ニーナとの約束
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記事:村山セイコ(ライティング・ゼミ平日コース)
大学で心理学を専攻していた。大学三年になり、卒業のための単位はほとんど取り終わっていた私は、家に引きこもるようになっていた。カウンセリングをするには、まず自分の問題をクリアにしておかねばならない。クライアントの問題に、自分の抱える問題が反応しては冷静さに欠き治療にならないからだ。授業中に描く絵に、作り上げるコラージュに、無意識に押し込められている問題があぶりだされる。無意識にあるということは、「無意識である必要」があるからだ。自己防衛機能を己の手で叩き壊して私は壊れかけていた。
カーテンを閉め切り、昼間でも暗い部屋で私は延々と眠り続け、現実から逃げていた。時々友人が心配して電話をかけてきたが、大抵寝ていて気がつかないか、無視した。そろそろ就職のことも考えなければいけない。この前実家に帰ったとき、リクルートスーツを買ってもらった。私自身に時間の感覚は無くなっても、世界は止まらずに進む。それが一層私を追い詰めた。
お腹空いたな・・・・・・。とりあえず、近くのコンビニに何か買いに行こうと財布を取った。ドアを空けると、車の音や人の数で夕方なのだと分かった。散歩でもするか。その日はふとそんな気になった。フラフラと十五分ほど歩くと、まだ入ったことのない公園があった。覗いてみると平日であるせいか犬の散歩をしている人が何人かいるくらいだ。どうしようかと迷っていると、『おいで』と声がした。・・・・・・ような気がした。周りを見渡しても誰もいない。帰ろうとした時、また声がした。
『こっちへおいで』
その声は、耳の中で鳴った。とうとう幻聴が聞こえるようになったか。いよいよとなったら教授に病院でも紹介してもらおうと思いながら、私は公園に入った。入ってみると、広場と人口の池がいくつもある大きな公園だということが分かる。声に導かれて歩いていると、薄暗い林の中に入った。その中に、一本の大きな木が立っていて、その前に立つと声は止んだ。
「呼んでいたのはあなた?もう話さないの?」
やっぱり頭おかしくなったんだな、と思った。私がその木の肌に触れた瞬間、風が吹き木の葉が大きな音を立てた。
『おかしくなんかないよ』
声は耳の中ではっきりと鳴る。
「ねぇ、あなたは、木?」
『そう、今触れているのが私』
私は木をペタペタと叩いた。
「どうして呼んだの?」
『助けてっていう声が聞こえたから』
「どうして私のこと知っているの?」
『世界は繋がっているから』
確かに、私は声無き悲鳴を上げていた。それが木に聞こえたというのか? というより木と話しているこの状況は何だ。ディズニーか? でもいいや、木でもなんでもいいや。私は木に抱きついた。
「助けて」
私は、声に出して言った。思いがけず涙がポロポロとこぼれた。すると、胸とお腹からぐっと何かを引き出される感覚がして、その後すぐに戻された。
「何したの?」
驚きで涙が止まった。
『交換したの』
「何を?」
『心の中のもの』
変なことされたんじゃないか、と思って木から体を離した。
『心配いらない、皆にしていることだから。ただ皆気がついていないだけ。あなたは、感じられただけ』
あ、心が分かるんだ。少し申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね」
サワサワと、葉が揺れた。
『またおいで』
私は林から出た。そういえば少し気持ちが軽くなったような気がする。とはいえ、人間以外と話すなんてことは普通ではない。まぁでも「人を殺せ」とかネガティブなことを言われたわけでもなければ、神のお告げをされたわけでもないのでまだ大丈夫だろうと思った。
次にその林に足を踏み入れたのは三日後のことだった。
「こんにちは、いい天気だね」
ためらわずに木に抱きつく。深く呼吸をすると、また胸とお腹の辺りから「感情」らしきものを引き出されて戻された。それから私は何度かその「交換」をしに行くようになった。ある時ふと思った。
「私の交換したものって、きっと良くないものだよね?あなたは大丈夫なの?」
『大丈夫、それが役目だから』
「私が返せるものってあるの?」
なんだか悪い気がした。
『私を認めてくれればそれでいい』
と木が言った。
「私はあなたが好きだよ」
と言うと、何かが入ってくるのを感じた。それは「喜び」のようだった。
私は週に二、三度公園に通い、交換を繰り返した。やがて、少しずつその木以外の植物の声も聞こえるようになっていった。植物はよく歌を歌っていて、春にはそれが大合唱になり私を高揚させた。植物がソワソワするのを感じると、雨が近いと分かった。
私が林に入ると、木々達は『あ、ニーナのところの子が来た』と囁いた。私が通う木はニーナというらしかった。
「今日は、聞いてもらいたいことがあるんだけど、いいかな」
重たい口を開く。周囲から穏やかだと言われ、自分自身でもそうだと思っていた。でも違った。私はずっと耐えていた。ただ、我慢して受け入れ続けた。与えられる全てを。いつしか私の中には、怒りが渦巻いていた。都合よく解釈する親や友人や、それを放っておいた自分自身への怒り。受容しているふりをする腹黒い自分への嫌悪。
「疲れるしもう嫌だ。だけど嫌われたくない。誰にも嫌われたくない。イイ子やめたらだれもいなくなる。親にすら、反抗もしたことない。いつだって反対されれば撥ね付けられない」
私はむせび泣いた。
『可哀想に。あなた叫びが私にはいつも聞こえていたよ。でももう大丈夫』
「あなたのように、私を受け入れてくれる人はいないよ」
『心配いらない。ずっと、誰に対してもあなたの扉は閉まっていた。受け止める準備が出来ていなければ、与えられても感じられない。たった今扉が開いたから』
その日、家に帰って私は考え込んだ。自分を受け止め癒してくれる大切な存在になっていたその木への依存の芽が無視できなくなってきた。このままではいけない、そう思った。
次に林に入ったのは、一ヶ月後だった。私はいつもの通りに木に抱きつき、この日は交換が始まる前に体を離した。
「私が鳥だったらあなたの木に巣を作る。ずっと一緒にいられたらどんなにいいかと思うよ。でも、私は人間だから。人間として生きていかなくちゃいけない。認めて欲しいって、始めに言っていたよね? 私はあなたとのこと、これから人に伝えていこうと思う」
私はもう一度木に抱き、自ら深く感情を差し込む。
「ありがとう。あなたの存在がこれからの私にとってどれだけ心強いか分からない。きっと私以外の人にとってもそうなると思うから」
涙が幾筋にもなって流れ、木肌に染みていく。
「ニーナ」
私は初めて木の名前を口にした。これまで名前で呼ばなかったのは、愛着が湧くのが怖かったから。
「ありがとう、ニーナ。もう会いに来ることは無いと思う。でも、世界は繋がっている。だからさようならじゃないよね。そうでしょう?」
私は足の裏から全身を通り頭の先に突き抜けるものを感じた。とろけるような感覚。私たちは愛し合った。そうとしか言いようがなかった。
風のない林に木の葉が降り注いだ。世界はなんて美しいんだろう。木々の匂い、葉の掠れる音、輝く木漏れ日。
『そう、皆繋がっている。ずっと見守っているよ』
私は翌日からまた大学に通いだし、平凡で素晴らしい日常の世界へ帰った。時々、道端の植物と内緒話をしながら。≪終わり≫
※このお話はフィクションです。
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