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毎日の料理を「アルゴリズム体操」にしてみたら


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:秦笑子(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
「そんなに言うなら、もう何も食べなくていいよっ!」
イライラした私の声に、子供たちの表情が硬くなる。
朝から最低な気分だ。きっと、お互いに。

たいがいの人と同じように、私の平日の朝は忙しい。
起きてから出勤までの2時間、大半の時間を台所で立ったまま過ごす。
家族の朝食を作り、帰ってからすぐ食べられるように夕食も仕込んでいくからだ。
食卓に並べた朝食を夫と子供たちが食べ始めても、自分は座って食べる時間がない。
それなのに、食卓からは、
「スープの具は嫌いだから食べなくてもいい?」
「卵かけご飯にしたい」
という自分勝手な交渉、リクエストの声が上がり、果ては好きなおかずの取り合いで喧嘩が始まる。
醜い! 醜すぎる。
こっちは立ちっぱなしで急いで作業しているのに。
もう、イライラする!

朝の料理をもう少し、幸せな時間にできないだろうか。
子供たちとの不毛なやりとりに疲れ果てた私は、何冊かの料理本を眺めてみた。
まず、毎日冷蔵庫の中身を見て、何を作るか考えるのが苦痛なのだ。
1品くらい、自分が食べてみたいメニューを織り込んでみよう。

そして朝、少し早起きして、料理本を片手に新しいメニューを作る作戦を実施した。
見慣れない新しい料理に、夫は喜んでくれる。
「これ、おいしいね」という言葉はなかなか良いモチベーションになる。
しかし。
大人向きのメニューが嫌いな子供たちは、食べてくれない。
「……卵かけご飯がいい」
「……フリカケは、ないの?」
あのね、一口くらい食べてから言いなさいよ。見ただけで言うな、見ただけで。
せっかく早起きして、時間をかけて作っているのに、この扱い。
夫の褒め言葉を無効化するレベルの破壊力である。

この「新メニュー」作戦のデメリットは他にもあった。
レシピ通りの食材をそろえておくことの難しさである。

開始したころは1週間分のメニューを決めておき、食材をコントロールすることができたが、朝夕1品ずつ新しいメニューを探そうとすると、毎週14個のレシピを探さなければいけない。平日だけにしても、毎週10個だ。なかなか継続することは難しく、しかも喜んで食べてもらえない。

はい、挫折。

「戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る」という格言があるらしいが、まさにレシピ・食材供給というロジスティクスを無視した私の負けであった。

敗戦の痛みを職場のワーキングマザーに愚痴ってみた。
「好き嫌いを言うなら食べさせなければいいんだよ、お腹が空けば食べる」
「朝は忙しいから、うちは毎日バナナと牛乳とトーストです」
と様々な意見をもらったが、私の目的は「朝の料理をもう少し幸せな時間にする」ことなのだ。
子供たちから食事を取り上げるのも、今までの和食中心の食事スタイルをやめて朝食を牛乳とトーストにするのも、自分が幸せになるとはあまり思えなかった。

では、朝の料理から幸せを奪っている要素はなんだろう?

子供たちの好き嫌いだろうか。
「空腹にさせて好き嫌いを直す」というやり方に賛同できなかったということは、好き嫌いを本気で直したいとは思っていないのだ。自分だって、食べたい日もあれば、そうでない日もある。好きなものもあれば、嫌いなものもある。子供にだけ、好き嫌いをするな、と言えた義理ではない。

それでも、作った料理を「食べたくない」と言われると、ガッカリする。
「せっかく作ったのに!」という言葉が出てくる。

この「せっかく」には、食材に対して投じたお金と、調理に使った私の時間が無駄になった、そして家族の好みに合わせられず的を外した、という3つの残念さがこめられている。

そこで、「時間」に目を付けた。
今と同じ質の料理を、短い時間で作れれば、「せっかく」に込める恨みつらみが少しは軽くなるに違いない。

まず、調理時間の目標を決めた。
1食あたり20分だ。

最初は30分以内に作ろうとしたが、できあがってから盛り付けを子供たちが手伝おうとしたり(ありがたい話ではある)、「卵かけご飯が食べたい」などと想定外のオプションが増えると、あっという間に時間オーバーしてしまう。
したがって、調理自体は20分以内にまとめ、盛り付けやオプション対応を含めて30分で終わるように設定した。

時間内に全ての調理が終わるように、毎朝起きたら簡単な流れ図を書くことにした。
一番時間のかかる料理(煮るもの、焼くもの)を中心にして、手の空くところに周辺作業(洗う、切る、味つけなど)や他の簡単なメニューの調理を配置する。
そして、キッチンタイマーを20分にセットし、決めた手順で調理を始める。

