高3男子、17の瞳。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:由紀みなと(ライティング・ゼミ7月コース)
高3の夏休み、息子は初めてのひとり旅をした。
私は心配でGPSとにらめっこしていた。バスに乗ったか、宿に着いたか、いちいち確認。もう、どうにも止まらない。
翌週、息子は父親と台湾旅行。これはまったく足取りを追わなかった。GPSなんて一度も開かない。画面の明かりを消したら、周りの空気までスッと軽くなった。
そういえば、かつての私は、GPSどころか、息子の瞳を0.1ミリ単位で指導する鬼コーチだった。息子の視力を取り戻すために、全力で取り組んでいた。
そもそも、私は視力だけはよかった。社会人一年目で両眼2.0だった。
それが(息子に言っても通じないが)ワープロを叩き、富士ゼロックスのJスターというワークステーションの画面を凝視する日々で、気づけば免許証には「眼鏡等」の文字。
視力の黄金期は、25歳で幕を閉じた。
そんな私の息子なのだから、目が良いに違いないと妙なDNA神話を信じていた。
息子の小学校1年生の健康診断は両眼1.5。しかし小2の健診で突如、左目の視力が急降下。数字を聞いた瞬間、「どうして?」と原因を追究する母、詰め寄られて固まる息子。
とはいえ、原因究明より救出が先である。
まず眼科。目の疲れを和らげる目薬をさし、二週間ごとの通院。全く効果なし。
次にまぶたに当てる超音波マシーンを導入。ピーという高い振動音は、二分後には安らかな子守唄に変わっていた。息子は速攻で寝落ち、私は機械を支えながら舟をこぐ。
目を癒やすはずが、親子で睡眠の質を上げてどうする。
それでも諦めないのが母という生き物。
ついに奥義「視力回復トレーニング」を解禁。
数メートル先の視力表と回転盤を使って、凝視し、近づいては離れる。
目の筋肉を緩め、締め、また緩める。
1セット20分、朝晩二回。
しかもこれは一人ではできない。よって鬼コーチ誕生となる。
結果、わが家の朝は小さな戦場、いや、道場になった。
コーチからの無理難題に半泣きの息子、妥協を許さぬ星一徹、いや、私。
「もっとしっかり見つめて」
「はい! 目を開けて!」
「Cの切れ目はどっち!」
掛け声は完全に道場、終わる頃には親子そろってぐったり。
登校前にすでに一日のエネルギーを使い果たすという、実に非効率なルーティンだった。
この特訓は小学校高学年で海外暮らしになっても続いた。
お互いに不機嫌な一日のスタートだ。
その上、結果は、右目まで低下。
学校ではタブレットもPCも当たり前、家でデバイスを封印しても、潮の流れは変わらない。
努力という名のバケツの水を、砂漠の砂に撒いているような、そんな手応えのなさに、私も息子も消耗していった。
小6の春に事態は急変した。
帰国してすぐ、ママ友に「ナイトコンタクト」なるものを教えてもらった。
夜、つけて寝て角膜にそっと圧をかけると、次の日はピントの合った視界が続くという仕組みのレンズだ。
「朝から親子で不機嫌になることしても意味ないよ。楽しくないとね」
その一言で、私の頭の中がひっくり返った。
そうだ、楽しくないのだ。
肝心なのはここだった。
息子も、この話に乗ってきた。
剣道部に入部した息子は、面をつけるのに、できればメガネはかけたくないらしい。
「お昼間、メガネなしで過ごせるなら、やりたい」
最初はレンズの装着に四苦八苦。それでも弱音を吐かず、練習を重ね、ある夜すっと入った。二人で拍手。小さな成功体験は、翌朝の機嫌まで良くしてくれた。
ただひとつの問題は、そのお値段だった。
ママ友に紹介してもらい当時の最安値で片目8万円、両目で16万円。母の財布は、静かに涙を流した。けれど「メガネなしで過ごしたい」という息子の声はきっぱりとしていた。
お財布よ、不機嫌になっている場合じゃないぞ。
忘れられないのは、二人で出かけた旅行。
旅行中はメガネでいいでしょと言ったのに、自分でちゃんとするからと、息子はナイトコンタクトレンズを持って行った。
そして夜、洗面所から「お母さーん!」の悲鳴。嫌な予感は的中、レンズが消えた。
私は「動かないで!」と命じ、床に這いつくばって探す。バスルームの排水口まで点検。
8万円の薄いブルーの透明な円盤は、私の涙と共に流されてしまったようだ。
あきらめよう。顔を洗って寝ようね。とタオルを取った瞬間、指先にぺたり。そこにいた。タオルの繊維に抱きつくように。二人で大笑い。
傷はついてないとは思うものの、念のため買い直し。チャリーン。
私の財布の涙は、乾くのに少し時間がかかった。
ああ、だけど、あの険悪な道場の日々が無駄だったとは思わない。
小2の頃の息子では、ナイトコンタクトは扱えなかっただろうし、何より「自分で選んだ方法」は、誰かに強いられた方法より長続きした。
納得感は、最高の治療薬だ。
いま息子は高3。
毎晩ナイトコンタクトをつけ、昼は裸眼で1.5、時には2.0の世界を歩く。
身長の伸びと眼球のサイズはそこそこ関係があるらしいが、このペースなら、当面はメガネ要らずで過ごせそうだ。
朝の特訓も、鬼コーチも、もう必要ない。
そして私は、思い出す。
GPSの地図を食い入るように見つめていた数日前の私。
視力表のCの切れ目を見つめていた数年前の私。
どちらの私も、かなり極端で、かなり笑える。
けれど、その極端さが、親子の時間を濃くしてくれたのも事実だ。
あの「朝の特訓」は、今思えば、二人で同じ方向を向いていた貴重な20分。
不機嫌で険悪な空気の中でも、私たちは確かに並んで立っていた。
さて、心配のスイッチを切ると、景色の色が変わる。
最近は、見守り方が少し変わった。
息子が撮ってきた写真のピントは、以前より遠く、そして広い。
その写真を眺めながら、私は気づく。
子どもの視力より、親の「手放す力」を鍛える方が、難しいのかもしれない。
でも、まあ、あの透明な円盤だって、最後はタオルにくっついて見つかった。
大事なものは、案外、すぐそばに貼り付いている。
慌てて探すより、一度顔を上げて、笑って、深呼吸。
忘れた頃に、するりと出てくる。
息子の17の瞳は、今日もよく見えている。
母の視界もまぁ悪くない。遠近両用レンズだけど。
気付いたことをひとつだけ
「高3男子、君の瞳に乾杯」
***
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