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背徳の読書


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記事:秋田あおい(ライティングゼミ・平日コース)

 
 
「はぁ、おもしろくない。読めない」
本を開くと、毎度ため息をついていた。
 
私は読書がとても嫌いだった。
そのせいで、学生時代に大変苦労をした。
高校時代の「現代文」は成績が悪く、「出来ない」という思い込みも手伝って、
ますます苦手になっていった。
大学時代は否が応でもたくさんの「つまらない本」を読まなければならず、
本と格闘し、苦手意識とも闘っていた。
 
先日、乙一さんという方のエッセイを読んでいたとき、
そんな学生時代における「私と本の関係」について、意外なことを思い出した。
 
自分でも驚いた。
それは、読書にハマる自分が過去に存在したという事実である。
いや、私は本当に本が嫌いだった。本を開くだけで気が重かったはずだ。
そんな私が読書にハマっていたなんてありえない。
そんな疑念もよぎったが、それは一瞬のうちにさっぱり消えた。
 
確かに私は、学生時代にまぎれもなく読書を楽しんでいた。
「その読書」にハマっていた。なにか、クセになるような読書だった。
そして「その読書」をする場所はいつも決まっていた。
 
大学3年と4年のとき、新幹線通学をしていた。
新幹線に乗っている時間は1時間。読書にはちょうどいい時間である。
 
また、新幹線は停車駅の間隔が広く、頻繁には止まらないため、
乗客の動きが少ない。
車内にせわしさはなく、みな、ゆったりと過ごしているように見える。
新幹線の中は静かな空間なのである。
走行中の「ゴォー」という音は多少するけれども、
揺れや振動も少なく、読書にはうってつけの空間である。
 
そこに私がいた。
 
自由席の2人掛けのシート、窓側の席に座っている。
大学の授業を終えて家に帰る途中だけれど、疲れている様子もなく、
いそいそとカバンから数冊の本を取り出す。
「どれにしようかな」と嬉しそうに迷いながら、これから読む1冊を決める。
 
膝に乗せたカバンの上で、その文庫本を開き、さっそく読み始める。
 
夕方の新幹線の車内には、乗客の日中の疲れが浮遊し、
けだるさのような弛緩した空気が停滞している。
しかし、私だけは別の空間にいるかのようで、どこか快活な様子である。
読書はすこぶる順調のようだった。
 
しかし、妙なのである。
本を読んでいるのだけれど、私は時々、うつむいたり、肩を震わせたりしていて、
すこし様子がおかしいのだ。
たびたび読書は中断され、パタッと本が閉じられてしまうことも少なくなかった。
 
それもそのはずで、私はそのとき、笑っていたのである。
その理由は単純明快で、笑ってしまうほど本の内容が面白かったからである。
正確に言うと、そのとき、笑っていたというよりは、笑いをこらえていた。
しかし、私が座っているその場所は、静かな空間の中にある。
下品な笑い声など漏らしてはならないのは暗黙のマナーである。
込み上げてくる笑いに全身の力で対抗し、それを必死にねじ伏せた。
こらえきれず笑い声が漏れそうなときには、
わざとらしい咳払いでそれをごまかした。
 
これは新幹線の中に限った話ではなかった。
大学の講義中にも、これと同じようなことをやっていた。
それは、たいてい、大講堂で行われる講義の時だった。
講義中の講堂内は、学生たちの私語で多少ざわつくこともあったが、
本来は、静かに黙々と講師の話を聞いたり、ノートを取るなどして学ぶ場所である。
そういう場所で私は、後方の席に座る学生たちに紛れて、講義をほとんど聞かず、
コッソリと机の下でペラペラとページをめくっていた。
 
そこでも私はうつむいて肩を震わせていた。必死に笑いをかみ殺していたのだ。
口に手を当てて、声が漏れないように努めることもあった。
なぜか、どうしようもない笑いがどんどん込み上げてくる。
笑ってはいけない場であると意識すればするほど、
可笑しさが脳内を侵食し、笑いが止まらなくなった。
 
この、変な読書の仕方を、私は勝手に「背徳の読書」と名付けた。
 
本来、読書はいつどこでするものなのか。
理想的な読書のスタイルとはどんなものなのか。
そんなことは考えたこともないし、そもそも読書とは、
かなり多様性に富んだ行為だと思うのだけれど、
私がやっていたあの読書は、もはや多様性の枠を超えた、
その名の通り、背徳行為である。
 
なぜ背徳なのか。
本の選択とそれを読む場所の組み合わせ方が、反社会的なのである。
静かな場所や、静かにしなければいけない場所で、
わざわざ笑いだしてしまいそうな本を選んで読むという「秘密の遊び」。
もし、笑いをこらえきれずに吹き出してしまったら……?
それはもう、大ヒンシュクである。
そんなスリリングな背徳感で、当時、私はとても高揚していた。
ただのバカである。
 
しかし、そんな「背徳の読書」にハマったのは短い間だった。
かみ殺された不完全燃焼の笑いは、やがて欲求不満に変わった。
その読書が無益な愚行であると、比較的早い段階で気づいたのだろう。
 
先日、乙一さんのエッセイを読んでいたとき、
腹筋にうねりを感じた瞬間、「ぅはは!」と声が漏れた。
文字通り、腹の底から笑ってしまったのである。
幸い、そこは笑ってはいけない場所ではなかったが、
「あれ? この感じ……」
すっかり忘れ去っていた、あの日のバカな自分と、
私を存分に笑わせてくれた原田宗典さんに再会した、懐かしく嬉しい瞬間だった。
 
 
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2017-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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