鮮やかな色彩と、モノクロ《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。
戦争は、一層激しさを増していた。
テレビのニュースは、連日戦況を伝えていた。昨日の死者数は何名で、どこで、どんな戦闘が行われているのか、生々しく伝えていた。
私も、最近はずっと避難所に引きこもっている。いざとなれば、国軍の人が守ってくれると思ってはいるけれども、どうにも心が落ち着かない。聞けば、ここからもう数十キロ圏内にまで、敵が来ているらしい。自治体からは、「有事の際は、逃げるように!」と伝えられてはいるが、逃げたところで、果たして生き延びることが出来るのだろうか。
何せ、敵は私達よりずっと頭が良い。いや、全て効率だけを考えて、動いている集団というべきだろうか。とにかく敵は、まるで猪のように、前だけを向いて攻めてきている。けれども、作戦は決して猪なんかではなく、人間の思考を遥かに超えた作戦を編み出しているのだ。
人間の思考を遥かに超えた存在。敵がそうなってしまったのも、私達「人間」のせいなのかもしれない。
なぜなら、「敵」は私達人間が生み出してしまった存在だからだ。
十数年前、私の住んでいる国では、人口の減少が叫ばれていた。長年、この問題が叫ばれているにも関わらず、国の脳たる専門家や政治家は、明確な解決策を打ち出せないでいた。
その問題と並行して、技術分野における革新も進んでいた。「人工知能」が生み出され、それが様々な分野に応用されていた。
例えば、今まで人間がやっていた単純作業を、人工知能が代わりにやっていた。人工知能には、人間が普段抱いている「感情」が無く、全ての事柄を「意味のあるもの」と「ないもの」に2つに分けて考えている。言い換えるなら、人工知能には「カラー」という概念は無い。「意味があるか」「意味がないか」の2つ、つまり白と黒しか、判断基準が無いのだ。
人工知能が生み出された当初は、機械にその技術を応用するだけだった。人工知能が備わったロボットは、ひょっとすると、人間よりも効率的に働くかもしれない。
しかし、最近になると、人工知能に対する考え方も変わってきた。
ある政治家が、こう言ったのだ。「人工知能を使って、人工的に人間を作ることは出来ないだろうか」と。
始めは、その意見に対して反対する声が多かった。「非人道的」という理由で反対する人が多かった。それもそのはずだ。今まで人間は、男女の間からしか生まれてこなかったのに、そのルールに反して、人間を作ることには、誰しも抵抗を感じただろう。神を信じない人でも、「神による裁き」の心配をしたかもしれない。
けれども、当時抱えていた「人口減少」の問題も、解決の糸口が未だに見つけられずにいた。それは、出口の無いトンネルのように思えた。少なくとも専門家や政治家は、この問題に、明確な解決策を見出せないことに、気付いていたことだろう。
そこから、悪魔の研究は始まってしまったと、私は両親から聞いた。
人間の肉体を人工的に作り出し、そこに脳代わりの人工知能を入れる。これで、私達とは全く違う、けれども見た目は殆ど変わらない「人工人間」が誕生したのだ。
1度だけ、私も「人工人間」と話をしたことがある。それは、私の通っていた中学校に、人工人間がやってきたときだった。
クラスの皆が、寄ってたかって、人工人間に質問を浴びせた。まるで、突然転校生でも来たかのような、盛り上がり方だった。
「なぁ、メアリって好きな食べ物は何なん?」
その人工人間は、女の子の形をしていた。名前は、メアリと言うらしい。
「好きな食べ物なんて、ないわよ」
メアリは、心底興味が無さそうに、そう答えた。
「え、じゃあ好きな歌手は?」
男子の1人が、続けて質問をする。するとメアリは、丁寧に、その男子の方を向いてから、こう答えた。
「音楽は聴かないわ」
今思うと、クラスの皆は、メアリから「人間的な部分」を見出そうとしていたのかもしれない。皆どこかで、メアリには感情が無いことを理解していたのだろう。けれども、まるで暗闇の中から、キラリと光る宝石を探し出すかのように、メアリの中から、感情という宝石を見つけたがったのかもしれない。
けれども、そんな希望は、まるで水泡のように、空しくはじけてしまった。メアリは、弾丸のように寄せられる質問を、全て綺麗にかわしきったのだった。
その人工人間が、私達「人間」に牙をむきだしたのは、つい最近のことだった。
