけど、本当にいいの……? 
本当に、後悔しない?

……でも、開けずには、いられないのだ。
私は、そんな葛藤にかられながら、少しずつ紐に手をのばしていた。

4月の終わりに、とあるイベントが天狼院書店で行われるという案内文がFacebookで流れてきた。
実は私は、そのイベントに、かなり前から、とても興味があった。
天狼院書店は、本屋さんではあるものの、「本」だけでなく、その先にある「体験」までを提供するという次世代型の書店として注目されている。
文章を書くための技術を教えてくれていたり、写真を撮るための技術を教えてくれていたりするのだ。
私はそこで、昨年の10月から文章を書く技術について学ばせてもらっているのだけれど、ここ最近、妙に惹かれるイベントがあったのだ。

そのイベントの名前は「裏フォト部」
女性だけが参加できる写真のイベントだ。
女性の、自身の中に隠れているセクシーな一面を引き出して写真におさめよう、という内容だ。

それまで私は、自分はセクシーとはほど遠く、どちらかと言えば無縁の生物だと思っていた。いや、いまでもそう思っている。
セクシーとは一体なんだろう? 辞書をひけば、言葉としての意味は理解できる。けれど、セクシーとは感覚的なものも多くあるんじゃないかなと思うようになっていた。私自身が思っている「セクシー」と、他の人が考える「セクシー」っておんなじなのかな? 多くの人が感じ取る「セクシー」とはどんなものがあるのだろう? そんな疑問が、最近ふつふつと沸き起こっていた。

また、文章を書く技術を磨く上で「裏フォト部は万能だ」と言われたことがあった。なぜ、万能なのかは分からないけれど、文章を書くためにプラスになるのなら、一度体験してみたい。そんな気持ちもあって、参加してみたいという思いが少しずつふくれ上がっていた。

「いつか、裏フォト部に参加してみたいなあ」と、ぼんやりと考えていた。まだ、私には早いかな、スマホしかカメラも持っていないし。フォト部と言うからには、カメラがないとダメだもんね。しかし、案内文を読むと、どうやら4月に開催されるものが「裏フォト部」としては最後の開催になるというではないか。

やばい。
「裏フォト部」が終わってしまう。
いや、多分、「裏フォト部」に似たイベントはまた開催されるだろう。
けれど、なんだか敷居が高くなってしまいそうな予感がする……。
これはまずい。
申し込んでみようか。いや、でもなあ……。
イベント告知のページを開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。

思いきって飛び込んでみたらいいのに、ということは分かっている。
だけど、なかなか飛び込むことができずにいた。
怖かったのだ。
私は、写真を撮られることが怖くて、コンプレックスがあった。
表情が乏しく、いつも仏頂面。笑顔は引きつっていて、カメラを向けられるとだいたいどんなときでも「もうちょっとニッコリして下さい」と言われていた。

もともとの素材が悪いのだから、味付けや調理でごまかせるはずないのだ。
素材を活かすのが料理人の務めかもしれないけれど、素材そのものに魅力がなければ料理のしようもないに違いない。

写真を撮られること、というよりもそもそも自分自身の体型に大きなコンプレックスがあった。
自分の体型を撮影された写真を見るのは、いつも怖かった。

幼少期から中学1年生まではブクブクと太っていた。姉のお下がりのスカートやズボンは、いつもお腹が苦しかった。クラスの男子に何度「デブ」や「ブタ」と言われたかも分からない。太っていることは自分でも分かっていたし、イヤだった。けれど「デブキャラ」として私はなんとかやり過ごしていた。
中学2年生になると、すこし色気がでてきてダイエットを始めた。太っていることが恥ずかしくなったのだ。けれど、私はそこでやってはいけないダイエットに手を出してしまった。
「食べなければ、かんたんに痩せる」
成長期であるにもかかわらず、ほとんど食事をとらなくなってしまった。お腹が痛いとウソをついて食事をしない。母が学校の昼食用にと持たせてくれたお弁当も食べずにこっそり捨てたりしていた。体重はおもしろいようにスルスルと落ちていって、私はとても満足していた。もっともっと痩せたい! と心の底から思うようになっていた。けれど、それは「拒食症」という病気の始まりでもあった。鏡には、骨と皮だけしかない、幽霊のようにガリガリにやせ細った私が映っている。だけど、まだ物足りない。「まだ痩せたい。まだまだ痩せられるはずだ」と、なにかに取り付かれたかのように「痩せること」だけが生きがいになっていた。しかし、母親とかかりつけの医師の説得があり、私はふとしたことがきっかけで、自分の心を取り戻すことができた。
「このまま痩せつづけると、死んでしまう」そう、気がついたのだった。
しかし、その後も、私の体型は安定しない。高校生活ではまだ痩せた身体を維持していた。けれど大学受験のストレスがきっかけでやけ食いをして、またあっというまに太っていった。食べずに痩せてしまうよりはいいだろう、と気軽に考えていたけれど、結局それは「摂食障害」という食べることがうまくできない病気の一種だった。
食べ過ぎたり、食べられなかったり、わざとたくさん食べて、のどに指をつっこんで吐き出したり。そんなことばかりを繰り返しながら「自分は一体どうなりたいんだろう?」とずっと考えていた。
だけど、考え続けても答えが出るものではない。数学の方程式のように、答えがひとつではない問題だからだ。そして、その答えは、自分で見つけるしかなかった。
自分は、なにをどうあがいても自分以外にはなれないんだと、30歳になったころに、ようやくその答えを導き出せるようになった。

