「私はやりたくない」と固く思っていたはずの、癖。
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記事:日曜ゼミ生(ライティング・ゼミ日曜コース)
「あ。そういえば昨日、18時半を1分過ぎちゃったんだよね。ごめん。前の人がタイムカード押すの、並んでてさ」
こども達の朝の準備をしていると、夫が思い出したように言った。
「えっ。時間延長になっちゃったってこと? 昨日の朝も言ったじゃない、18時半までには絶対行ってねって」
思わず口をついて出る。
普段は私がこども達を迎えに行くのだけれど、昨日は夫に保育園の迎えを頼んでいた。
18時半を1分でも超えると、通常の保育料の他に延長料金がかかる。
はぁ、とため息をついていると、
「君はそう言うと思ったんだよね。『18:31』ってタイムカード押した瞬間、あ~、怒られるだろうな~って」
ひょうひょうと夫は言う。
夫の態度に一瞬むっとしながらも、その態度の軽さにふっと冷静になって、「またやってしまった」と沈む自分がいた。
終わってしまったこと、どうしようもないことに、相手を非難する。
私の悪い癖だ。
この癖が自分にある、とはっきり自分で気づいたのは、まだ結婚する前に夫と徳島に旅行した時だった。
私が早割で飛行機の手配をして。
けれど仮予約のシステムを知らなかったため、仮予約のまま本予約できていないことが仮予約期限を過ぎてからわかった。もちろん仮予約していた席は埋まっていて、予算内の飛行機の席も空いていない。
急いで別のルートがあるか調べると、新幹線と高速バスがある。ただ、飛行機よりも時間がすごくかかる。
早割を押さえておきながら本予約を知らなかった自分にがっかりしながら、彼にごめんね、どうしようか、と相談すると「あ、そうなの。じゃあ新幹線とバスで行けばいいんじゃない」と、なんでもないように言う。
非難される、責められるとばかり思っていた私はとてもびっくりした。
「怒らないの?」と聞くと、「終わってしまったこと、どうしようもないことはしょうがないでしょ。どうしたらいいか考える方がいいよ」と彼は言った。
もし逆の立場だったら私は非難していたな、と、自分に非難する癖があることに気づいたのだ。
この旅行の後まもなく私たちは結婚を決めたけれど、私は夫のこういうところに驚きながら、ほっとして、自分もこうなりたいと思ったのかもしれない。
相手を非難する癖に気づいて、嫌だな、やめたいとはずっと思いながらも。
保育園の延長料金のような、日常のふとした拍子にすぐ出てしまう。身近な人が相手であるほどやめるのが難しい。
夫もだけれど、ここ数年、私のいちばんの被害者は娘だろう。
かつて、幼い頃の私も被害者だった。
この自分の癖に気づいた時、母とまったく同じだと、はっとしたのだ。
なにかやってしまった時、ああ母から非難されるだろうな、責められるだろうなと、げんなりした気持ちを、何度も何度も味わってきた。
そしてその身にしみた体験から、「私はやりたくない」と固く思っていたはずの、癖だった。
「またやってしまった」
私がそう思う時は決まって、手間を増やさないために、間違えないよう、壊さないよう、失敗しないよう、無駄にしないよう、スムーズにいくよう、自分が気をつけていることに、誰かがそれを乱した、と感じる時だ。
それまで気をつけていたことが、台無しになってしまった気がして、悲しくて、腹立たしい。
ただ、こどもは「スムーズな生活」を乱すことしか、しない。
お米をばらまく。
ごはんをぼろぼろとこぼす。
洗濯物をたたんでいる横で、たたんだものの上を走り回る。
着替える時になって、たんすにある服ではなく、今干している服をとってと言う。
トイレと促していたのに、間に合わない。
仕上げの歯磨きをしたのに、また食べる。
こどもは毎日毎日手間を増やし、スムーズな生活を乱し、相手を非難する私の癖が出ることを誘発してくれる。
こどもと暮らしているのに、私のこの相手を非難する癖があまり出なかった期間があった。
夫の実家で、義理の両親と同居していた時だ。
義母も義父も、こどものしたことを「間に合わなかったか。洗うから脱ぎ」「こぼしたのはあとで拾うから食べ」と、ええでええでと笑っていた。
義両親は、夫たち兄弟が小さい頃は大家族で住んでいた。
こどもの人数に対して、世話をする大人の手がたくさんあった、ということもあるのだろうし、よくも悪くもかかわらざるを得ない暮らしの中で、ゆるし合う、というおおらかさが義両親や親族の家にはある。夫も、同じそのおおらかさを持っているのだ。
私の母は、独りだったのだと思う。
父は朝早く出勤し、帰りは夜遅く私たちが寝てから家に帰ってくる、という生活。
私と姉、子どもふたりのことを自分一人でやらなければならない。誰にも頼ることができない。そんな緊張と時間に追われる中で、姉や私が「スムーズな生活」を乱す……。
終わってしまったことに、相手を非難する、責める、という母の癖は、その苛立ちからきていたのかもしれない。本当はどうなのか、母にしかわからないけれど。
私は、人を非難しない夫と暮らすようになって、「起こったことはしょうがない」と、結婚した頃に比べるとだいぶ思えるようになってきた。
こどもがなにかした時にいら立ちを覚えても、せめて非難する言葉はやめよう、と言葉を飲み込む。いらいらした雰囲気を出してしまうのはまだ直らなくて、夫にすぐ「あ~、こわいこわい」と言われるけれど。
どうしても今、やらなければならないか? と見直すことも。
おおらかに暮らせるなら、こどもが小さい今は家事の進行度合いの理想をさげたっていい。
今でも私の実家に帰ると、母からの非難にあう瞬間がある。
夫と出会う前には気づかなかったくらい、私にとってもあたり前だった相手を非難する癖。
夫ほど軽くは言えないけれど、「ごめんごめん」と言いながら、「お母さん、独りでぜんぶやらなくてもだいじょうぶだよ」「起こったことはしょうがない、なんとでもなるよ」と心の中でつぶやく。
ほんとうは非難したいわけじゃない、ということを私自身も痛いほどよく知っている。
きちんとやらなければと気をつけていたのに、叶わなくて腹立たしい、悲しい……。
非難は、その気持ちが姿を変えたもの。
ありがとう、お母さん。そうやって気をつけて、ずっと育ててくれて。
母の非難する癖に、夫が私の癖にそうしてくれるように、おおらかにいたい。
もちろん、私自身が癖をやめる努力も続けながら。
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