巷にはエイリアンがいる
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記事:下山員須子(ライティングゼミ平日コース)
巷にはエイリアンなる生き物が生息している。
世の女性を虜にしてしまうという超能力を持っているようだ。虜になってしまった女性は、そのエイリアンに身も心も捧げる。
言葉なんて通じない。自分の思い通りにならなければ、泣き叫んででも言うことを聞かそうとする生き物だ。自分一人では生きられず、女性に寄生する。その女性から栄養をとり、身の回りの世話までさせる。ひとりの女性を自分の意のままに動かそうとする、不遜な生き物なのだ。
私は絶対にエイリアンには屈服しないぞ。そんな超能力は私には効かないのだ。だって、私はエイリアンが大っ嫌いだから。
けれど、姉がエイリアンの虜になってしまった。姉は、その超能力にやられてしまった。何を血迷ったのか、エイリアンをその身に宿したのだ。
わかっているのだろうか? エイリアンが出てきてしまったら、もう逃げられない。身も心も拘束されて自由がなくなることを。
自由がなくなるのですぞ! 自分のペースで生活できない辛さなんて、想像もできない。常にエイリアンのために生きる。時間も体力も心も、すべて捧げなくてはならないということですぞ!
エイリアンが体内にいる時は大変だ。食べ物を体が受け付けなくなる時期があるのだ。エイリアンと言う異物を体内に持っているせいだろう。ひどくなると、水すら、体が受け付けなくなってしまう。入院する羽目になる人もいるぐらいなのだ。
全く、姉はなんて酔狂なことをしでかしたものか。
まぁ、それでも見舞いとやらにはいかなくてはならない。
エイリアンが、とうとうこの世に出てきたのだ。
病室に入ると一番に見えたのは姉のやつれた顔。無理もない、鼻の穴からスイカを出すぐらい痛いと言われている激痛に耐えたのだから。考えただけでも恐ろしい。というか、物理的に無理だろう。なんだその例えは。全く参考にならない。
とりあえず、姉のベッドの横に置いてある小さな透明のケースのそばに行く。そこには例のエイリアンがいるのだ。出てきたてのエイリアンは、青白く皺くちゃで、泣くと瞼が破裂せんばかりに膨らむのだそうだ。泣くと顔が赤くなるから赤ちゃんと呼ばれるらしい。
透明のケースの側面からエイリアンの一部らしきものが見える。足だ。長く水につかっていたかのように、しわしわだ。
小さいな。
標準よりも大きいサイズで出てきたと聞いていたが、あれで、大きいほうなのか?
私の予想より、エイリアンは小さい生き物なのかもしれない。頭の直径が10センチ以下なのだそうだ。ということは、巷で見るエイリアンは、かなり成長しているということか。なんとも、短期間でずいぶん大きくなるものなのだな。さすがエイリアンである。驚異の成長力を持っているのだ。
おそるおそる透明ケースを覗き込む。
生まれたてのエイリアンとのファーストコンタクトだ。巷のエイリアンはすでにある程度大きくなっている。ここまで小さいエイリアンに遭遇する機会など、そうそうないのである。
ここは慎重にいかねばならない。
どんな超能力で攻撃してくるのか、想像がつかない。エイリアンは、小さければ小さいほど攻撃の威力は大きいらしい。
なんということか! 予想以上の衝撃! 月並みな表現だが、雷に打たれたかのように全身に衝撃が走った。
かわいい!
なんだこのかわいい生き物は! 皺くちゃで、髪の毛も薄く、皮膚はカサカサで、脱皮の途中の様に顔の周りからむけてきていて、かわいい!
おかしい。
どう見ても、一般的にかわいいとされている形容がされることのない外見なのに、なんだこのかわいい生き物は!
そのエイリアンは、指一本触れずに、私の心を虜にしたのだ。うかつにも触れてしまうと、脳をいじられて、心から離れなくなってしまうかもしれない。
こんな状態で、抱っこなどしようものなら、私の身も心も陥落するのは目に見えている。抱っこしてはいけない。
おかしい。エイリアンの超能力は私には効ないと思っていたのに。私はエイリアンが大っ嫌いだったはずなのに。
心ではダメだと思いつつも、手が伸びてしまう。この小さなエイリアンに触れてしまう。そして、ついに抱き上げてしまった。
「ああ! 私も欲しい!」
そして、私の体にもエイリアンが宿る。
今度は内側から、私から栄養をとりながら、少しづつ大きくなりながら、どんどん私を虜にしていく。
あぁ。すべてあのファーストコンタクトが、私の人生を変えてしまった。
エイリアン嫌いの私だけでなく、エイリアン好きの夫の人生をも。
何より、あのエイリアンのおかげで、私の愛しいエイリアンたちも、この世に生を受けることができたのだ。
しょうがない。ここらでちょっと、礼でも言っておくか。私のかわいいエイリアンに。
生まれてきてくれてありがとうね。はじめて言うけど、愛してるよ。
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