自分の体型に自信がないと、写真を撮られるような場面を無意識に避けてきていた。自分の身体をまじまじと見るのは嫌だったからだ。

そんな私が、「セクシーさ」について、学びたいという気持ちだけで裏フォト部に参加していいのか分からず、ずっと迷っていたのだった。

イベント告知をしている天狼院書店スタッフの山本海鈴さんに問い合わせてみたり、ウロウロと迷っていた。けれど、参加者が多く、申し込みの締め切りまであとわずか、という案内を見て、飛び込んでやれ! と決心した。
行ってみればよかったなー、とあとで後悔するのは目に見えている。見学だけでもしてみたい。それならば行ってやろうじゃないか! 場違いだと感じたら、部屋のすみっこで気配を消してぼんやりしていればいいじゃないか! 被写体になることに恐怖感があるなら、素直に言えば許してもらえるかもしれない。カメラで撮影されるからって、なにも魂まで抜かれるわけじゃないんだから。そう自分に言い聞かせ、裏フォト部に参加することに決めたのだった。

「こんにちはー」
裏フォト部が開催される、池袋の「スタジオ天狼院」に足を踏み入れる。
スタジオ天狼院は、これから始まる撮影会のためにライトや小道具などがあちらこちらにセッティングされていた。
「今日の注意事項が書いてありますから、ホワイトボードをよく読んでおいてくださいね!」
イベントの主催者でもあり、プロカメラマンとして活動を始めた三浦さんが笑顔で迎えてくれた。これからはじまる撮影会に向けて、ワクワクした様子を隠しきれない三浦さんの笑顔を見ていると、なんだか急に肩の力が抜けてきた。
ドキドキする気持ちもあるけれど、ここまで来たら、楽しまなきゃもったいないかもしれない! と思えてきた。ホワイトボードの注意事項には「一度は被写体になること」と書かれていた。一瞬ドキッとしたけれど、もう腹は括ったのだ。やってやろうじゃないか、という気分にもなっていた。

続々と仕事帰りの女性が集まってくる。集まってくる皆さんは、キラキラと輝いた目をしている。「今日はこんな感じで撮影してほしいんですよね!」とか、「あ! 今日衣装もってきたんですー」と話し合っている。少しずつ気分が高まってきているためか、みんなの頬が、ほんのりとピンク色に染まっている。
すでに何度か参加されたことがあって、撮影のイメージを膨らませている方や、福岡で開催された裏フォト部に参加したことがあるという方もいらっしゃった。
私と同じく、裏フォト部への参加は今日がはじめてなので、みなさんの様子をうかがっているんです、という方も何人かいて、ちょっとホッとした。
私だけが、浮いている感じにはならなさそうだ。
年齢も、職業もさまざまだけれど、この場所に集まっている女性の望みはひとつだった。
「美しく、セクシーな女性の姿を見たい。そして、新しい私を見つけたい」

参加した女性たちは、それぞれ希望した衣装などを身にまとう。まるで、天女が羽衣を身にまとっているかのような美しさだ。女性のしなやかな曲線美を追求したニットや、レースの衣装など、好奇心と探究心のおもむくままに、みんなが動き始めた。
あちらこちらでポーズをとり、パシャリパシャリとシャッターの音が響き渡る。

