白黒の世界に言葉で色を塗るということ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:NORIMAKI(ライティング・ゼミ 平日コース)
いまライティング・ゼミで書くことを学びながら、日々言葉を絞り出している。そもそも、わたしたちは毎日なにげなく言葉を使って会話をし、無意識に読み書きをしてコミュニケーションを取っているけれど、これっていったいぜんたい何をやっているのだろう。そのことについて少し考えてみたい。
当然だけど、生まれながらに言葉を操れる人はひとりもいない。赤ちゃんにとっては、泣くことが言葉みたいなもので、それで必死に、母親をはじめとした周りの人とのコミュニケーションを取ろうとする。「おなかがすいた」でも「うんちがでた」でも「おぎゃー」と泣けば、お母さんがおっぱいをくれるし、オムツを替えてくれる。泣くことによってたいていの欲求は満たされるから、はたらきとしては言葉と同じだろう。でもまだ、「お寿司が食べたい」みたいな複雑なことは伝えられない。
そんな赤ちゃんでも、成長してくるにつれて、段々と「あーあー」とか、泣き声ではない音を発するようになり、そのうち「ママ」と言ったり、「マンマ」と言ったりするようになる。そうやって、「お母さんに来てほしい時にはママと言えばいい」とか、「ごはんを食べたいときにはマンマと言えばいい」ということを覚えていき、その積み重ねで、ついには会話ができるようになっていく。そのうち、「サビ抜きがいい」とか、そういうことまで言えるようになる。
このプロセスは塗り絵みたいだ。言葉を足していくことで、白黒の世界には色がついて、彩りが与えられていく。
大人の世界は、みんなの言葉が幾重にも塗り重ねられてできた絵のあつまりだ。そのおかげでわたしたちの暮らしが成り立っている。
たとえばカレンダー。言葉がない世界では、元々1年の流れに切れ目はないけど、1から12に分けて切れ目を入れることで、一つひとつが際立って色彩が豊かになる。8月と言われると、「海」「スイカ」「ヤバイ、宿題終わってない……」なんてイメージが浮かび上がってくるし、12月になれば、「もう少しで今年も終わりだな」と思ったり、「行く年来る年」の「ボーン」という除夜の鐘が聴こえてきそうになったりする。こうやってわたしたちは時間の流れを感じることができる。
あるいは都道府県。都道府県がなかったら、「ケンミンショー」とか「ご当地グルメ」は流行らない。旅行で県境に来ると、土の上に線が引かれているわけでもないのに、「せーのっ!」ってジャンプをしてまたいで盛り上がるのも、都道府県の区切りがあるおかげだ。どこに行っても、山があって、川があって、田んぼがあって、という同じような日本の「ふるさと」の風景は、都道府県という絵を描くことによって、たちまちカラフルになる。
音楽でいえば、ドレミファソラシドの音階もそうだ。音の高さにも切れ目はないけど、音階を区切ることで、みんなで演奏することができるようになったし、パソコンで音楽をつくることもできるようになった。さらには、ドミソ、ファラド、ソシレ、ドミソっていうふうに音を重ねて和音をつくり、それを続けて奏でることでハーモニーが生まれた。
外国語に目を向けると、そこにはまた新たな発見がある。たとえば、「お湯」は日本語では「お湯」だけど、英語では「ホットウォーター」。「あたたかい水」となる。「お湯」という言い方はない。これは日本語と英語では見えている絵が違うということじゃないか。英語の世界には、「お湯」という世界が見えていない。反対に、日本語の世界では、「あたたかい水」というイメージがどうもうまくとらえられない。
虹の色の数も、文化によって違うみたいだ。ふつうわたしたちは、「虹は七色」って覚えているけど、あるアジアの村では、「虹は暗い色と明るい色の二色でできている」って考えている人たちもいるらしい。このように、外国語を学ぶと、違った色の塗り絵の世界に自在に入り込んでいくことができる。
こうやって考えてくると、言葉によるコミュニケーションとは、お互いの塗り絵ごっこなんじゃないかと思えてくる。「○○ちゃんの絵見せて」「いいよ」「ここはピンクにしていい?」「むらさきにしない?」そんなやりとりを幾年も続けながら、これまでみんながつくってきた塗り絵に、横から参加させてもらって、少しだけ自分の色を足していく。そうするとまた新しい絵が生まれて、昨日とはちょっとだけ違った新しい世界がつくられていく。そうだ、言葉を紡ぐってことは、新しい明日を創造していることなのだ。どこを何色に塗っていくかは自分次第。明日どんな絵が描かれるかは明日になってみないとわからない。でも、それが文章を書くということ、もっと大げさにいえば、生きていくということのおもしろさなのかもしれない。
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