梅雨の京都を駆け抜けていった一人の勇者
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記事:まこ(ライティング・ゼミ 日曜コース)
ようやく降ってくれた。
6月のとある土曜の昼下がり。
今年は空梅雨が続いていたが、前日の夜から雨が降り始め、
朝までしっとりと関西の街を包み込んだ。
そして、ようやく止んでくれた。
心の中でホッとしたのも束の間、
家を出た瞬間に、ジメッとした空気に気分が萎えしぼむ。
京都は河原町まで向かう電車に乗り込む。
車内は、京都に向かう人で席が埋まっている上、
ジメジメとした空気がどんよりと漂っていた。
やだなぁ、もう。
小さな不快感を抱きながら、カバンからスマホを取り出す。
これから30分の車内。何を見てやり過ごそうか。
心なしか、電車に乗っている人たちも
表情が萎えしぼんでいるように見えた。
ちょうど、私の家と河原町の中間地点にあたる「高槻駅」に到着。
ルートの主要駅で多くの人が降り、多くの人が乗り込む。
また電車の中の古いジメジメとした空気が抜けて、新しいジメジメとした空気が車内を満たしていく。
再び、不快感を抱き始めていた、その時。
カツっカツっカツっ。
軽快なヒール音を鳴らしながら、スラリとした女性が乗り込んで来た。
黒髪のショートカットに、真っ赤な口紅と色白の肌がよく映える彼女。
自分と同年代に見えたが、どこか独特なオーラを持つ彼女に思わず、見とれてしまった。
ふと我に返り、スマホでこれから行く場所のルートを調べる。
その日は夕方から友人と会う約束があったため、
約束の時間まで気になっていたお店を巡る予定にしていた。
Google mapでちまちまと調べ、ちょうど良いルートが設定できた頃、
「まもなく河原町―、河原町駅、終点ですっ」というアナウンスが流れた。
河原町駅の周辺エリアは、繁華街かつ、祇園や八坂神社、錦市場など
京都を代表する観光地が集結している。
そのため、観光客から学生、サラリーマン、バンドマン、着物姿の女性、
たまに僧侶と思しき男性、なぜかロリータファッションの女性まで、
とにもかくにも、たくさんの人が河原町駅を利用する。
手前の烏丸駅は地下鉄とも直通しており、
ここ一帯は、京都のジャンクションと言ってもいいと思う。
電車で一緒になる人は、よっぽど頻繁に同じ車両に乗り合わせているとか、
奇行に走った人でない限り、まず顔まで覚えることはないだろう。
例の独特な雰囲気を持つ女性も、そうなるだろう……と思いきや違った。
私が行きたいルートと、彼女の進むルートが一致して、
私は彼女の後をつける形になってしまったのである。
決して、ストーカー行為に及んだわけではないことを、ここでは明言しておきたい。
電車を降りてから風を切って歩く彼女。
カツっカツっカツっという足音が、人混みの中に鈍く沈んでいく。
その日、スニーカーを履く私と同じくらいの速度で歩く彼女は、
15センチのピンヒールを履いていた。
折れそう……と思わずにいられない細さとしなやかさが
彼女に絶妙な色気を与えていた。
彼女は、エスカレーターに乗ることなく、優雅に階段を登って行く。
つられて私も階段を登るハメになった。
彼女が階段を登り始めると、
それまで聞こえていたヒールの音がぱったりと途絶えた。
どした、どした??
私は思わず気になってしまい、階段を登る彼女の足元を凝視。
分析結果によると、彼女は足の甲の裏を階段のふちに乗せて
登っているようだった。
このことにより、ヒール部分は地に触れることなく、
安定感を抜群に保った状態で、登ることが可能になる。
お見事……!!
心の中で思わず拍手。彼女はどうやら、
高いピンヒールを履きこなす猛者のようだった。
ヒールをはく女性、はかない女性。
状況や趣向。ライフスタイルによって異なるはずだ。
私も普段はぺったんこ靴派で、たまに結婚式や会社行事でヒールを履いた際に、
10分と持たず疲労感を感じてしまう。
ヒールの履きこなしには難儀して、駅の階段も嫌になり
ひどい時はエレベーターを利用するほどだ。
土踏まずのない扁平足ともなると、足のむくみにも一層悩まされる。
しかし、ヒールにはすらりと足を細く見せるだけでなく、
アンバランスな分、身のこなしが僅にゆったりとなり、
女性らしい、色気を醸し出してくれる。
その誘惑にかられて、たまにははいいかな……ヒールを履いてしまった日は悲惨だ。
ヒールを履いた女性を取り巻く、
「戦場の厳しさ」を実感するからだ。
河原町駅の階段を見事に登りきった彼女は、
マクドナルドを通り過ぎ、高瀬川に沿って歩いて行く。
街には、梅雨のジメッとした空気が取り巻いていたが、
道沿いの柊がしなやかになびき、道行く人に束の間の涼しさを届けていた。
私は彼女と一定の距離を保ちながら、ストーカーのごとく歩いて行く。
何度も言い訳で申し訳ないが、高瀬川沿いを南に下った位置に、
行きたいお店がある。私はただそこに向かって歩いていただけだ。
綺麗に舗装された道と、石畳の道が混在する。
ただでさえ、地面の感触によって、歩き方を調整しなければならないのに、
同じ速度で彼女は進んで行く。わずかでも気を抜いたら、転倒の危険が伴う。
時折、排水溝やマンホールに出くわす。
これが何より厄介で、跨いだと思っても僅かな隙間にヒールがぶっ刺さり、
足止めを食らうか、ひどい時は靴ごと脱げてしまう。
周囲を歩く人からの、冷ややかな目線を浴びながら、
靴を取り戻しに戻るまでの数秒間は、なんともなんとも耐え難い。
数センチの段差。これもまた恐ろしい。
カックンと膝が折れそうになるだけでなく、
ひどい時は、派手に転倒する。
二度ほど、高いヒールを履いた女性が小さな段差の
攻撃を受けて、派手に転倒する姿を目の当たりにしたことがある。
ヒールが高い分、足首だけでなく、膝から腿にかけてバランスを崩し、
女性が手に持っていたスマホは、手から離れて宙を舞う。
その瞬間はスローモーションのように沸き起こり、
道行く人も、何が起こったのか理解するのに時間を要した。
一瞬の間の後、女性は痛みのあまりにうめき始めて
周囲もハッと我に返る。
そして恭しく様子をうかがったり、声をかけたりし始めた。
私も、思わず財布の中に常備していたバンソーコを差し出したものだ。
そろそろ、私の目的地が近づくにつれて、彼女との別れも迫っていた。
わずか数百メートル、数分の道連れだったが
ヒールを履いたとたんに戦場と化す街中を
優雅に、気高く歩いてゆく彼女。
心からの賞賛を送りたい、
青の信号に差し掛かり、渡り始めてすぐに点滅が始まる。
私は渡るのを諦めて、踏みとどまる。
彼女は優雅に風を切って駆け抜けていく。
ピンヒールで走るなんて、本当に狂気の沙汰だ。
狂気の沙汰、なのに私の心には、さわやかな風が吹き抜けたような
すがすがしさが残っていた。
***
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