わたしたちのまち
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記事:木佐美乃里(ライティング・ゼミ平日コース)
「久しぶり、卒業式の時以来だね。元気だった? 美乃里、ぜんぜん変わらないね」
京都駅で待ち合わせた彼女に、わたしはすぐには気づかなかった。数年前は、同じような大学生だったはずなのに、目の前に立つ彼女は、赤い口紅に、レトロなワンピースがとてもよく似合っていた。
「華ちゃんは、わたしの知っていた華ちゃんとはぜんぜん違う人みたい」
わたしはそう思ったけれど、口には出せず、あいまいに笑った。
わたしたちは、同じ学部のゼミに所属していた。共通点はあまりなかったけれど、不思議と気が合って、卒論のテーマや、卒業したらどんな仕事がしたいか、恋人についてなど、いつも話は尽きることがなかった。
卒業して彼女は東京に、わたしは地元の福岡にと離れてしまったため、卒業以来、直接会って話すことはなかった。それが、わたしが京都に戻ってきたのをきっかけに、また会おうということになったのだった。
彼女のリクエストで、二人でよく通っていた喫茶店に行くことにした。
観光客で混み合うバスに乗ってお店まで向かう道すがら、いま住んでいるところ、ついている仕事について、彼女がぽつぽつと話すのを聞きながら、自分の置かれている環境との違いに、いっそう彼女が遠い存在になってしまったように感じた。
それが、いつもの喫茶店の席についた途端。
「それがね。聞いてよ、美乃里」
まだ注文もしていないどころか、メニューもお水も来ていないのに。急にヒートアップする口調、くるくる変わる表情、くしゃくしゃになって目がなくなる笑顔。そうだった、華ちゃんってこうだった、と思い出した。さっきまでよそよそしく感じていた自分がおかしくなって、変なタイミングで笑ってしまう。
「ちょっと、美乃里。聞いてるの?」
聞いてる、聞いてる、と笑いながら思い出したのは、京都に帰ってきてすぐの頃のことだった。
わたしにとって、京都は青春の象徴だった。
初めての一人暮らし、観光客であふれる春と秋、一日中だらだらすること、鴨川の河川敷、単位、友達と朝まで飲むこと、アルバイト、暑すぎる夏と寒すぎる冬、恋人と夜明けのまちを散歩すること、将来への希望と不安、失恋。初めてのことがいっぱいに詰まった特別なまちだった。
大学を卒業して、一度は地元に帰ったけれど、やっぱり京都が忘れられなくて、戻ってきた。
はじめは、変わってしまったところばかりが目についた。いつも笑顔で接客してくれるおばさんがいた古ぼけたスーパーは、きれいなホテルに立て替わっていた。お気に入りだったパン屋さんは閉店していて、違うお店になっていた。友達と授業をさぼって鴨川でお昼にパンをほおばって、トンビに狙われた思い出まで台無しになったような気がした。ここはわたしの京都ではないと感じた。あの頃一緒に過ごしたひとたちはみな就職や進学で、京都を離れていた。わたしはとてもとても京都が好きだと思っていたけれど、それは違ったのかもしれない。あの頃あのひとたちと過ごした時間が特別で大切な思い出で、それにしがみついていただけなのかもしれない。
それでも日々は続き、わたしはこのまちで仕事をして、暮らしていかなければならない。あるとき大きな失敗をして、先輩にもひどく叱られ、落ち込んだわたしは鴨川の河川敷に座りこんだ。流れる川を見つめていると、不思議と気持ちが晴れた。川の向こうに大文字山が見えて、大学時代にも落ち込むことがあると、この河川敷にきていたことを思い出した。何もかも変わってしまったと思ったけれど、山も川も変わらずここにあって、わたしを見守っていてくれていたのだと気づいた。
先輩や同期に誘われ出歩くうちに、前には知らなかった新しい場所や楽しみを見つけた。あの頃の仲間はもういまここにはいないけれど、新たなひとたちとつながり、一緒に過ごすうちに、もう来なければよかったと思った京都は、またわたしの居場所になっていた。
日が暮れるまで、華ちゃんとたくさん話をして、京都駅まで見送りに行った。
「さっきは言わなかったけど、華ちゃん、すごく大人っぽくてきれいになったね」
わたしがそういうと、彼女はきょとんとした顔をしてからほほえんで、
「美乃里は変わらないけど、そこが安心するんだよね」と答えた。
彼女はきっとこれからもどんどんきれいになるだろう。けれど、きっと頭の回転のよさや思ったことをすぐに言ってしまうところ、表情豊かでユーモアにあふれているところは変わらないに違いない。次に会ったとき、きっとまたその変化にはっとして、変わらないところに安堵して、さらに彼女が好きになるだろう。その間にも、わたしたちは何度か住むところが変わるかもしれない。そのまちが好きになったり、嫌いになったり、また改めて恋をしたり。それでもきっとそのまちは、わたしたちに好かれたり嫌われたりしていることを気にもとめずに、やさしく見守っていてくれるはずだ。
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