世界を最高密度に染めてやろう
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記事:かほり(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「夜空はいつでも最高密度の青色だ」
ただただタイトルに惹かれ、一人で観に行った映画だった。
自分は、いったい最高密度の何色になれるのだろうか?
ふと大学一回生の夏を思い出した。
アウトドアのサークルに所属していた私は、2泊3日のキャンプに参加した。
恒例の行事で「ナイトウォーク」というものがあった。
男女2人ペアで夜の道を歩くというもので、いわゆる肝試しだ。
途中で川をまたぐときに、男が女をお姫様抱っこして渡りきらなければならないというルールがあった。
一見ロマンス溢れるものに思えるかもしれない。
でも私はこのイベントがとてつもなく嫌だった。
というのも、男女のペアの作り方というのが、なんとも残酷極まりないものだから。
それは、男子が女子を指名する、ドラフト制。
名前を呼ばれた女子から順に、ナイトウォークに出発する。
女子は男子の指名を断り、別の男子からの指名を待つこともできる。
ただし、誰からも名前を呼ばれることのない女子は、永遠に待ち続けるということになる。
なんとも恐ろしい制度だ。
私は、最後まで呼ばれなかった。誰からの指名も受けなかったのである。
次々と名前が呼ばれていく友人に、「よかったね、いってらっしゃい」とひたすら言い続けてたら、気が付くと1時間以上が経っていた。
キャンプファイヤーの今にも消えかかった残り火を見つめてながら、ウトウトしていた頃、ようやく私の名前が呼ばれた。
指名されたのではない。
指名を断られた男子とペアを組むことになったのだった。
Kくんだった。
Kくんは、別の女子を指名していたけれど、その女子はその男子をフッたらしかった。
それで、仕方なく余っていた私と行くことになった、というわけだ。
一緒に夜道を歩き、お姫様抱っこをされることになった。
私は、もはやキャンプファイヤーの残り火とともに消え入りたかった。
もちろん、ナイトウォーク中のKくんのテンションは最低だった。
本命じゃない私なんかと一緒に行く意味がなかったのだろう。終始無言だった。
本命の相手にフラれてただでさえ精神的ダメージを受けているのにも関わらず、風邪気味で身体的ダメージも食らってるようだった。
微熱のKくんは、お姫様抱っこの時もハアハア息切れしていて、もはや自分よりも気の毒な気がした。
「なんか、ごめん……」
大学1回生の夏は虚しく去っていった。
秋になり、その男子は、風邪もすっかり治った頃、本命の相手に急激なアプローチを開始し、晴れて付き合うことになったらしい。
「よかったね、いってらっしゃい」
私は思った。
あの時のナイトウォーク。
私はKくんを好きでもなんでもなかった。
だけど……
なんで私と行ったんだよ。
なんでお姫様抱っこなんかしたんだよ。
本命の相手がいるなら、私と行くなよ。
私を選ばないのなら、選ばない責任をとれよ。
選びたかった相手がいるのに、私と行くなよ。
「本命の相手じゃないので行きません」くらい胸張って言えよ。
状況に甘えてんじゃねえよ。
私だって選ばれたかったよ。
誰かに。
誰でもいいから。
ナイトウォークのドラフト制。
イヤで嫌で仕方なかったけど、本心はウキウキしていたんだよ。
私と行きたい、って言ってくれる人がいるんじゃないかって心のどこかで期待していたよ。
いつか名前を呼ばれるんじゃないかって、信じてたよ。
なのに、名前を呼ばれていってみたら、本命の代わりだった。
本命の女子はKくんをフッた。だから、私はその代役でしかなかった。
このとき私は、自分が中身のない空っぽの人間に思えた。
そんなふうに取って代われるようなものじゃなくて、誰かにとって、唯一無二の存在になりたい。
誰でもいい。
誰かにとって、空っぽなんかじゃなく、中身がぎっしり詰まって見えてほしい。
君じゃなきゃダメだよ。
君としかイヤだよ。
君以外には誰にもできないことだよ。
そんなことを言われていたい。
誰かに選ばれていたい。
私は、選ばれないことの虚しさを、痛いほど感じた。