私も、「楽しもう」と決めたからには、中途半端に恥じらっていてもしかたがない。良い写真を撮りたいと、カメラを構えてくれている彼女たちの要望に応えるように、さまざまなポーズにチャレンジした。はじめは、やっぱり怖かった。被写体になることをこれまで避けてきていたのだから、どうしても顔がこわばる。けれど撮影されているとだんだんと気分が高揚してくる。カメラを向けてくれている人たちも
「あー! 今の表情、すっごくいい! もうちょっと視線を下げてみて……そう!」などと、被写体の女性に対してあらゆる言葉で褒めてくれるのだ。自信のない身体でも、褒めてもらえるとやっぱり嬉しい。だんだんと楽しさがこみ上げてきた。
「ほら、こんな感じで撮れてるよ。すごくキレイだから、ほかのポーズもお願いしたいけど、いいかな?」
そう言いながら、撮影してくれた写真を見せてくれる。
……これ、私? こんな表情できるんだ?
撮影してくれた彼女の腕の良さや、照明の角度なども絶妙にまじり合い、自分でも見たことのないような「私」がうつし出されていた。好きではないと思っている自分の顔も身体も別人のようだけれど、私なのだ。きれいだ、と思えた。

時間が経つとともに、スタジオ内ではさらに熱をおび、あちらこちらで妖艶なポーズが繰り広げられていた。
だけど、そこには単純な、いやらしさ、というものはなかった。
美しさを追求するうえでの「エロス」と表現するのがぴったりだと思った。自分のなかにある本能とも呼べるようなセクシーさをさらけ出すことと、そのセクシーな瞬間を逃したくなという欲求が、まじり合った空間だった。
女性たちが本能のままに舞い踊りつづける姿を間近でみていると、まるで竜宮城でのひとときを過ごした浦島太郎のような気分になった。

そのために、帰り道での電車は、急に陸上に戻されたように感じた。今さっきまで、体験していたのは、一体なんだったんだろう……?
夢のように美しい体験をしていたのに、いまではギュウギュウの満員電車に乗っている。不思議な気分だった。「セクシーさ」について学びにいったはずだったけれど、何かを学んだのだろうか? いや、楽しかった記憶は鮮明にあるのだけれど……。

思えば、自分自身のコンプレックスは「玉手箱」みたいなものなのかもしれない。
絶対に、開けては、いけない。
開けると、とんでもないことが起きてしまう。
自分自身に、そう言い聞かせて、ずっと心に奥にしまい込んである。

黒く、つやりとした光沢のあるちいさな箱。
両手のひらにのせると、すっぽりとおさまる程のサイズなのに、なにやらずっしりと重い。
箱を開けてはいけないと、硬く結ばれた紐がふたの上にかぶさっている。開けたい、という気持ちはある。
けれど、開けるのは、とても怖いのだ。
コンプレックスに向き合おうとすればするほど、目を背けたくなる。

だけど、私は玉手箱を硬く縛っていた紐を、自らの手で、ほどいたのだ。
玉手箱を開けても、後悔しない。
なにが起きても、後悔しない。
蓋を開けてみたところで、もくもくした煙に身体が包まれることなんてないのだ。

箱の中に入っているのは、私自身なのだから。
私のなかにある、私のいろいろな感情を解き放つことに決めたのだ。

私自身が抱えていた、体型に関するコンプレックスは、消えた、とは言えない。正直なところ、長年抱え込んでいたコンプレックスは、そう簡単に消えてはくれないのだ。煙のようにどこかにもくもくと、消えてくれればいいのだけれど、そう言うわけにはいかないようだ。雪が降り積もり、日向に積もった雪はあっという間に消えてしまう。けれど、日陰に積もった雪はなかなか解けてくれないのだ。私の心の日陰に積もったコンプレックスは、片隅に凍り付いている。
けれど、向き合っていこうと決めたからには、その場所を温めていくことはできる。
写真を撮ってもらうことで、自分自身では気がつかなかった自分の良さを少しは、知ることができたのだから。

誰しも、心の中に玉手箱をもっているとおもう。
無理矢理、こじ開ける必要はない。
けれど、少し、箱の中身を知りたくなったのなら。
一度、「裏フォト部」に参加してみると、いいかもしれない。
「裏フォト部」という形式は、今回で終わりだけれど、別の形に進化するのだという。
なにがおこなわれているかは、行ってみないと分からない。
けれど、竜宮城でおこなわれている秘密の宴に参加することで、あなた自身の玉手箱を開けたいと、思うようになるかもしれない。

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