私の職場の支配者は、おっちょこちょいの派遣さん
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記事:Okami Chie(ライティング・ゼミ日曜コース)
「お電話ありがとうございます」
朝9時5分。
始業間もなくまだ静かなフロアにセイちゃんの元気な声が響き渡る。
今日も、朝一番の電話を取ったのはセイちゃんだった。
私の職場にセイちゃんという派遣さんが来たのは去年の6月だ。
セイちゃんは仕事があまり得意ではない。
頼まれると焦ってしまうのか、ついついのケアレスミスは日常茶飯事なので、数字や固有名詞のチェックはかかせない。
仕事自体は好きらしく、いくつも仕事を引き受けてしまうのだが、そうすると頭がいっぱいになり、沸騰してしまう。
典型的な頑張り屋さんかつおっちょこちょいさんと言えるだろう。
正直、仕事をお願いするのは心配だったりもするし、こちらの負担がかえって増えているのではないかと感じてしまうことすらある。
それでも、職場の派遣さんが次々に入れ替わっていく中、セイちゃんだけは今でも同じポジションに君臨している。職場を支配していると言っても過言ではない。
その理由は明確で、誰もがセイちゃんに頼ってしまう、ある能力を持っているからだ。
そう、電話対応である。
電話対応が苦手だという人は少なくないのではないだろうか。
電話はいつかかってくるかわからない。至急のメールを書いているときだったりもするし、締め切り間近の資料を作成しているときだったりすることもある。
突然鳴り響くコール。誰からだろう。どんな用件だろう。一瞬にして頭の中が、目の前の仕事から電話へと塗り替えられる。
基本的に、いい電話というものはかかってこない。
「この間の仕事良かったですよ~ありがとうございます」
というお礼の電話はまずない。
「おたくの商品素晴らしいですね~いつも使っています」
というお褒めの電話はもっとない。
わざわざ電話をかけてくるということは、何か問題があってのことが大半なのである。
経験からそれを知ってしまっている以上、面倒なことになるというのがインプットされているため、電話のコールを聞くだけで緊張が走ってしまう。
特に私の部署は技術系であるため、営業と違って寡黙で口下手な人が多く(完全な偏見である)、多くの人が電話を敬遠するため、電話が鳴ると空気がピリッとなる気がする。
既存のお抱え案件の場合は個人の携帯電話にかかってくるため、固定の代表電話にかかってくるのはだいたいがクレームという背景もある。
そんな私達が苦手とする電話対応を、セイちゃんは誰よりも得意としていた。
電話に対する恐怖心というものは一切ないらしく、どんなクレーム対応であっても臆することはなく、興奮してかけてきた相手を落ち着かせ、納得してもらって円満解決へと導いた。
一体何が私達と違うのだろうかと思い、セイちゃんの電話対応をじっくり聞いて文字起ししたことがあるが、結局謎は解明されなかった。
なぜなら、文字だけ見ると普通の内容なのである。言っている内容は一貫して同じで、相手への同調とこちらからの主張のみ。
相手が言ったことは否定せず(もちろんできないことはできないと言うが)、そのうえでこちらの事情も伝える。
そもそも、セイちゃんが電話で何かを判断することはないため、決められた対応方針に従っているだけだ。
答え(=対応方針)は同じなので、誰が対応しても同じ結果になるはずなのだが、セイちゃんが対応すると答え通りになり、別の誰かが対応すると拗れた結果となってしまうことがある。
この違いは何なのだ! 誰もがその疑問を抱きつつ、解明されないまま、電話対応はセイちゃん一番という風潮となり、次第にセイちゃん以外の人が電話対応を行うことはほぼなくなっていた。
完全に、セイちゃんの独壇場である。もう、私達はセイちゃんなしでは仕事ができない状態だ。
ところが、思いがけず私はその疑問を解決してしまう。
夏休みにツアーで旅行に出かけた時のことだ。出発ギリギリになって、行程で気になることができた。時間が合わない気がしたのだ。
旅行代理店に問い合わせをしたのだが、なかなか電話が繋がらない。出発時間は迫っていて、私のハラハラは高まっていた。
ようやく繋がったとき、早口に状況の説明と気になる点の質問をしたのだが、明確な答えはもらえず、不安なまま旅行に行き、案の定気にしていたポイントで問題が起きた。
だからあの時聞いたのに! と、腹を立てたという話をセイちゃんにした。
セイちゃんは、そうですよね、それは酷いですよね、と、これまた文字にしたら何てことない慰めの言葉をかけてくれただけだったのだが、不思議と心が落ち着いた。セイちゃんの話し方と声には、人を落ち着かせる効果があるのだ。
確かに、セイちゃん以外の人の電話対応では、声に緊張感がある。その緊張は相手にも伝わり、相手の不安を余計にあおることはあっても解消することはないだろう。
私が問い合わせをした旅行代理店の担当者も、声に緊張感があったように思う。おそらく、私が急いでいることもわかるし、すぐに答えが出せないという状況からハラハラしていたのだろう。
セイちゃんと話すと不安がなくなる。不安がなくなると落ち着く。落ち着くと相手(セイちゃん)の話を受け入れられる。
なるほど、そういうことかと一人納得した私であったが、それをわかったところで簡単には真似できない。
まだしばらくセイちゃんの職場支配は続くことになるなと、朝一の電話を笑顔で置いたセイちゃんを眺めながら、心の中で呟いた。
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