大人だって泣いてもいいんだよ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:久保明日香(ライティング・ゼミ日曜コース)
お腹がすいた。早く家に帰りたい。でも今週末までに終えなければならない仕事が山積みである。カタカタとパソコンを叩き続ける。時計を見ればもう21時を回っている。
昨今、ブラック企業がどうのこうの、働き方改革がどうのこうのとニュースで話題に上っているがうちの会社ではそんなことは関係ない。働かざる者、淘汰される。そんな環境で私は何とか生きのびている。
23時。流石にフロアに人が少なくなってきた。夜道も危ないしそろそろ帰ろう。明日の朝早く出勤し、続きをやろう。そう踏ん切りをつけた私はオフィスを出た。フロアにはうつろな目をしてパソコンをカタカタとしている人がまだ数人残っていた。
私は入社した時、実家から会社に通っていた。家に帰ればきちんと栄養バランスを考えて作られたご飯がいつも私を待っていた。帰る、食べる、お風呂に入る、寝る。これらが用意できている環境は本当にありがたかった。
次第にお金も溜まったため、自立を目指して1人暮らしを始めた。初めての1人暮らしは開放的でなんでも自分の思うがまま。最初はかなり自由奔放な生活を送っていた。好きなものを食べ、好きなテレビを見、好きな時間に寝ていた。忙しい部署に異動するまでは…。
突然告げられた異動。生活も一変した。朝から夜まで会社にいる。家に帰ってからは掃除、洗濯、ごみ出しなど時間を無駄なく使わなければ睡眠時間を確保するのも困難な状況だ。誰も助けてはくれない。
あたたかいお味噌汁が飲みたい。なんでこんなに一生懸命働いているんだろう…。そんなことを思いながら駅までの道をとぼとぼ歩く。人通りなんてない。
気付いたら泣いていた。目から涙があふれていた。どうして泣いているのかもわからない。周りに人もいないし、とりあえず泣いとくか、そう思っていた時、
「久保さん……?」
と後ろから声がした。
振り返ってみると、一つ先輩の営業課のNさんがそこにいた。
「購買課なのに遅いなー帰るの。毎日? 大変だ……って、え? 泣いてる? 大丈夫?」
しまった。私はとりあえず泣いていたのだった。しかし見られてしまった驚きから急に涙が止まった。
「大丈夫ですよ! 自分でもよくわからなくて。あはは。とりあえずゆっくり休みますね」
「いやいや、このまま、じゃあねって別れられないでしょ。久保さん、最寄り駅どこ?」
駅名を伝えると、どうやら先輩は隣の駅に住んでいるということだった。丁度我々の駅の間に深夜1時までやっている和食屋さんがあるから行かないかと誘われた。
家に帰っても食べるものもないし、今日は人恋しかったのだろう。いつもは家に早く帰りたい方だが今日は黙ってうなずく私がいた。
N先輩は私が入社し、各部署の研修を受けていた時に私に付いて営業のノウハウを教えてくれた、お世話になった先輩だ。その時も何度か相談に乗ってもらったことがあった。
今日はまだ木曜日。明日も朝早いのに私とばったり会ってしまったがために家に帰れなくなった先輩。なんだか申し訳なかった。
「ほら、温かい味噌汁でも飲んで元気出して……言いたくないなら無理に言わなくていいけど…話くらいなら聞けるよ?」
理由はよくわからないけど気付いたら泣いていたことを伝えると、先輩は“人は、心身のバランスが崩れると涙を流す”と教えてくれた。たとえ声が出なくても異変を訴える手段の一つとして涙を流すのだと。赤ん坊がまさに典型的なそれで、人に伝える手段、発散する手段がないから泣くのだ、と。それと同じことが大人にも言えるということだった。
「だから、自分で言うのも変だけどさ、俺が久保さんを発見して異変に気付いた。それだけで涙を流した意味はある。訴えが届いたんだよ。このまま誰にも遭遇していなかったらバランスが崩れたままで、もしかしたら急に明日、会社に来たくなくなっているかもしれなかったからね」
そう言ってものすごく優しい笑顔をこちらに向ける先輩。
その顔を見た時、先ほどまで止まっていた涙が再びあふれ出す。
「今日は、見なかったことにするから思いっきり泣けばいいんじゃない?」
そんな漫画やドラマに出てきそうな臭いセリフを口にした先輩。少し笑ってしまったが、お言葉に甘えて涙を流せるだけ流すことにした。
「涙を流すことは、リセットする効果もあるらしいよ」
人は成長し、少しずつできることが増えていく。その一方でできなくなることも増えた。小さな社会に所属して、空気を読みながら生きていかなければいけないので言いたいこともはっきりと言えない。
生まれたばかりの赤ん坊は何もできないように見えるが、大人ができない本能に従って動く=泣くことができる。
それは大人になっても実は同じ。生まれた時に備わっている本能がSOSを発信した時、赤ん坊の頃に立ち返って泣くのだろう。
このことを知っているだけで少し心に余裕ができた。辛い時、悲しい時、嬉しい時、自分自身に問いかけてみる。無になって歩いてみる。心の声に、本能に耳を傾ければきっと、精神状態がわかる。生まれた頃のまっさらな赤ん坊の心に立ち戻り、泣いてすべてを流してリセットして毎日を生きていきたい。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/zemi/40081
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。