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「不器用な私が珈琲を淹れ続けるたった一つの理由」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中川公太(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
私は自慢じゃないが不器用だ。
 
小学生の頃からいろんな習い事をならってきたけれど全て続けられたことがない。
その癖、好奇心だけは妙に旺盛なせいで人が何かやっているとウズウズしてきて、首を突っ込んでは辞めての繰り返しだった。
 
そんな私が性懲りもなく、ただの純粋な興味本位のまま喫茶店で働き始めたら、案の定の日々だった。
 
ある日、店長が珈琲の淹れ方を見せてくれた。
「これで私も珈琲が淹れられるようになる!」
と興奮気味に喜んでいた私は、完全に甘かった。
 
見様見真似で淹れてみる。
 
「んー、まだまだだね」
 
確かに、淹れている最中から違った。粉の膨らみ具合、お湯の量、早さ、全て違った。
 
しかし、なぜ違うかが全く分からなかった。そこから先は地獄だった。出来るようにならなければと家で練習するが、本当に分からない。
 
何杯も何十杯も淹れた、半ばヤケクソ気味になるも、結果は変わらなかった。
「んーまぁまぁかな」
店長が呆れ気味に言葉を投げたように感じた。
 
まだ駄目なんだ……。もはや何がまぁまぁなのかも分かっていなかった。
 
そうこうしているうちに、周りはどんどんできるようになっていくのに、私はすっかりおいてけぼりだった。すると焦りが出てくる。
 
「どうしよう……、もっと頑張らないと」
 
頭がその言葉で一杯になり、息が浅くなる。周りがどんどん見えなくなっていく。
人間は面白いもので、焦るとあっという間に視野が狭くなる。
気付けば、一つの動作、一つの作業に集中し過ぎて他が全て疎かになってしまう。
 
チンタラやっている私を観て店長も呆れたのか。
 
「……遅い」と言い始める。
 
そうすると、益々私は力み始める。
脳みそはチンチンに湯だってきて、無駄な力がドンドン入ってくる。気付いた時にはすでに遅く、できていたこともできなくなっていった。体力以前に気力を空費してしまい、うまく眠れない日々が何日も続いた。
 
そんなある日のこと、耐えきれなくなった私は、
「……もう辞めます」
と言ってしまった。
 
それから辞めるまでの一カ月間、完全に負け犬の気分に浸りながら、先のことを考えることもできず、ただただ日々を浪費していた。
 
辞める最後の日の最後の時間、仕込みのためのピクルスを作るために、パプリカを切っていた時だった、胸に鋭い痛みが刺した。
 
「何だろう?胸が苦しい……」
 
なんとか仕事をこなすが、咳が止まらない。
 
時間になり、カウンターで少し休んでいると痛みは強くなり、胸を下から突き上げるようになっていた。
 
「大丈夫か?」
そう言った店長が掛ける言葉も、冷やかに感じた
 
「……大丈夫です、ちょっと今から病院に行ってきます、お疲れさまでした」
そう言って無様に立って、近くの病院まで歩いて行った。
 
診察を待つ間も痛みは酷くなるばかりだった。
いざ診察を受けると、肺に穴が開いていた。
 
即日入院となったが、治療を受ける間、折れた心は何も感じることができずにいた。
 
治療を終えて、呆然と天井を見上げていた。
しばらくして、店長が見舞いに来た。
 
「……大丈夫か?」
 
「……すいません……すいません……」
 
涙が溢れたが、なんで自分が泣いているのかも、もう分からなかった。
 
退院して、それからしばらく後、私はとりあえず働いてとりあえず生きていた。自分の行く道を見失ったまま、それでも珈琲だけは淹れていた。
 
その間、店長は当時の店を閉め、新しく自分の店を持つようになっていたが、私は何も変わらないまま、無為に時間を過ごしていた。
 
ある日、学童保育で人手を探しているという話が来た。
 
何をやったら良いのか分からなくなっていた私は、何でも良いからやろうと思い、そこで働くことに決めた。
 
剥き出しのエネルギーをぶつけてくる子どもの心と接する日々は、ある種の緊張感の連続だったが、その熱量に当てられながら徐々に気力を取り戻していった。
 
ある日オーナーから、地域の人が集まれるような場所として、カフェのような機能があったら良いなという話をされた。
 
私は、やってみましょうと言った。
 
最初は珈琲だけ出していた。
美味しいと言ってくれたが、自信がなかった私は、それでも家に帰っては、考えて、調べて、試すということをやっていた。
 
それでももっと来てほしいと思っていた。
 
ある日、まかない代わりに自分で作っていたお昼を、オーナーと食べていたら、それを観た常連さんが食べたいというので、500円で出した。
 
美味しいと言って喜んでくれた。そうこうしているうちに私の強引さで週替わりのランチを出すことになり、毎週必死でネタを考えて、出すようになった。
 
毎日珈琲を淹れて、料理を作り、子どもやその親御さんと接していた。
どうやったら皆が喜んでくれるだろうか、そればかり考えていた。
気付けばいろんな人達と顔見知りになり、料理や珈琲も美味しいとは言ってもらえたが、それでも何か違和感があった。
 
そこでようやく気付いた。
 
私に足りなかったことは、「自覚」だった。
 
上司、お客さん、子ども、自分、全てを受け入れて、尚足りないものを克服していくという、そんな当たり前の自覚が圧倒的に欠けていた。珈琲の味以前の問題だった。
 
そのことに幾分か意識的になった頃、自分でも納得のいく珈琲を淹れられるようになっていた。かつて店長が淹れてくれた一杯がそこにはあった。
 
今も私はできないことだらけで、それでも珈琲を淹れ続けている。
もっと多くのものを引き受けられるようになるために。
 
 
***

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2017-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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