既に人工人間は、年間何百万人のペースで、作られていた。彼らのおかげで、この国の人口は上昇を続けていた。これで、政治家や専門家も一息ついたことだろう。
けれども、事態は急変した。大きくなり過ぎた「人工知能軍団」が、突然、私達人間へ牙をむいたのだ。
きっかけは、とある州の学校での出来事だった。いつもと変わらず、人間と人工人間は授業を受けていたが、突然、人工人間が人間に襲い掛かったのだ。
すると、それを皮切りに、各地で人工人間が、人間を襲う事件が起こった。人工人間達は、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、一斉に人間へと襲い掛かったのだ。
人工人間の数が少なければ、事件が起こっても、すぐに抑えられたかもしれない。けれども、人工人間の数は、増えすぎてしまった。既に、個人や団体レベルでは、対処できなくなってしまっていた。
こうして、国を巻き込んでの戦争が、勃発したのだ。
「おい、すぐそこまで来ているぞ!」
一緒に避難所に来ていた、幼馴染のジャックが、叫んだ。まるで、悲鳴にも似た声。いつも強気だったジャックの、そんな声を聞いたのは、生まれて始めてだった。
その瞬間、避難所のガラスが割れた。何かが投げ込まれたようだった。避難所にいた人々は、逃げ惑った。彼らを始め、私達人間は、人工人間に勝てないことを、理解していたのだ。
人工知能集団は、私達人間が、どうすれば死ぬか、どんなことをすれば嫌がるかを知っている。加えて、彼らには「死への恐怖」というものが感じられない。いや、おそらく彼らは、私達人間に負けるなんて思ってもいないのだろう。彼らの目には、私達人間は、虫けらのように映っているのかもしれない。圧倒的な力でねじ伏せれば、負けることはないと思っている。
私達人間も、人工人間には勝てないと思っていたし、人工人間も、私達人間には負けるはずがないと思っていた。不思議と、この両者には、不思議と、そういった力関係の共有がなされていたのだ。
私達人間は、彼らには絶対に勝てないと思っていた。だから、人工人間が襲ってきた時、私を含め、避難所にいた人間は、逃げ惑った。前までは、光に集まる虫のように、寄り合っていたのに、人工人間が攻めて来て、光が消されてしまうと、一斉に四方へ飛び散った。
私も、そんな虫のうちの1匹だった。私も、人工人間が怖かった。彼らに会ったところで、勝てる気がまるでしなかった。おそらく、目を合わせた瞬間、彼らはまるで蜂のような素早さをもって、私を一撃で仕留めてしまうのだろう。私はそれが怖かった。どこか遠くへ、彼らが追ってこないところまで逃げた。念のため、自分の身を守るためのナイフを持ってきてはいたけれども、これを使う機会は無いんじゃないかと思った。
必死に逃げて、森の中へと入った。今は昼間のはずなのに、森の中は真っ暗だった。ジメジメと、湿気がまとわりつく。その気持ち悪さが、私の不安を一層煽った。
「ここで出会ってしまったら、どうしよう……」
そんなことを、私は思っていた。
「ザク、ザク」
小さいけれども、森の奥の方から、落ち葉の砕ける音が聞こえてくる。足に踏みつぶされて、落ち葉が砕ける音だ。それは、誰かの足音を意味していた。
瞬間、私の胸は大きく高鳴った。心の中の危険探知機が、「このままではマズい!」と警報を鳴らす。その警告には気付いていたけれども、果たしてどのような行動を取るのが正解なのか、まるで分からなかった。
落ち葉が砕ける音は、どんどん大きくなっている。こちらにどんどん近づいてきているのだ。けれども、私は、まるで足が沼にでもはまってしまったかのように、全く身動きが取れなかった。ただ、泣きだしそうになる気持ちと、ここから逃げ出したいと思う気持ちが、混ざっていた。
どれ程、「人間であって欲しい」と願ったことだろうか。今から来るであろう人物が人間であれば、少なくとも私は救われるのだ。けれども、私には不思議と確信があった。今からやってくるのが悪魔で、そいつが死を携えてやってくるという確信があったのだ。
「ザク、ザク」
足音が止まった。もう「そいつ」の姿は、私から見えるほど近くにあった。
一見すると、私と何にも変わらない存在だった。「そいつ」は、女の形をしていた。黒い髪をしていた。白いワンピースを着ていた。そして、私は「そいつ」を知っていた。
「メアリ……?」
1度しか会ったことが無いけれども、覚えている。あの質問の弾丸の雨を、さらりとかわしていった、メアリだ。そして、メアリは人工人間だった。
「久しぶりね」
