涙とオムライス
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記事:桑波田卓(ライティング・ゼミ日曜コース)
いつから私は泣かなくなっていたのだろう? 小さい頃、私はちょっとしたしたことでよく泣く子供であった。転んでは泣き、犬に吠えられて泣き、同級生にからかわれて泣く。そして母親に「つまらないことでギャーギャー泣くんじゃありません!」と怒鳴られまた泣く。呼吸をするのと同じくらい泣いている。そんな日々を過ごしていた。 大きくなるにつれて、いつの間にか私は泣かない子になっていた。卒業式の日も、志望校に受かった時も、祖父が亡くなった時も、日本が初めてワールドカップに出た時も、そこには涙はなかった。いつしか私はクールな人だねと言われるようになっていた。 もちろん感情がないというわけではない。感動するといわれる小説や映画を見たときのあのジーンとした感覚は理解している。ただそれと涙が結びつかないのだ。それは容器の口の部分で詰まっているケチャップと一緒だ。中身があるのはわかっている。容器を押せばケチャップが出るのもわかっている。だけど容器を押せども押せども中身が出てこない。そんな状態なのだろう。 いつしか泣くのを恐れるようになっていた。ケチャップの容器を思い切り押してドバッとケチャップが飛び出してテーブルや洋服がべちゃべちゃになってしまう、そしてオムライスの味が台無しになってしまうのが嫌だった。それはとてもみっともないことだし恥ずかしいことだった。なにより泣いてしまうことにより自分がどうなってしまうのかわからなくなってしまうのがどうにも怖かった。だから自然と泣きそうになることから遠ざかるようになっていた。
ある日、友人に連れられてアイドルのコンサートに行くことになった。特別アイドルに興味があったわけではなかったが、なんとなく面白そうだなと軽い気持ちでついて行った。 そのコンサートは同じ事務所のアイドルが数組登場し、順番に歌って行く形式のコンサートであった。舞台で歌い、踊る彼女たちはとてもきらびやかで、少し圧倒されながら私は舞台を見ていた。 コンサートも後半であっただろうか、私立恵比寿中学という子たちが演奏を終えていた。私は、いい曲だなあ、上手だなあ程度の感想を抱きながらふと友人の方を見てみた。 友人は号泣していた。 「だってひなたのパートをあいあいが一生懸命歌ってくれて」 正直彼が言っていることの意味は全くわからなかった。ただ彼が泣いているのにもかかわらずすごく楽しそうだなというのは理解できた。彼はケチャップで口の周りや洋服をべちゃべちゃにしながら実においしそうにオムライスを食べていたのだ。 その時初めて泣くことをうらやましいと思った。ケチャップのかかったオムライスはそんなにおいしいのかと、私もケチャップのかかったオムライスを食べてみたいなと思い始めていた。 それから私はいろいろなアイドルのコンサートに通うことになった。舞台の上の彼女たちはいつでも一生懸命で、いつも輝いていた。そして、私の中のケチャップの容器がぎゅうぎゅう押される感触がしていた。でもなかなか泣けなかった。
そして今年の7月16日。私はあの時見た私立恵比寿中学のコンサート会場にいた。
私立恵比寿中学は今年の2月、メンバーを一人亡くしていた。そしてその日は亡くなったメンバーの誕生日であった。
その日もコンサートはせつせつと進んでいった。いつも通り彼女たちは舞台の上で輝いていた。あの日いなかったひなたちゃんも躍動していたし、あいあいはいつも通り一生懸命だった。そしていつも通り皆笑顔で舞台を降りていった。そして私が帰ろうとしたところ、舞台横のスクリーンにエンドロールの映像が流れ始めた。そして映像の背景にはどこかで聞いた歌声が流れていた。
亡くなったメンバーが最後にレコーディングした歌だった。
その時から後のことはよく憶えていない。現実なのかそうでないのかよくわからないようなふわふわした気持ちで家に帰り、しばらく過ごしていたのではないだろうか。その時のオムライスの味はいつもと確実に違っていた。ケチャップはかかっていたのかわからないけれど。
私は泣くことを恐れなくなったのか、恥ずかしいことと思わなくなったのかはよくわからない。
でも人生のそばに涙があってもいいじゃないかと思えるようにはなった。いつか思い切りケチャップでべちゃべちゃになりながらオムライスを食べてみたい。それでも恥ずかしいから家でこっそり食べるのかもしれないけれど。
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