メディアグランプリ

死ぬほど助けを求めることが苦手だった私へ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:水月むつみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「大丈夫」
 
私の長い間の口癖だった。
 
どんなに理不尽な目にあっても、どんなに辛いことがあっても、「私は大丈夫」「私は大丈夫」そう自分に言い聞かせて、ずっと生きてきたのが、私という人間だった。
 
そのことは、私を周りから頼りにされる人間に成長させた。
 
なんでも頼めばやってくれる人。なんでもできる人。人の話をよく聞いてくれる人。
 
それは、「先生」という職業にとっては、とても良い性質だった。
先生が頼りない人だったら、一体誰がその人から教えてもらいたいと思うだろう?
私は、良い先生としての性質を、知らず知らずのうちに身につけていた。
 
でも、私が、そういう人間に成長してきたのには、それなりに理由がある。
 
それは、きっと誰だってそうだ。
 
その人が、今、そういう性質の人間として生きているということは、その背景に、その人をそういう人間にさせてきた膨大な量の歴史があるからだ。
 
そういう私の輪郭みたいなものが、私の中ではっきりしてきたのは、ここ数年のことだ。
 
私は、人と話すのが苦手な子供だった。
というより、小さい頃から、人と話す機会がほとんどなかったから、話さないことが、私にとっては、「普通」だった。
 
何も言わずに静かに、大人しくしていること。
それが私の日常だった。
 
両親が家を空けることが多かったから、私は幼い頃から、しょっちゅう、いろんなところに預けられていた。
 
近所の家。祖父母の家。幼稚園。
 
いろんな場所で、私は「よそ者」として、隅っこにいることが癖になった。
 
近所の家に預けられれば、食卓の隅っこで、他の家族の人と一緒に、ご飯を食べる。
祖父母の家に行けば、祖父母が作業している端っこで、絵を描く。
幼稚園生が、みんな帰った午後の幼稚園では、職員室の隅っこで、大人の話を聞きながら、日記を書く。昼寝をする。あるいは、誰もいない園庭で、遊具で一人で遊ぶ。
 
「人に迷惑をかけないこと」
「邪魔をしないこと」
 
無意識のうちに、そればかり考えていた。
当然、それは何も話さないことを意味していた。
 
小学生になって、学校から帰っても、鍵で家のドアを空ければ、しーんとした部屋には、誰も話す人はいない。
 
病気の妹がいたことも、私の無口さに拍車をかけた。
両親の注目と愛情は、一心に妹に注がれることになり、私は文字通り「影の人」となった。
 
そうして、私は、「一人で」なんでもする人間に成長した。
 
でも、そんな状態で、まともに生きていけるわけがなかった。
 
あまりにも一人で頑張りすぎて、一時、救急車で運ばれそうになったこともある。
 
それでも、私は頑張り続けた。
そうして頑張り続けた結果、天地がひっくり返るほどの理不尽な目に遭うことになった。
 
今でも、どうしてそんなことが起きたのか分からない。
でも、その事件は、実際、起きた。
 
私を恐怖で震えさせる言葉を、怒涛のごとく発したその人の顔は、今でも忘れることはできない。
帰り道、どうやって帰ったのか覚えていないほど、泣きながら電車に乗り、なんとか別の仕事場に行って仕事を終え、帰宅した後は、死んだように眠りについた。
 
私は、私が今までにしてきたことの全てを失うことになったのだった。
 
それでも、私は二週間ほど、一人で悩み続け、週末、ひどく体調を崩した。
そうして、一人ではもうどうにもできなくなって、私はついに、友達に助けを求めるメールを夜中に送った。
メールを送ったことで私は少し安心したのか、その土曜の夜はずいぶんと長く眠った。
 
翌日遅く起きると、その友達から、メールと電話の着信が何度もきていた。
 
折り返しの電話をすると、彼女は、私のことをものすごく心配してくれている。
ちゃんとご飯は食べられているのか、これからどうするのか。
彼女の声からは、私がこれまで感じたことがないほどの優しさが伝わってきて、人の優しさが身に沁みすぎて、嗚咽するのは何とかこらえていたけれど、大量の涙が私の目からこぼれていた。
 
そうして、その友達は、私を元気づけるために、もう一人の友達と一緒に、私を食事に誘ってくれた。
 
食事中、話しながら、大変だった時のことを思い出してしまい、私は泣いてしまった。
泣きながら、友達に感謝を伝える。
 
「⚪︎⚪︎には、ほんとうに感謝してるの〜」
 
友達の前で泣くのは、大人になってから、初めてくらいだったと思う。
まるで子供のようだったに違いない。
 
それを聞いて、彼女は言った。
 
「私は、あのメールを見て、あんたが死ぬかと思ったんよ……」
 
もう一人の友達が言う。
 
「私は△△︎ちゃんに、憧れてたんだよ……」
 
それを聞いて、私はまた泣く。
 
そうこうしているうちに、デザートプレートが運ばれてきた。
 
友達は言う。
 
「はい、読んで」
 
そこに書かれた文字を見て、私はまた泣く。
 
涙でかすれた声で、私はデザートプレートの文字を読んだ。
 
“Move Forward.”
 
そこには、英語で、こう書かれていた。
 
「前へ進め」
 
何にもなくなった私でも、味方になってくれる人がいる。
そう思えた瞬間だった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、3人で写真を撮った。
 
私はきっと、その日のことを一生忘れない。
 
ダメな私でも良い。
 
よく電車の乗り換えを間違える私。
よく電車を乗り過ごす私。
よく忘れ物をする私。
ものすごく方向音痴な私。
 
そういうダメなところが、私たちをつながらせてくれるのだ。
一人でも大丈夫な人間なんて、つまらない。
 
***

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2017-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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