全体の流れ図を書いておくというひと手間は、とても効果があった。
普通、レシピには1品の調理方法が書いてあるだけで、複数を並行して作る場合の手順はない。だからレシピを見ながら作っていると、1品ずつ完成させることになるので、時間がかかる。

そもそも、今までは作りながら考えていたから、無駄が多かった。
思いついた作業から始め、やりながら、「あ、あれも作ろう」と余計な作業を増やしてしまうのだ。
最初に決めた流れ図どおりに進め、途中で作業を増やさないことで、時間内に収まる確率が高くなった。

メニューの決め方にもコツができた。
メニューは料理名で決めないで、「調理方法」と「栄養素」で選択するのだ。

調理方法には、ほったらかしにできるものと、できないものがある。
例えば、下味をつけた肉をオーブンで焼いたり、グリルで魚を焼いたりする料理は、セットすればできあがるまでの時間で他の作業ができる。しかし、炒めものなどは、自分がずっと貼りついていないとできない。
ほったらかしにできない調理方法を選んだら、他のメニューは手がかからない楽なものにするように組み合わせる。

食材を何にするかは、栄養素で決める。カテゴリーは細かく考えず、「タンパク質」「緑黄色野菜・海藻」「果物」の3つだけだ。主食(炭水化物)は私も夫もそれほど食べないので、ご飯を炊きたてで冷凍しておき、子供たちからリクエストがあったら電子レンジで温める。

それぞれの食材には適した過熱時間があるので、できるだけ時間のかからない素材を選ぶ。時間のかかる食材(例えば根菜)は、ほったらかしでできる調理方法と組み合わせる。

このメニュー選択と、流れ図の活用によって、朝食と夕食の仕込みがそれぞれ20分以内に収まるようになった。

どうせ子供たちは食卓に来るのも食べるのも遅いので、朝食が20分でできたら声をかけて、それから同じように20分で夕食の仕込みをしてしまえば、中盤から私も一緒に食卓に座って食べられるのだ。

相変わらず、食卓において、
「これ残してもいい?」
「もう少し食べないと、デザートが出せないからねっ」
というみみっちい交渉は行われる。

せっかく以前より短い時間で調理しても、誰も褒めてはくれないし、朝は料理以外にもいろいろなハプニングが起こるので、自分の時間が劇的に増えるわけでもない。

ただ、20分で全ての調理をやりきった! という達成感が毎日得られるようになり、当初の目的どおり、私の朝の料理は少しだけ幸せな時間になった。
子供たちが残しそうなメニューはあらかじめ、少な目に作り、少な目に盛り付けておく。「残しそうだな」と思ってもわざわざ作るのは、今は苦手でもいろいろな食材に触れて欲しいという、ささやかな親心だ。まあ、余計なお世話なのかもしれないが。

今の時代は食べ過ぎのほうが問題なので、朝食は食べなくてもいい、という意見もある。
でも、家族全員がそろって食卓を囲める頻度が高いのは、夕食よりも朝食だ。
「せっかく作ってもらった料理は残さず食べなければいけない」という呪いをかけずに、家族がただ楽しくおしゃべりして過ごす時間になればいい、と今は思う。

料理を短い時間で終わらせるコツは、「アルゴリズム体操」に似ている。教育番組の「ピタゴラスイッチ」で長年やっている、あれだ。
簡単な食材と、簡単な調理方法を、作業がぶつからないように組み合わせるだけだ。
そして、決めていないことはやらない。
「せっかく作ってあげたのに」という恨みの中に落ちないためには、頑張り過ぎてはダメなのだ。

平日の料理を「アルゴリズム体操」化したおかげで、私の料理に対する負担感はぐっと減った。余裕ができたので、休日は20分の制限をやめて、子供たちと一緒にお菓子を作ったりする。この時も流れ図を書いてあげると、レシピの読めない子供たちでも手順がわかる。

そういえば、私も小学生のころは料理クラブだったのだ。オーディションに落ちて演劇部に入れなかったからなのだが、それでも料理は楽しくて、しょっちゅうお菓子を作っては、家族に食べてもらっていた。文句も言わずに材料を買ってくれたお母さん、失敗したチーズケーキも食べてくれたお父さん、ありがとう。

自分が作ったものを誰かに食べてもらえるって、本当は嬉しいこと。
それが「作ってあげたのに」の恨みになってしまわないように、今日も20分にタイマーをセットする。

 
 
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2017-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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