水道管へ原稿が届かない
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記事:ハナオカ(ライティング・ゼミ日曜コース)
しかし困った事に著者からの原稿が来ない。いつまでたっても来ない。
こういうときに、編集者の無力さを思う。編集者はなにも産み出す事ができない。時に自分が、中身がからっぽの管やパイプになっている事を想像する。どこかの著者から、水や石油のように文字や図版、原稿がやってくるのを、誰かに届くように自分の中を通して、印刷ができるようにデータの体裁をそろえたり、レイアウトしたりする事しかできない。
時には自分の考えと異なる原稿や、どう見ても面白くないな、という原稿が届くときもある。けれどもここで自分がその原稿をつまらないからと、つまらせてしまうのでは自分の職場では、編集者とは言えない。詰まらせてもいいかもしれないが、そういう事を繰り返しているとクビになってしまい、ご飯が食べられなくなってしまう。
だからそういうときは、自分が管やパイプになっている姿を思う、いい物も悪い物も兎に角、通さなければいけない。どうしようもないものが通るときは、自分は下水のパイプだと思う。汚い物が、からっぽの中を通り過ぎる事をイメージする。つまらせると自分の所にたまってしまうのだ。
時々、面白い原稿や、興味深い原稿が届く事もある。そういうときは夏の庭に、キラキラした水を撒いているホースの事を思う。できるだけ遠くへ、できるだけたくさんの草花へこの水が届くように、とホースをなるべく高い空に掲げる。筆者の言葉や文章が遠くたくさんの人へ届けられるように、自分もわくわくしながら、机にかじりついて編集作業を行う。
編集者というのは、中がからっぽの管やパイプのようなものだ、いやどんな仕事だってそうなのかもしれない。誰もが、自分が関わっているすべてをコントロールする事はできない。著者から原稿が来ないときは、自分がこの真っ白なページを全部書けてしまえればいいのに、と思う。著者のふりをして。
でも自分にはその資格と源泉がない。水が湧き出る場所や石油が湧き出る場所を自分の中に持っていない。源泉とは何だろう。本を書く人が持っている、誰かが望む知識や経験であったり、誰も望まなくても、どうしてもこれは伝えたいと湧き出てくる意欲のようなものだったりするのだろうか。
締め切りを守らない著者にも、「原稿はまだですか」とメールや電話、時には対面して、にこにこ平身低頭している。気持ちが卑屈にならないように管の事を思う。こういうことが、日頃繰り返されると、編集者の中で「良い著者」というものの意味が代わってくる。
なによりも、最良の著者というのは締め切りを守る著者、滅多にそういう事はないが、締め切り期限より前に、原稿を渡してくれる著者というのは本当に神様だ。原稿の良し悪しはその後になる。締め切りを守ってくれるならどんなつまらない文章や、偏った思想、間違った内容や、てにをはの怪しい文章でもいただけるなら、それは良い著者、ということになってしまう。
どんなにすばらしい内容でも、締め切りを超えて様々な部署に迷惑をかけ、あまつさえ発売日を延期させたりして、営業や書店をハラハラさせてしまう著者というのは編集者にとってはサソリや蛇よりも嫌な存在になってしまう。
ところが、本を読む側はまったく、そういう事は考慮しない。受け手にとってはやはり面白い本を書く人が神様だ。手塚治虫がどれだけ編集者を泣かせたり、怒らせたりしたか、という事は「火の鳥」や「ブラックジャック」を読む私たちにはあまり、というか全く関係のない事だろう。
編集者というのは、いつしか、いろいろをあきらめて、管になる事を受け入れて、それでも大好きな本や物語の世界にしがみついている。本当にいい物を作る著者がいたとしても、「締め切りを守れない」という、読者には本当はあまり関係のない、短い時間の幅でその著者を評価しては憎むようになってしまうこともある。本に関わる事が好きだから、面白くなくてもどんな原稿でもありがたくおし頂く。いつか出会える、キラキラした水の事を思って、体の中を人の文章を流し続ける。自分のなりわいを、編集業務を留める事はない。
けれど、なんだかそういう事が少し嫌になってきた。編集者と執筆者というのはどれだけ兼務できる物なのだろうか。自分が管でいるのを想像するのに飽きてきたので、自分の中に湧き出るものを探しにいこうかと思っている。湧き出る物を掘り出すのにも技術がいるのかもしれないし、もしかしたら技術は教えられても、湧き出る物のある場所というのは、結局は自分で探さなければならないものなのかもしれない。
今夜は書きたい事もみつからないので、投稿するのをスキップしようかと思ったが、それじゃあ、いつまでたっても原稿をよこさない、私が担当している著者とおんなじじゃないか、と思ったのでどうにかこうにか書ききってみた。締め切りギリギリなので、あの著者を怒る事もできない。
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