メガネをかけずに仕事をするべからず
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記事:宮代勇樹(ライティングゼミ日曜コース)
「メガネメガネ」
往年のネタである。様々な作品で、メガネをかけたキャラクターはこう言いながら慌ててメガネを探す。てんで見当違いのところを探しているのが愛らしかったりして、笑いを誘う。
筋金入りのド近眼の僕も、例に漏れず毎朝のように慌ててメガネを探す。
「メガネメガネ」なんて、大げさなフィクションだと思うだろう。本当にああなるのだ。「メガネを探すのにメガネが必要」とは我ながらよく言ったものだと思う。必要な時ほど見つからないものなのである。
ようやくメガネを見つけたら、もう家を出る時間。家を飛び出して会社に向かうのがもはや日課のようになっているのは恥ずかしい話だ。
社会人になって二年目。それはそのまま、僕がWebディレクターという仕事に就いて二年目ということになる。
僕が最初に配属された部署は、忙しいながらもとても緩やかで穏やかな雰囲気の部署だった。
先輩の下につき、日々丁寧に仕事を教わりながらお客様のホームページの運用を担当することになった。
お客様の御用聞きをしては、取りまとめた依頼を制作のメンバーに渡す。
「ここの文章をこう変えて欲しいんです」
「この位置に画像をこんな風に載せてください」
最初の頃はそれだけでも「働いているな」という実感があった。
電話口やメールの向こう側には自分より年上の社会人の誰かがいて、その人とコミュニケーションを取りながら依頼を受け、いただいた依頼をせかせかとまとめて制作チームにパスを出す。
そんな毎日が忙しく、目の前に転がるタスクを手当たり次第にこなしていくのが精一杯だったからだ。
だけどそれが三ヶ月、半年、と続いてくるとどうだろうか。
忙しいとはいえ、やはりどこか単調な仕事にも少しずつ慣れが出てくる。
今日の分をこなす。明日からの分を切り分ける。そんな手近な目的は見えているけど、この先自分はこの仕事をすることでどこに向かっているのかがわからなくなっていた。
それはまるでメガネをかけずに外を歩いているときの、ぼやけた視界と不安感にも似て。
「なんのためにこの仕事をしているんだろうか」
そんな思いが僕の心を包み込んだ。
それでも状況を打開する力を溜める間もなく襲い来る日々の依頼。慣れてきたって時間だけはそれなりに取られていくから考えものだ。
「ええい、ままよ」とばかりにぜんぜん見当違いの方向に駆け出してしまうのも恐ろしいから、結局手近な目印を見つけてはそこまで恐る恐る進むしかない。この社会という道のりを歩き慣れていないうえ、僕はメガネをかけていないのだ。
そうして、もやもやした気持ちを振り払うことができないまま毎日を過ごしながら、入社して一年が経ったころにそれは起こった。
メールで全社に流れる人事辞令。連なるたくさんの人の名前のなかに、僕の名前があった。
異動した先は、初めの部署の半分以下の人数しかいない小さな部署だった。
全体の平均年齢も若く、少ない人数で和気あいあいとやっているようだ。
部署が変わればこんなにも空気が変わるのかと、驚いたことが記憶に新しい。
元いた部署が良くなかったとは全く思わないし、むしろこの会社にいる限りはそこでずっと頑張るくらいの気構えでいたものだけど、いざ移ってみるとなかなか居心地がいい場所だった。
「宮代くんは、二年目だしこれくらいね」
ある日の部署内のミーティングで部長から言い渡されたのは、今年の売り上げ目標だった。
ついにきたか。そう思いながら僕は、最初の一年間を思い返した。
一年目のあいだ、新卒として過ごした部署では僕に売上目標はなかった。
いや、なかったというと語弊があるかもしれない。他の部署の同期たちは売上目標を与えられていたようだったし、部署の先輩が僕の売上分についてどう調整するのかを話し合っていたことがあるのも知っていたからだ。
ある日不安に思って、当時部長に尋ねたことがある。
「そういえば僕の売上目標って、どうなっているんですか」
「ああー。その辺の話は最初に時間とって話せなかったからね。気にしないで今は目の前のことを頑張ってくれたらいいよ」
申し訳なさそうにそう返されたことを覚えている。
あくまで部長の意向と部署の方針で、僕に知らされることがなかったというだけなのだろう。新卒に変なプレッシャーを与えないようにという優しさだったのかもしれない。
そのときはそんなものかと思って仕事に戻ったが、今ならわかる。
僕はちゃんと、売上目標を意識するべきだった。なぜなら売上目標こそが、ぼやけた世界に焦点を当てるメガネだったから。
毎日の繰り返しは、手近な目標にたどり着くためのものではなかった。
自分の目標を達成するためにお客様にアイデアを売り込んだり、小さくとも確実に成果を積み上げたりするための布石として、いわば道しるべのように存在していたのだ。
考えれば簡単なことだった。どんなことだって、小さな目標を重ねながら大きな目標に向かっていくという道筋は変わらないはずだったのだ。
今ごろ社会人の先輩がたは、「こんな間抜けな新人はうちの会社にはいない」とあきれ返っているところだろうか。
こんな簡単なことにどうして一年も気づかないでいられたのかって?
メガネは必要なときほど見つからない、ってことだろう。
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