恋バナより、怖バナでしょ。
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記事:オノカオル(ライティング・ゼミ平日コース)
こわい話が好きだった。
小学校の低学年の頃から、異常なほどに好きだった。
理由はよくわからない。
ただ、自分が何かを喋る。
誰かがじっとその話を聞いてくれる。
それが気持ちよかったのかもしれない。
お小遣いをもらっては、そういった類の本を買った。
ネットなんてなかった時代だから、
情報源は本が多かった気がする。
いつ頃からだろうか。
話のクライマックスで「お前だー!!」と叫ぶタイプの、
僕から言わせると下品なこわい話が流行りだした頃から、
僕は人前でこわい話をしなくなっていた。
僕には“師匠”がいた。こわい話の師匠だ。
彼は剛(つよし)くんと言って、僕より学年が2つ上だった。
こんなこと言っては申し訳ないが、剛くんは全然強くなかった。
色白で背は高いが、なんだかスタイルが圧倒的によくなくて、
着てる服も「SPEED STAR」とか「FINAL KING」とか
「HAT TRICK」などと書いてあって、事実として
彼はノロマだったしいじめられっ子だったし、運動音痴だった。
今でも彼のことを思い出すたびに、袖がダルダルになるまでのびた
パーカーやら、襟がすっかりくたびれたTシャツが目に浮かぶ。
そう。彼は最強に冴えなかった。
が、こわい話に関して言えば天才だったのだ。
彼からたくさん、こわい話を聞いた。
オーディエンスが3人以上いなければ話さなかった僕とは対照的に、
彼は僕ひとりでもニコニコしながらこわい話をしてくれた。
いちばん印象に残っている話はこうだ。
雪山で遭難した登山隊がいた。
とある大学の山岳部のパーティーだった。
メンバーの中には、色白のでくのぼうがひとり。
仲間からはほんとうに「デク」と呼ばれていた。
デクは運動が苦手だった。
そしていつものんびりしていた。
山を愛する人間には、2種類の人間がいる。
高みを目指し、一刻もはやくその頂きを狙う者。
登る過程を楽しみ、ときに草花に目をやり、
瞬く星を見上げ、美しい空気を味わう者。
デクが後者だったのは言うまでもない。
そんなデクは、いつもパーティーの足手まといだった。
でもそんなデクを憎む者は、山岳部の中にはひとりもいなかった。
そんな一行が、不幸にも数十年に一度の猛吹雪に見舞われた。
ホワイトアウト。
一寸先の景色も見えない。
過酷な雪山ではあっという間に体温が奪われていく。
あっという間にデクは衰弱していった。
デクは弱気な言葉をこぼす。
「僕のペースで歩いたら、絶対にみんな凍死する。
かまくらをつくってやり過ごすから、みんなは先に行って」
もちろん、誰もそんな言葉には耳を貸さない。
一行は必死で行進をつづけ、
やっとの思いで朽ちかけた山小屋に辿り着く。
山小屋へ駆け込む。
中は真っ暗だった。一筋の光も射さない。
ようやく仲間の安否を確認した。
顔を見渡してみて、みんなが凍りつく。
デクがいない。
デクがいないのだ。
猛吹雪の中、なんの言葉もなくデクは消えた。
仲間を気遣ってのことなのか、
ほんとうに体力の限界だったのかはわからない。
ともかくもう、ここにデクはいない。
みんなガクガク体を震わせながら、泣いた。
怒りとも悲しみともつかない感情に、むせび泣いた。
しかしそれと同時に、悲しみにただただ涙を流している
場合でないことにも気づきはじめていた。
吹雪の直撃を免れることができるというだけで、
山小屋の中も異常な冷気に包まれていた。
寒い。寒い。
ヒリヒリと身体中が軋みだすような痛さだ。
ともかく、体を寄せ合おう。
残ったメンバーは4人だった。
身を寄せ合い、震えた体同士を擦り合わせる。
ダメだ、これではダメだ。
カラダがもたない。朝までもたない。
「眠ったら、死ぬんだよな?」と、誰かが言った。
「眠ったらダメだ」と、誰かが強い口調で返した。
