出産に立ち会って、そこで僕が目にしたものは感動的な新しい命の誕生というよりも
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記事:上田光俊(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「今から病院行ってくる」
とうとうこの時が来たと思った。医者からは「ちょっと早いかもしれませんね」とは言われてはいた。しかし、想像していたよりもその日が来るのは早かった。時間は24時を少し過ぎたくらいだったと思う。深夜だったので、僕と妻はタクシーを呼んでから、期待と不安と焦りを感じながら行先となる病院名を告げた。
そう。
僕たちに新しい家族が増えるのだ。
僕たちは結婚してから、すでに3年という月日を過ごしていた。前々から子供が欲しいという話しはしていたが、それほど焦っていたというわけではない。それでも、3年という時間が流れてしまうと、自然と「もうそろそろ……」という思いが湧いてきていたのも事実だった。僕たちにとっては結婚4年目にしてできた待望の赤ちゃんだったのだ。
「子宮口が開いてきていますね」
妊娠8か月を過ぎてからの検診で、妻は医者からそう告げられた。それまでの経過は順調で何の問題もなかったから、それもたいしたことではないだろうと軽く考えていた。しかし、子宮口が開いてきてしまっているので、あまり動くと早産になってしまう可能性があるという。今のところ胎児に問題はないが、できるだけ安静にしている必要があり、医者からは「あまり動かないように」と念を押されていた。それからは、妻に負担をかけないように、僕もできるだけ仕事を早く切り上げて家事をするように心がけた。予定日は9月末。臨月に入れば、いつ産まれてきても大丈夫ということだったから、なんとか8月いっぱいは乗り切らなければならなかった。
そして、9月20日。
予定日から10日も前の日のことだった。
その夜、妻は自分の身体に起きている異変に気付いていた。不規則ながらも微弱な痛みがあるという。この痛みがもし、規則的に訪れるようになって、その間隔が10分前後になるようだったら、病院に連絡してその日のうちに入院ということになるかもしれない。もうすぐその瞬間が訪れようとしていた。微弱な痛みは徐々に大きくなってきたらしく、その間隔も短くなってきている様子だった。23時を過ぎた頃、痛みの間隔が10分前後でくるようになってきたので、一度病院に連絡してみた。
「もうちょっと様子をみてください」
痛みを感じ始めた頃と比べると、かなり痛みが大きくなってきているのは明らかだったし、その間隔も短くなってきているというのに、まだ様子をみるのか……。僕は訝ったが、医者がそう言うのなら仕方がない。しばらく様子をみてみることにした。とりあえず、妻には横になって安静にしていてもらった方がいい。僕たちは静かにその時を待った。
「うぅぅ……」
隣で横になっている妻からうめき声が聞こえてくる。その声も徐々に大きくなってきた。もうこれ以上は待てない。再度病院に連絡してみる。
「わかりました。すぐに病院に来てください」
やっと病院からOKが出た。僕は急いでタクシーを呼んでから、事前に用意していた入院に必要な手荷物を持って妻と共に家を出た。自宅マンションから病院まではタクシーで約10分。病院に着いてから、まず検診を受け、そのまま分娩室に入った。僕はそれまで待合室で指示を待っていたが、その間中、今まで聞いたこともない妻のものとは思えないような激しいうめき声を聞いていた。
「ご主人、分娩室に入ってください」
僕は事前に出産に立ち会うということを病院側に伝えていた。僕は白衣を着て、手を消毒してから、分娩室に入った。僕たち夫婦にとっては初めての経験だった。僕が分娩室に入ったのが深夜の1時過ぎ。何もできない僕は、妻の手を握り「大丈夫、頑張って」と言うことしかできなかった。医者は「はい、いきまないでね。まだ、いきんじゃだめですよ」と言いながら、処置に当たっていた。
そして、とうとうその時が訪れた
「はい、もう出てくるよー」
その瞬間、分娩室内に「オギャー」という赤ちゃんの第一声が響き渡った。とても元気な鳴き声だった。産まれてきたのは女の子。僕たちの第一子となる女の子が産まれたのは深夜の2時半頃だった。子宮口が前々からかなり開いていたとはいえ、初産にしては約1時間半というかなりのスピード出産だった。勿論、赤ちゃんの誕生には感動したが、それよりも初産ということを全く感じさせない妻のスピード出産に驚いた。
それからも僕たちの間には、さらに2人の赤ちゃんができた。
経産婦ともなれば、2人目以降、出産に至るまでの時間は短くなる。とはいえ、妻は2人目は1時間程度、3人目は30分程度と、そのスピード出産にはさらに拍車がかかってきていて、正直僕はそれに舌を巻いた。今のところその予定はないが、もし、4人目が産まれることになったら、もしかしたら15分程度で出産に至るのではないだろうかとさえ思われた。
僕はこれで計3回の出産に立ち会ったことになるが、そこで目にした妻のスピード出産は、まるで職人技のような「この人だったら、仕事も早いし安心してまかせられる」という絶対的な信頼感を僕に抱かせた。もうその職人技を目のすることができないというのは非常に残念なのだが、僕は心の中で秘かに妻のことをこう呼んで尊敬している。
「出産の匠」と。
そして、こうも思っている。
「僕たちの大切な子供たちを産んでくれてありがとう。それにしても、やけに早かったね」
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