彼と過ごした時間があったからこそ、伝えたいことができた。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:小濱江里子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「あなたのことが好きです」
あと先なんて考えていられなかった。彼の教室の隣に面した廊下に来てもらって、溢れ出した想いを伝えた。恋人同士になれるなんて思ってもみなかったし、そうなりたいと願っているかといえば、そこまで考えられているわけでもなかった。コップに溜まった「好き」という想いが、ただただ溢れ出した、ただそれだけだった。
彼とは塾で一緒、という程度で特にこれといった共通点もなく、かといって塾で仲良く話をする訳でもなかった。
わたしは小さい頃からアトピーで、冬になると寒い外と暖房を入れた室内の温度差で体が温まると、からだじゅうが痒くなってしまっていた。あの塾の日も外はすごく寒くて、部屋に入ってすぐに着ていたコートを脱いだけれど、しばらくすると中の温まった空気で体がほてり出して痒くなってしまった。「辛い」なんて思ったかどうかも覚えてないけれど、小さい部屋の中にわたし以外に唯一いた、その彼は、何も言わずに暖房を消してくれた。別にわたしの辛さを知ってそうしてくれたわけじゃないと思うけれど、その出来事が妙に印象に残って、それ以来彼のことが気になっていた。
たくさん話す仲になってもいないうちに、わたしは「彼のことが好き」だと自覚してしまった。気づいたら目で追っていたし、顔を見るだけでうれしかった。話しかけると、みんなに彼のことが好きってことがバレちゃうんじゃないかって思って、話しかけることすらできなくなってしまっていた。だから、その代わりに、塾の伝達事項とか何か「用事」があれば話しかけてもおかしくない、と率先して伝えに行った。
恋人同士になるなんてことは、頭の中に想像すらしていなかった。「彼のことが好き」そう思うだけで、毎日が幸せだったし、高校で同じクラスになることはなかったからこそ、廊下ですれ違ったり顔を見れたりするだけでじゅうぶん幸せだった。好き、と伝えたのは、ほんとうに、ただただ、好き、と伝えたかった。毎日少しずつ溜まっていった「好き」が、コップにいっぱいに入れた水が表面張力で盛り上がるみたいに膨らんでいって、それが溢れて伝えたくなった、ただそれだけだった。
あれから、「いいな」と思う人が現れてもこの時の表面張力が溢れるような感覚になることができず、「これは好きじゃないのかもしれない」と、「好き」にカウントできずにいた。
そもそも好きってなんだろう。
会いたいって思ったら、それは「好き」?
触れたい、手を繋ぎたいって思ったら、それは「好き」?
いいな、と思う人に出会っても、これは「好き」なのか? 携帯番号を聞いたら「好き」ってことになるのかな? なんて「好き」という感情に対して禅問答が始まり、考えに考えて、疲れ果ててしまう。「いいな」の状態でわたしの中に浮かばせておくことができなかったし、「いいな」から「好き」へと確定しようと考えに考えた結果、もうどうでもよくなってしまうのだ。
でも、心の奥底では「繋がりたい」そう思っているのに、そこから先に進むのが怖かった。自分は受け入れてもらえるのだろうか。受け入れてもらえない自分を見たくない。
そんな自分が、彼に重なって一気に読んだ。
太宰治の「人間失格」だ。
わたしは読み終えた後にほっこりする感じがする物語が好きだ。そんな感じがするとは到底思えない、この本を、手にとって読む気になんてなれなかった。とあるイベントの課題図書として挙げられていたから、だからしょうがなく読み始めてみた。
本当の自分と、受け入れてもらうために創る自分。いつでも素直に感情表現ができればいいけれど、受け入れてもらうために期待に応えてしまうことだって、人間にはある。その間で揺れながらも、受け入れてもらうために自分で作った仮面を被り、その仮面が剥がされやしないかとドキドキする。
「人間だなぁ」
つけた仮面は違うけれど、誰にだってそういう部分はきっとあるんじゃないかと思う。繋がりたいのに、仮面の下の本当の自分を見せることは不安でたまらなくなる。そうしてうまく感情表現ができずに、繋がりきれない。そんな姿が、たまらなく人間らしく、そしてなんだか愛おしく思えてきた。最後、どうなるんだろう。彼は幸せになるの? いや、幸せになってほしい。いつしか、彼とわたしはその時間を一緒に過ごし始めていた。
「あなたのことが好きです」
そう伝えてからもう20年が経ってしまった。その間、好きとは何か。愛ってなんなのか。考えすぎて動けなくなったことは幾度となくあった。でもね、そんなことどうでもいいから、触れるだけで割れてしまいそうなその想いを、そっと出してみようよ、と、当時のわたしに伝えたい。顔を見て、声を聞いて、胸のあたりが少しでもあったかくなるのなら、もう少しそのあったかさを感じてみようよ。「好き」が何であるかよりも確かなものは、その胸のあったかさだから。
最後、幸せになるの? いや、幸せになってほしい。
わたしの物語はまだ、終わってはいないのだから。
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