文字という名の美術品に恋をして
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:村中敏之(ライティングゼミ・日曜コース)
「このペンマニアめ~」
これは私が「万年筆を使うのが好きなの」と言ったときに、友達が笑いながら投げかけてきた言葉だ。
友達によると、若干うっとりしながら万年筆で文字を書いている姿が「かなりヤバい感じがする」そうだ。もちろん冗談で言っている……と思う。
確かに万年筆は美しいと思う。ペンマニアと呼ばれる程度には万年筆への愛着を持っていると自覚もしている。
でも、実は私はペンマニアとはちょっと違うのだ。
私には万年筆自体よりもっと美しいと思うものがある。
それは万年筆で書いた文字だ。そう、私がうっとりしながら見ているのは『万年筆で書いた文字』のほうなのだ。
最初に断っておくと、私は決して字が上手いわけではない。
それどころか、かなり下手な部類に入る。
学校の習字の授業は苦痛だったし、今でも結婚式の寄せ書きとかはけっこう苦手だ。
そんな私が万年筆で書いた文字に魅せられたのは1年くらい前だ。
私が何気なく動画サイトを見ていたとき、ある動画が目に留まった。
「これ、なんだろう?」
正直に言うと、その動画のサムネイルは決してかっこよくない、というかちょっとダサい。だが、なんとなく「何か」があるような気がしたのだ。
再生したその動画に映っているのは紙と万年筆のペン先だけ。動画の内容は5分間ひたすらに紙に文字を書くだけだ。
だが、紙に文字を書くという当たり前すぎることをしているだけの動画に、私は一瞬で魅せられてしまった。
「息をのむ」とはこういう時に使う言葉なのだと思った。
そのくらい万年筆で書かれた文字は美しく、衝撃的だった。
これが、私が初めて文字という名の美術品に出会い、恋をした瞬間だ。
すぐに私も文字という美術品をつくってみたくなり、通販サイトを開いて万年筆とインクを探した。
万年筆のことはよく判らなかったので、とりあえずデザインが気に入った3000円くらいの万年筆を注文したと記憶している。
そして万年筆が届くまでの間、私は浮かれまくっていた。
万年筆が届いたらどんな文字を書いてみようか?
好きな人の名前や、好きな言葉……いろいろな文字を妄想していた。
そして、きっとこんな風に書けるはず……と妄想を膨らませていた。
今になって思い返せば、初恋の人との初デート並みに妄想しまくっていたと思う。
そのくらい私は万年筆で書いた文字に恋していたのだ。
注文から数日後の夜、私の手元に待ちに待った万年筆が届いた。
初めて手に取った万年筆は予想よりずっしりと重く、それなのにしっかりと手になじむ。
何より銀色に鈍く輝くペン先がキレイ!
「今すぐに使ってみたい!」と、はやる気持ちをおさえつつ、机の上に紙を広げる。
「どんな文字を書こうか……?」
少し悩んだが、最初は一番書き慣れている自分の名前にした。
カリカリ……
「うぉっ!」
……書いた途端、なんだかものすごく野性的な声が出てしまった。
それもそのはず。
その書き味はボールペンや鉛筆と違い、すっと滑るような今まで経験したことがないものだ。そして、滑るような書き味に反してペン先からはカリカリと気持ちのいい音がする。
はっきり言って、快感!
そして何より、書いた文字が美しい!
書きなれて、見慣れたはずの自分の名前でさえ、とにかく妖しく美しいのだ!
自分で書いた自分の名前に驚いていると、目の前でインクが乾いて文字の色が変わっていく。
インクが乾いた後の文字は、書いた直後とはまた違う表情を見せてくれる。
この時点で私は完全に万年筆で書いた「文字」の虜となった。まだ、自分の名前を書いただけだというのに……
このあと、手元にある紙に字を書きまくったのは言うまでもない。
私は決して文字が上手いわけではないのに、それでも手が止まらなかった。
明日も仕事があるから早く寝ないといけないのに。
ちなみに、翌日は遅刻した。
上司にこっぴどく怒られることになってしまったが、そんなものは恋に落ち、興奮している私にとっては些細なことだ。
真っ白な紙の上で万年筆が踊ると、鈍く光るペン先から真っ黒なインクがこぼれ落ちる。
紙の上を滑らせるようにペン先を走らせると薄く少しはかなげに、少し力を入れると濃く力強い文字になる。
その濃淡はとても美しく、さながら自分の手で美術品をつくっている気分になる。
「ふっふっふ……」
曲線の多いひらがなを、柔らかく書けたときの興奮度はまさに格別。なんというか、セクシー? いや、違う。エロい。文字だけなのに、エロいのだ。
友達は私のこの姿を見て「このペンマニアめ」とか「ヤバい」と言うのだが、まあ仕方がない。
このエロさを感じるほどの美しさは、実際に万年筆を使ってみないと判らないと思う。
美しいものは美しいとしか言いようがないし、美しいものに魅せられるのは人類の必然だと思う。
ただ、ここでひとつだけ告白しておくと、今ほど自分の語彙の貧弱さを呪ったことはない。
何故なら、万年筆で書いた文字の美しさを伝えきれないのだから。
私にもっと文才があれば、あの美しさやエロさ、人を魅了する妖しさを伝えられるのに!
本気で悔しい!
それが叶わないなら、せめて私を魅了したあの万年筆動画のURLを特大サイズで宣伝したいくらいだ。騙されたと思って、これだけは本当に見て欲しいと思う。
そして文字の美しさとエロさを少しでも感じて欲しい。
そう思って私のことを「ペンマニア」と笑った友達にも見せたところ、翌日には万年筆を買いに文房具店に行ってしまった。ふっふっふ……同志ができたよ。
でも、本音を言うと、万年筆で書いた文字のエロいまでの美しさを実感したいなら、やっぱり一度でもいいから万年筆を使って文字を書いてみて欲しいと思う。
百の言葉を並べるより確実に、私が文字という名の美術品に恋をした理由が判るはずだ。
エロくて、美しいから。本当に。
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