選ばれていたはずの人の「代わり」になって初めて、選ばれないことがどれだけ惨めなのかということを思い知った。
どうやら世の中には、選ばれるものと選ばれないものが、あるようだ。
世界はそれで二分されると言ってもいい。
たとえば、スーパーには、お金を払って買ってもらえるバナナがある。
でも、黒くなって、誰も買わずに、やがては店員の手によって、無造作にゴミ袋に投げ入れられるバナナもある。
米粒1つ残さず食べてもらえる弁当もあるし、温かい家族に囲んで食べてもらえるケーキもある。
けど、誰にも手を付けられず、惜しまれもせず、アルバイトの手によって無慈悲に捨てられる弁当やケーキもある。
高価なエサを与えられ、毎週シャンプーもしてもらい、家族写真にまざって年賀状か何かに載せてもらえる犬もいれば、保健所でやせ細り、わんわん吠えながら、殺処分を待つ犬も存在する。
ホームレスが道端で死んでも、ほとんどの人は素通りしていくだろう。
でも、若くして死んだ芸能人がいれば、世間はこぞって憐れむのだ。追悼番組では、出演者も視聴者もみんな涙を流すだろう。
仮にウズベキスタンで大地震が起こっても、誰も自粛しない。でも、パリで大地震が起こったらみんな自粛する。フェイスブックの写真を青と白と赤に塗り替えるだろう。
こんなふうに、世界には、選ばれるものと選ばれないものが存在する。
さもそれが必然であるかのように。
選ぶことは、愛に値するのかもしれない。
大切に思っているから、愛情を注いでいるからこそ、選ぶのだ。
でも、その愛は残酷だ。なぜなら、愛を向けられなかった方を傷つけるから。
選ばれなかった方は、絶望に暮れるしかない。
でも一方で、傷つけた当人は罪悪感を持たない。
選ぶことが何で悪いのか? 愛情を注いで、何が悪いのか? と、とぼけるだろう。
だからなお、むごたらしい。
いったい私は、選ばれる者か、それとも選ばれない者なのだろうか?
私は後者だ。
私は選ばれない人間だ。
ナイトウォークでも、ただの代役でしかなかった。
このあいだ、友達からBBQに誘われたけど、ただ家が近いからっていう理由だけで、別に私じゃなくても誰でもいいはずだ。
先週、飲み会に呼んでもらったけど、途中でそーっと私が抜けたところで、さほどその飲み会に影響は与えないだろう。
今やってる仕事だって、私じゃなくても誰でもできる仕事だ。
入力して、チェックして、の事務作業の繰り返し。
電話をとるのだって、私じゃなくても他の人でもいい。
親にとっても、娘が私じゃないと駄目だということはないだろう。
たまたま、親の遺伝子を受け継いだのが私であっただけで、もし、他の誰かが生まれていたとしても、大切に育て上げていただろう。
この世界に、私じゃないと絶対にダメだ、という事柄は存在しない。
別に私が今まで成してきたことは、他の誰だってできることだ。
私は大いにかけがえがある。中身のぎっしり詰まった、かけがえのない人間ではない。
だから、私は誰にも「選ばれない」人間なのだ。
そんな私は、色で例えるとすれば、何色になりうるのだろうか?
何色にもならない。なるわけがない。
それは、透明だ。色が全くついていない。
誰にも選ばれないし、無視されてしまうのだ。
でもいつか、誰かの瞳に、私が、透明ではない何かの色に映ることを願っている。
どれだけ今、私に取り柄がなく、誰にも選ばれない人間であるとしても、願うくらいは許そう。
都会のネオンに照らされた夜空が、停電の夜に、本来の色を取り戻すように、私にも命に終わりが来たら、何かの色になりうるかもしれない。透明じゃなくて。
私が死んだときに、泣いてくれる人、哀しんでくれる人が存在するかもしれない。
いや、哀しんでくれなくてもいい。私は、こんな人だったんだなあ、とだけ思ってくれる人がいてほしい。
「夜空はいつでも最高密度の青色だ」
この映画のせいで、世界に自分の色を残したいと思ってしまった。
夜空がいつでも最高密度の青色であるように、私もいつしか、最高密度の何色かになれる日が来るのではないだろうか。
それは、私の存在がこの世から消えた時にわかることだろう。
そんなことを夢に見て、生きていてもいいかなと思う。
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