プロフェッショナル・ゼミ

ようこそ、コトノハ食堂へ《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事: あやっぺ(プロフェッショナル・ゼミ)

※ 実話を基にしたフィクションです。

「あんたは、人に使われて雇われの身で終わる人やない。あんたに向いてるのは、人の本能に関わる仕事や」

2年前の秋。
私は、とある神社の宮司さんから、そう告げられた。
この神社の人生相談は、とにかく当たると有名だった。
平日の朝早くからでも、待合部屋には何人もの行列ができている。
遠方からの観光客らしき人も珍しくない。

私もぜひ受けたいと思って足を運んだものの、先に並んでいる人の人数に圧倒されて、これまで2度断念していた。
今回は7時50分に到着した。3度目の正直で、ようやく一番乗りできたのだった。
念願の人生相談。
これからの仕事運や恋愛について、私はあれもこれもと質問をした。
宮司さんは生年月日をベースに、ひとつひとつ具体的に答えて下さった。

人の本能に関わる仕事。
そう言われた私は、正直ドキッとした。
まさか、宮司さんが、いわゆる「カラダを売るような仕事」を勧めるはずがない。
しかし、本能に関わる仕事って、いったいどんな仕事のことを言われているのだろう?

「人の本能に関わる仕事って、例えばどういう業界でしょうか?」

私は、恐る恐る、宮司さんに尋ねた。

「食に関することや。それも、会席料理やフランス料理といった高級なものではなくて、毎日でも食べるような、大衆的なものやな」

宮司さんはそう言われた。
なるほど、食に関することか。確かに、本能に関わることだ。
しかも、私は小さい頃から料理が好きだったので、これは嬉しいお告げだ。

「大衆的な食べ物ということは、コロッケ屋さんとか、定食屋さんとか、そういうイメージでしょうか?」

「そういうことやな」

「私、料理は大好きなんです。そう言えば、最近、少人数でのイベントで、私が作った料理を食べてもらう機会が増えてきたんです。これを続けていけば、繋がっていくでしょうか?」

私は興奮気味に、質問を続けた。

「あと2年間は、お金の面でしんどい時期だから、始めるのは平成30年からにしなさい。それまでは、たくさん食べ歩きをして、舌を肥やして研究しなさい」

宮司さんはそう言われた。
2年間の辛抱か……。
でも、2年経ったら、誰か私に店を持たせてくれる人が現れるんや!
虫の良すぎる発想だと笑われそうだが、私は自分に都合良く、そう確信したのだった。

私は、ここ数年で、缶詰への興味が高まってきていた。
缶詰にひと手間加えることで簡単にできる酒の肴や、いわゆる「ご飯のおとも」のレシピを増やして、「缶詰料理研究家」を目指そうと考えている。
お客さんのリクエストや心身の状態に合わせて、食べたら癒される、何だか元気になる、そんな料理と飲み物をお出しする。
そして、料理や飲み物だけでなく、「言葉のご馳走」として、手作りのメッセージカードをプレゼントする。
そんな、「現代版魔女のような、小料理屋の女将」に、私はなるのだ。

願えば叶う。
私の人生の後半戦の目標が決まった。

私の妄想パワーは、これまでの人生でも、たくさんのことを叶えてきた。
学生時代は、「コネ」という言葉が大嫌いで、人の力を借りることが苦手だった。
まるで、下りのエスカレーターを無理やり上って、上の階に行こうとしているような、無駄な意地の張り方をしていたように思う。

しかし、約10年前に起業した頃から、出会う人が大きく変わった。
魅力的な人の周りには、その人を応援したい人がどんどん集まってくる。
自分が楽しいと思うことに対して、常に本気で全力で取り組む。
そして、自分だけでなく、「人を楽しませることを、自分の楽しみと感じて行動できる人」は、本当に魅力的だと気づかされた。
そういう人の近くにいると、だんだんと影響を受けて、私自身も「仕掛ける側の人間」になりたくなる。
そうして、私は、人のご縁のありがたさを実感できるようになっていった。

私は、「現代版魔女のような、小料理屋の女将」になるという妄想を、いろんな人に話した。
自分の身近なところに、調理師免許を持っている人が思いのほか多かったことに驚かされた。
そして、自ら野菜を作っている人との出会いも続いた。
売り物になるのは、見栄えの良い野菜だけ。形や色が少々悪いという理由で、市場に出せない野菜をたくさん分けてもらえるのは、本当にありがたい限りだ。
さらには、日本酒に詳しい人、ワイン通な人。
得意なことで協力すると言ってくれる人は、どんどん現れて繋がっていく。

あとはもう、物件だけだ。
それすら、近々、提供してくれる人が現れそうな予感がしている。
私が実現したいイメージをひたすら語り続けていると、それに興味を持ってくれる人が集まってきて、各々ができる範囲での協力を申し出てくれる。
厚かましい話に聞こえるかもしれないが、現実に起きていることなのだ。

「それは、仏教で言うところの布施やね」

親しくさせて頂いているお寺のご住職は、私の妄想ストーリーがどんどん現実化している報告を聞いて、そう言われた。
まさにこれは、「神ってる」ならぬ、「仏ってる」という状態なのかもしれない。

