メディアグランプリ

トリプルアクセルを飛べない少年は


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記事:さつき(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 フィギュアスケートを見るのが趣味なんです。よくすべる氷の上で難度の高い演技をするので、どんなにうまい人でもジャンプが毎回全部成功するとは限らない、同じ演技は2度と見られない。だけどうまくいったとき、奇跡のような美しい演技がそこに現れます。そんなところが好きなんです。
アイスショーもいいですが、特に試合の緊張感が好きで。
 トップ選手はそれは素敵ですけども、地方予選とか、ジュニアの試合を見るようになると「ハマり」ますよ。高いレベルのジャンプは飛べなくても、美しい選手、素敵な選手はたくさんいますし、みんな個性が違って。日本人って「自分なんか」って謙遜しがちじゃないですか。氷の上ではみんなそれを捨てて、個性や得意な技を思いっきりジャッジや観客に向かってアピールしているのが、すがすがしいんです。試合でその選手が初めてジャンプに成功した瞬間とか見ちゃうと、もうたまりませんよ。そうやって見つけたお気に入りの選手が、成長していくのを見るのが何よりも楽しみです。
 
 3、4年前に、男子ジュニアですごく応援している選手がいたんです。滑る姿が美しくて、表現力があって。氷の上では堂々としているのに、インタビューを受けるときはとても恥ずかしがり屋さんで、そんなところも良くてね。国内のジュニア選手では有数の実績を持っていたのですが、その一面、実は当時「あいつはもう終わっている」と公言する人たちも、少なからずいたのです。
 フィギュアの華はやはりジャンプです。フィギュアスケートには6種類のジャンプがあって、その飛び方で何回転するかで例えば「ダブルトウループ」とか「4回転ルッツ」、そういう風に呼ばれます。
男子選手がトップクラスになるには、トリプルアクセル、浅田真央ちゃんの代名詞のあのジャンプが飛べなければならないのですが、彼は練習を始めてから5年たっても飛べなかったんです。演技の見せ場でもあり、試合では大きな得点源でもあるこのジャンプが飛べなければ、一流とは言えない。点数が伸びず、ジュニアではよくてもシニアになれば試合では勝てないだろう。彼を否定する人の言い分も、決して根も葉もない中傷というわけではありませんでした。
上質なステップやスピンは持っている、華があって人気もある、でも一つのジャンプだけが、どうしても飛べない。
それこそ浅田真央ちゃんにコツを聞きに行ったり、ジャンプの専門コーチの指導を受けに海外まで行ったり。
しまいには、毎日100回飛んでいたそうです。泣きながら。
でも、5年たっても飛べなかった。5年って、ジュニアの選手にとっては、永遠にも思える時間だったことでしょう。
 
その選手、どうなったと思いますか? 
 
6年目に、先輩の選手が、3回転のトウループはすごく綺麗だから、それなら4回転も飛べるんじゃないか? と言ったそうなんです。そこで4回転トウループを練習してみたら。
なんと数週間で、試合に出せるレベルで飛べたっていうんです。
男子ジュニアのトップ選手はトリプルアクセルは皆飛べますが、当時4回転を飛べるのは、世界でも片手にも満たない数しかいませんでした。「終わっている」立場から、一気に世界のトップランナーに躍り出たわけです。
プレッシャーが無くなったせいか、その後さらに2月ぐらいで、トリプルアクセルも飛べるようになったそうです。「後から振り返ってみても、原因はわからない。飛べないというプレッシャーしか考えられない」と言っていましたね。
 
それからは、強かったです。その年にジュニアグランプリファイナルで優勝、シニアの選手と戦う全日本選手権で2位、ジュニア世界選手権も優勝。今や世界選手権の銀メダリストで、世界で初めて4回転フリップジャンプに成功しました。昌磨がジャンプで世界一になる日が来るなんてね。
そう、宇野昌磨君のことなんです。平昌オリンピックでも活躍してくれそうで、今からもうわくわくしています。
華やかな容姿で、若いうちから注目されて……ということからは想像もできない苦闘の歴史が、彼にはあったんです。
 
仕事でも家庭のことでも、うまくいかないことなんて、たくさんあるじゃないですか。頑張っても頑張ってももう手段が見つからない、それぐらい何かに行き詰まったら、昌磨のトリプルアクセル、って心の中で唱えるんですよ。これが飛べたら、きっともう一段階上に行ける、昌磨だって飛んだ、って。諦めたら終わり、でも続ける限り可能性はあると、昌磨が教えてくれたんです。そして、乗り越えた先には新しい可能性が待っている、って。
すっかり19歳に、人生教えられちゃってますけど。
 
今年は近場では試合もアイスショーもないんですが、グランプリファイナルのチケットが一枚だけとれたんです。名古屋の。
昌磨を応援しに、初めて名古屋に行ってきます。トリプルアクセルを飛べなかった昌磨も、今の昌磨も大ファンですから。
 
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2017-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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