胃袋よ、親の記憶を食らえ
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記事:廣升敦子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ねぇ、干し柿ってスーパーに売ってる? 柿を干しておけば、干し柿になるかなぁ」
ダイエットに目覚めた夫が、スマホ片手に尋ねてきた。
「干し柿ねぇ。あまり見かけないよね。そう言われると、どうだったかな……」
夫の質問を受けて、記憶をたどった。
「スーパーに並んでる甘い柿じゃなくて、渋柿じゃないと干し柿って作れないはずだけど……。そもそも、柿って、11月くらいまでしか売ってないんじゃないかな」
「へぇ、そうなんだ。ねぇ、このダイエットアプリ見てよ。干し柿1個で6グラムも食物繊維がとれるって。1日の1/3だぜ」
聞くところによると、糖質を制限したいからといって、お米やパンなどの主食を摂らないと、食物繊維が不足してしまうそうだ。そのため、夫はオクラやらしいたけやら、食物繊維を多く含む食材を自ら調理して食べるようになった。そして、ふたりの間で自然と食に関する話題が増え、夫は嬉しそうに台所に立つようになった。こうした夫の変化を見ると、本当に「ダイエット様様」だ。
「ところで、東京の人って、干し柿とか食べないの?」
東京生まれ、東京育ちの夫の記憶に、「干し柿」はなかったようだ。
「うーん、食べたことないなぁ」
「そうなんだ。うちの実家だと、のれんみたいに、軒先に干し柿が吊るしてあってさ……」
そうだ。
うんざりするくらいに。
宮城県北部にある実家では毎年、干し柿を吊るして秋を迎えていた。そして、白菜を漬けて冬を迎え、餅を乾燥させたらお正月がやってきた。季節が食を決めるのか、食が季節を決めるのかわからなくなるくらい、その順番はかっちり決まっていた。
そして、食べごろになると、親や祖父母のシュプレヒコールが鳴り響く。
「柿、食えぇ~」
「餅、食えぇ~」
「白菜の根っこは、栄養あっから、食えぇ~」
そうした気遣いが、思春期を迎える頃には、本当に煩わしかった。どれもしょっぱいか甘いだけで、食べたら顔がむくんでしまいそうだ。
「いい。もう、お腹いっぱいだから」
適当に食事を終えると、自分の部屋に引きこもった。そして、自分に希望を持たせるように、雑誌のページをめくっていた。
「東京に生まれてたら……」
雑誌の中の高校生は、ポケベルを片手に、ポテトやハンバーガーを食べていた。アイスクリームチェーンやドーナツショップで、どんな話をしているんだろう。
そんなふうに想像しては、東京に住むことを願い……。
地元にはちょうどいい進学先がないと説明すると、親はあっさりと「一人暮らし」を許してくれた。
そうして、高校卒業を機に地元を離れると、むさぼるように「流行り」を食べた。東京の食は、刺激を与えつづけてくれる。おかげで、私の胃には、脂や砂糖の耐性が備わった。
しかしながら、妊娠と出産を経て「胃袋」がもう一つ増えると、食への欲望は変わってくる。
豆と塩だけのお味噌、無農薬の野菜、焼き芋に玄米……。が、今度は、田舎に当然のようにあったものが、なかなか見当たらない。近所のスーパーでは、倍の金額を払わないと手に入らないのだ。では、漬物石で白菜でも漬けてみようかと思うが、どれくらいの塩を入れたらいいのか、どれくらいもつのかも「Google検索」に頼る始末。親の手仕事を見てきたはずなんだが……。そう記憶を辿ると、わからないことばかりだ。なぜ、酒に柿をつけてたのに子どもでも食べられたのか。餅は、どれくらいもつのか。そして、収穫した白菜がしばらく腐らなかったのはなぜか。
神隠しにあったかのように、私の記憶は上京を機にぷっつり途絶えてしまっていた。……いや、そもそも「食事」を記憶してこなかったのだ。
辺見庸氏の「もの食う人びと」に、こんな一文がある。
「食べることとは、民族が祖先や文化の記憶を味になぞらえること」
餅に干し柿に漬物、梅酒に甘酒……。
実家の食卓に並んでいた食べ物たちは、寒さ厳しい冬をしのぐために生まれた「保存食」だ。それは、腐りにくいというだけでなく、先祖たちが「体にいいもの」として記憶し続けてきた文化なのだ。
思い返すと、最近では実家に帰っても、私は「客人」だ。盆暮れにちょっと顔出すだけなので、「たまの帰省だから」と、刺身やすき焼きでもてなしてくれている。それらの賞味期限は早い。まるで、私がすぐにトンボ帰りしてしまうことを知っていたかのように。
が、私も親も、そろそろ機が熟してきた。
今度実家に帰省した時は、一緒に台所に立とう。
親が保存してきた「味」をなぞりながら。
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