嘘に花丸をもらった転校生
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記事:たいらまり(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ふとし君、誰にも言わないで!」
小学3年生の夏。
私の手には、半分に折れた棒がある。担任の先生が使う黒板指し。
同じクラスのふとし君を追いかけ回している時に折ってしまった。
ふとし君は、クラスのお調子者。下ネタを得意とし、ぽっちゃりとした顔はいつもニヤけている。今日は、体育の時間前、女子が着替えているところにやってきて、自分のパンツを見せて喜んでいた。こんな時、なぜか正義感がムラムラとする私は、キャーキャーと目を伏せる女子の先頭に立ち、ふとし君を追いかけ回していた。教壇に置いてあった棒を握りしめて。
ちょっとした事故だった。本当にふとし君をこの棒で叩くつもりもなかったし、手に握ったのも、たまたまそこにあったから。廊下までふとし君を追い詰め、振り上げた時に水道の溝に引っかかり、真っ二つに折れてしまった。
「誰にも言わないで!」
頭で考えるより言葉が先に出た。ふとし君の表情は急にニヤけ顔から真顔になり、そして何も言わずに教室に戻っていった。周囲には、棒が折れた瞬間を見ていた人は他にいないようだ。ほっとした反面、ふとし君の真顔を意味を、どう理解していいのか分からず、不安で仕方なかった。折れた棒は、そのままそっと教壇に戻した。元々折れてたよね、と暗示をかけて。
「この棒を折ったのは誰ですか?」
帰りの会。担任の先生は静かにクラスの生徒全員に問いかけた。クラス中、シーンとしている。左斜め前に見えるふとし君が気になる。
「全員、目を閉じてください。そしてもう一度聞きます。この棒を折った人、または、棒を折った人を知っている人は手を挙げてください」
私は手を挙げなかった。
「このクラスにはいないのですね。分かりました」
ふとし君も挙げなかったらしい。
「もし、今、正直に言えなかった人が、ここに居るならば、後でいいから職員室にきなさい。折ったことを怒るのではありません。嘘をついて隠すことがいけないのです」
先生は先生らしく、真っ当な言葉で締めくくった。
私は、罪の意識を感じつつも、職員室に行くことができずにいた。ふとし君ともこの日を境に一切話をしなくなった。
その日から、ふとし君を見る度に、教壇を見る度に、先生を見る度に、チクリ、チクリと針を刺すように心が痛かった。日が経てば、ふとし君も先生もクラスのみんなも忘れる、私も忘れて何もなかったことになる、そう思っていた。それなのに、針の痛みはミシンに変わり、連続で心を刺してくる。一度ついた嘘を告白することもできず、そのまま痛い夏が終わった。
「転勤が決まった。また小学校変わるよ。ごめんなあ」
12月が始まったばかりの朝、父から報告があった。冬休みの間で引越しをするらしい。三学期からは別の小学校。次の小学校で3つ目か。
転校には慣れてきていたので悲しくはなかった。むしろ、転校生ということで嫌な思いをすることが多かったので、離れられる安堵感の方が大きかったような気もする。それに、今の小学校では「棒折り事件」の罪を隠したままだ。引越しをしたら解放される! そう思うと早く転校したくて仕方なかった。
早速、母が学校に来て担任の先生に事情を話す。
「そうですか。寂しくなりますね。せっかくみんなと仲良くなったのにね」
先生の言葉が胸に痛い。
「素直で明るく、クラスのみんなと過ごしていましたよ」
私が棒を折った犯人です。
「まりちゃんは明るいから、新しい学校でもお友達がたくさんできるでしょうね」
ふとし君にも口止めをした悪い女です。
「新しい学校でも頑張ってね。冬休みに入るまで、楽しみましょう」
一生、先生を欺いて生きていくつもりです。
翌日の朝の会で、先生からクラスのみんなにも報告があった。
「まりちゃんが、今学期で転校になります」
「えー! 」と、みんながわざとらしく驚く。
「みなさん、残りの日々を仲良く大切に過ごしてくださいね」
ふとし君はどう思っている? みんなを見るフリをしながら、私の意識はふとし君にしか向いていなかった。ふとし君は真顔だった。私に口止めされた、あの日の顔のまま私をじっと見ていた。
もう、胸の痛みに耐えられなくなった。
日記と漢字、そして自由課題を一つ行い、毎日先生に提出する学習ノート。転校前の最後の登校日、私は日記に「棒折り事件の罪」を告白した。自分が折りました、正直に言えなくてごめんなさい、と全てを書いて。朝の会で学習ノートを提出してからは、先生にいつか呼ばれると、覚悟してずっとうつむいていた。クラスのみんなは、転校が寂しくて悲しんでいると都合よく勘違いしてくれた。しかし、結局、最後まで私が先生に呼ばれることはなく、帰りの会で形式的にクラスのみんなに別れを伝え、この小学校での生活終わった。
最後の最後で先生にも愛想尽かされたな、そう思った。クラスのみんなは、明日から始まる冬休みに浮足立ち、次々と教室を出て行く。転校する私との別れを名残惜しむ人なんていない。そうだよね、棒折り事件の犯人なんか居なくていいよね。嘘つきな上に卑屈になってしまった私は、謝罪した日記のページを破り捨てようと思い、学習ノートを開いた。すると、私が書いた告白文の上には、大きな大きな花丸が書かれていた。そして、赤ペンで丁寧にメッセージも書かれている。
“正直に話してくれてありがとう。実は、あの後、ふとし君が職員室に来て、僕が折ったと話してくれました。まりちゃんと遊んでいてぶつかった時に折れたと言っていました。今日が最後の日です。ふとし君とちゃんとお別れして帰りましょうね。次の小学校でも頑張って下さい”
ふとし君……。ちゃんと、ごめんなさいとありがとうを言わなくちゃ……。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、人もまばらになった教室を見渡す。ふとし君が教室の隅から、いつものニヤけた顔で私を見ていた。
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