メアリは一言、そういった。相変わらず、氷のように冷たい目を、こちらに向けながら。
メアリに会った瞬間、不思議と私は冷静になった。これから起こるであろう悲劇の覚悟が出来たとでも言うのだろうか。不思議と、心の中は透明でクリアだった。無駄な足掻きをしようなんて、思わなかった。
「私を、殺すの?」
私はメアリにそう尋ねた。自分でも不思議なくらい、スッと言葉が出てきた。そして、メアリはその質問にさえ、機械的にこう返した。
「そうよ」
「なぜ?」
私はすかさずこう聞き返した。そういえばなぜ彼らが私達人間を襲うのか、分かっていなかった。
「私達はね、あなた達に作られた。あなたたちのような、無駄なものを一杯携えた生物から生み出された」
メアリは、消え入りそうな小さな声で、こう言った。そこには、少しも「真相を隠す」といった姿勢は見られなかった。消え入りそうな声だったけれども、決して言いにくい事だから、声を小さくしているわけではなさそうだった。
「そう、あなたたちは、感情という無駄なものを持っている。そして、その感情が引き金となって、戦争だの権力争いだの、無駄なことをたくさんやっている」
メアリは、見下す姿勢も無く、こう続けた。
「だからね、私達は思ってしまったの。あなたたち、人間がいなくなった方が、この国は上手く回るんじゃないかってね。私達のように、白と黒でしか世界を見なければ、もっとこの国は発展する。あなた達には、余計なものが見えすぎているのよ。世界には色はいらない。白と黒で十分よ」
メアリは最後まで淡々とこう言った。そこには、私達人間に対する憎しみは込められていなかった。彼女はただ、事実だけを言っているようだった。それは、まるで数学の問題の答えを言っているかのようだった。感情からではなく、事実だけを言っていた。
彼女の言っていることは正しい。人間は、感情があるせいで、色々な問題を起こしてきた。大きいものだったら、戦争。その規模でなくとも、小さい権力闘争なんて、どこにでもある。誰かが、誰かのことを嫌っているなんて話は、よく聞く。
その「感情」が無くなれば、たしかに国は発展するかもしれない。「国にとって必要か否か」だけで判断できるようになれば、その国はもっと高いレベルへ行けるだろう。
けれども私は、彼女の言っていることに、納得が出来なかった。たしかに、「感情」が世の中という川の流れを悪くしているのかもしれない。けれども、感情の無い世界は、果たして幸せなのだろうか。
「メアリ……?」
私はメアリに聞いてみた。彼女にこんなことを聞くのは、恐ろしかった。けれども、私の中には、確固たる意志もあった。
「その世界で生きていて、あなた達は幸せなの?」
感情の無い人工人間に、こんな質問をするなんておかしいと思った。けれども、私は、何としても「感情」の重要性を伝えたかった。世の中というパズルを完成させるには、感情というピースも必要であることを、メアリに伝えたかったのだ。
「何が幸せかなんて、私には分からないわ」
メアリは予想通りの回答をした。その顔には、「今更何を聞くんだ」なんて感情は、読み取れなかった。
「質問は、終わったかしら?」
メアリはこう言った。心なしか、先程よりも声が大きくなったような気がする。それは、何かの始まりを伝えていた。
私も、ナイフを構えた。もう死ぬ覚悟は出来ていたけれども、メアリ達が作ろうとしている世界には、納得がいかなかった。だから私は、そんな世界と、戦おうと思ったのだ。
メアリの動きは素早かった。まるで蜂のようだった。けれども、目で追えないわけではない。ナイフなんか使ったことはなかったけれども、どうすればいいのかは分かった。
メアリの胸へ、このナイフを突き刺せばいい。
「グチュ……」
なんとも言えない音が、森の中に響いた。小さい音のはずだったけれども、なぜか大きく聞こえた。
私のナイフは、メアリに刺さっている。けれども、メアリのナイフも、私に刺さっている。
相打ちだった。どちらのナイフも、鮮やかに胸に突き刺さっていた。
薄れゆく意識の中、私はメアリを睨んだ。「私は負けない」という精一杯の意志を込めて、メアリを睨んだ。
彼女に、どの程度私の意志が伝わったのか、分からない。いや、おそらく全く伝わってはいないだろう。
けれども、私はそれでもよかった。今から作られる世界に対して、少しでも抗うことが出来たのだから……。
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