しばらくの沈黙のあと、
「少しずつでも動いた方がいい」とまた別の誰かが言った。
暗闇の中でみんなが静かに頷いた。
「こうしよう。
部屋の隅にひとりずつ座って、
ひとりが壁沿いにゆっくり歩いて隣りの角まで歩く。
角にいた人間をタッチして、そいつが次の角まで行く。
それをゆっくり繰り返して、朝までしのごう。
太陽が出れば、なんとかなるかもしれない」
暗闇の中で、今度はさっきよりも強くみんなが頷いた。
ゆっくり歩く。角まで辿り着く。タッチする。
「生きてるか?」「大丈夫か?」
必ず言葉をかわす。
それはまさに、命のバケツリレーだった。
誰かひとりでも諦めたら、みんなダメになる。
暗闇の中で、外は吹雪。動いている音も聞こえない。
静寂な真っ暗闇の中で、仲間が起こしに来るのを待つのだ。
生きるために。生かすために。そして、みんなで生き残るために。
どのぐらい、それを繰り返しただろうか。
木の壁の隙間から、柔らかな陽光が一筋、奇跡のように差し込んだ。
「光だ」と、誰かが言った。
その声は、四隅に散らばったみんなの耳に届いた。
それはつまり、吹雪がやんだことを意味していた。
光は徐々に部屋を満たし、4人はようやくカラダの奥底から
ゆっくりと、じんわりと、熱がこみ上げてくるのを感じていた。
それからどのぐらいの時間が経過しただろうか。
彼らはようやく、人生でいちばん待ち望んだ音を
その耳で聴くことになる。
プロペラの音だ。
救助隊が、近づいている。
そこまで話して、剛くんはゆっくりと深呼吸をした。
僕は固唾を飲んで聞いてはいたが、
これのどこがこわい話なのか、さっぱりわかっていなかった。
剛くんはこう言った。
「おかしいと思わないか?」
僕は頭をかしげて、物語を思い出していた。
剛くんはそんな様子にはおかまいなしで、話の核心を話し出した。
「無理なんだよ。4人じゃできないんだ」
と彼は言った。
そこまで話されてもすぐには理解できなかったが、
なぜだか一瞬にして背筋が凍ったのを今でも覚えている。
「四隅にいた人間がひとりずつ移動したら、
四人目が角に着いても誰もいないことになるんだよ」
剛くんは冷たい目をしてそう言った。
僕は頭の中で人物を動かしてみた。
ほんとうだ。
成り立たない。
5人いないと、成り立たない。
「私を励ましてくれたのは、誰だったの?」
「俺が起こしたのは、誰だったんだ?」
九死に一生を得たメンバーは、
暖かなベッドの上でまた凍りつくことになったのだ。
季節は夏だったと記憶しているが、
僕の背筋も凍りついていた。
なんてリアルでこわい話なんだ。
剛くんは、やっぱりこわい話の天才だ。
すると剛くんは意味深な笑みを見せた。
「誰だと思う?」と僕に尋ねた。
「5人目は誰だったと思う?」と。
話のあまりのこわさに記憶の彼方にぶっ飛んでいたが、
5人目は彼しかいない。
デクだ。
きっとデクが、足手まといになってしまったあのデクが。
5人目としてその夜、みんなのことを助けたんだ。
剛くんはそこまでのことは言わなかった。
でも、僕は彼がそう言いたいんだろうと直感的に察していた。
そしてそんな剛くんとデクの姿を勝手に重ねていた。
すごい話だ。今でも素直にそう思う。
背筋が凍りつく。
なのに、腹の底からほんのり温かくなる。
こわい話なのに、やさしいのだ。
幸か不幸か、僕には霊感なるものはまったくない。
幽霊も、怪奇現象も、心霊写真の類すら見たことがない。
でもまことに僭越ながら、
僕は剛くんの話してくれる物語の中に、
人として大切な何かを見つけることができる。
そして、もっともっと僭越なことに。
自分の中にもそんな物語があって、
いやそれは誰しもの中に必ずや存在して。
痛い思いや吐きそうな苦しみを抱えながら、
なんとか誰かにそれを語り、誰かを温められたらなんて、
そんなこっぱずかしいことを思っているのだ。
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