宮司さんのお告げで言われた、平成30年が近づいてきている。
実は、プレオープン的にガレージの一角を改装して使わせてもらえるかもしれないという話がある。
DIYが得意な人の協力も得られそうだ。
缶詰料理をメインに、まずは小さなスペースから始められたら良いと思っていたので、ちょうどありがたい条件だ。
気の早い私は、既にそこに集まってくる常連さんとの恋愛トークや、お悩み相談を妄想している。

「結婚だけが全てやとは思わへんけど、やっぱり一度はしてみたいなぁ」

及川さんは、遠い目をしながらそう呟いた。

「お前は、ストライクゾーンが狭いからな」

及川さんの同僚の長山さんが、即座にツッコミを入れる。

「はい、今日のおすすめの、ツナとひじきの梅肉ドレッシング和えです」

ツナ缶と水戻し不要ですぐに使える、ひじきのドライパックを梅肉ドレッシングで和えて、カイワレ大根をトッピングした、夏向けのサッパリとした一品だ。

「私もストライクゾーンは狭いですけど、世の中の男性って、結局4種類しかいないと思うんですよね」

「4種類?」

「なんか、血液型みたいやな」

興味津々で食いついてくる及川さんと長山さんを相手に、私は自分の好みの男性についての持論を話し始めた。

「座標軸ってあるでしょ? X軸とY軸で4つに分かれるやつ。あれのね、X軸には好感度、Y軸には刺激度を置くんですけど、要するに両方の高い、“右上エリア”が私の好みのタイプなんです」

X軸が右寄りであればあるほど好感度が高く、左寄りであればあるほど好感度が低い。
Y軸が上寄りであればあるほど刺激度が高く、下寄りであればあるほど刺激度が低い。

つまり、「好感度」と「刺激度」の両方が高いエリアに分類される人が、私の最も好みのタイプということを説明した。

「なるほど。で、他の3つのエリアは?」

「まず、右上と真逆の左下は、アウト・オブ・眼中です!」

及川さんと長山さんは苦笑された。

「左下」エリアに分類される人は、好感度と刺激度の両方が低いので、改めてハッキリ言うまでもないが、完全に対象外。圏外だ。
要するに、「私の人生の景色に入れたくない、入ってこないでほしい」人達だ。

「さて、左上と右下では、どちらが好みのタイプに近いと思いますか?」

私は悪戯っぽく問いかけた。

「右下でしょ?」

「俺もそう思うなぁ」

「残念でしたー! 私は左上の方が恋愛対象になるんです」

「えーっ? なんで?」

2人とも不思議で仕方ない様子だ。

好感度は高いが、刺激度が低い「右下」エリアに分類される人は、ひと言で言うと「いい人なんだけどね」だから。それに尽きる。
私のこれまでの人生で、「いい人」が恋愛対象に昇格したことは、残念ながら記憶にない。
「右下」エリアの人は、いつまでもどこまでも「右下」なのである。

私は、そのことを熱く語った。

一方、好感度は低いが刺激度が高い「左上」エリアの人は、ある日突然「右上」エリアにシフトしてくることがある。最初は好感度が低いがゆえに、「ギラギラしていて、危険な香りがして、近づくのが怖い」と感じてしまうのだけれども、好感度が上がるきっかけさえあれば、恋愛スイッチが入るのは早いのである。

この話は、初対面の人との恋愛トークとして、簡単に盛り上がれる。
さらに、私の持論として既に聞いたことがある人には、誰がどのエリアに当てはまるか、共通の知人を酒の肴に、あーだこうだと語れる。
X軸とY軸に、各々が何か別の指標を入れて語り合うのも面白い。

「女将はどうやって右上の人と出会うの?」

及川さんは、真剣な眼差しで訊いてこられた。

「自分の好みの条件を、具体的な言葉でイメージして、そういう人と出会えるように常日頃から念じてるんです!」

「ふーん、念じるねぇ」

「たとえば、ドライブで初めての場所に確実に行こうと思ったら、カーナビに目的地の情報を入れるじゃないですか。あれと同じですよ。闇雲に走ってるだけでは、目的地にたどり着けないでしょ?」

「実際、出会ってるし説得力あるよね」

長山さんがしみじみと言われた。

「及川さんの好みのタイプの女性について、できるだけ具体的にリアルにイメージして、そういう女性とどこでどんな風に出会うかまで、妄想してみるといいと思いますよ」

「確かに、カーナビって言われたらすごくイメージしやすいわ。はよ出会いたいなー」

「イメージ通りの女性と出会わはったら、ぜひここに連れてきて紹介して下さいね。楽しみに待ってます」

こんな風に、お客さんの心のツボ押しをするような「魔法の言葉」をかける女将がいる食堂。その名も、「コトノハ食堂(仮)」
今はまだ妄想ストーリーだけれど、近い将来、きっと実現する。

魔女のシルエットが目印の小さな看板を見つけたら、ぜひ気軽に扉を開けてほしい。
そこには、ささやかだけれど心を込めた缶詰料理と、とっておきの言葉のご馳走があなたを待っているから。

 

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