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新大陸発見のススメ


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記事:海 うみ子(平日ライティング・ゼミコース)

 
 
「終わりましたよ〜! 聞こえますか〜?」
 
遠くで誰かが私に話しかけている。
ぼんやりと目を覚ますと、枕元で、もう一度、
「無事、終わりましたから」
と伝えられた。
終わった? ああ、そうか。私は手術を受けたのだった。
今は何時だろう?
ぼんやりとそう思った瞬間、痛みの感覚が全身に広がった。
いたい!!!
気づけば、自分の意識とは関係なく、勝手に体がガタガタと震えていた。
そして、震えれば震えるほど、傷は傷んだ。
 
「本当に手術受けてよかったのだろうか」
朦朧とする意識と痛みの中で考えていた。
不安だった。こんな痛い思いまでして、お腹を切る必要があったのだろうか。
自分の体を自分でコントロールすることも叶わず、声を出すこともできず、痛くて、寒くて、ボロボロだった。
しかし、そんな私を夫は喜んで迎えてくれた。
「よく頑張った。終わったよ。もう大丈夫。ほんとによかった」
その言葉を聞いてやっと、手術受けてよかったんだ、もう終わったんだ、と現実を受け入れることができた。
こうして私の長かった不妊治療は、ひとつの到着地にたどりついた。
 
そもそもの始まりは、いまから約2年前だ。
 
結婚は少し遅めの32歳だった。でも、今の世の中、珍しいことじゃないし、大学も行って、仕事もある程度やって、ちょうどいい時期だと思っていた。
結婚後は、すぐに妊娠して、翌年には元気でかわいい男の子を産んだ。順風満帆だったのに、息子が2歳をすぎた頃からだ。そろそろ2人目ができてもいいな、と思っているのに全然妊娠しない。何かが違う。35歳を過ぎていた。
 
育児や家事、仕事への復帰など、大変なことも多かったが、子供をもう1人産みたいという思いの障害にはならなかった。「年齢」という要因も拍車をかけ、早く妊娠しなければという焦りが大きくなっていった私は、婦人科を訪ねた。
はじめは近くの産婦人科を受診し、総合病院を勧められ、さらにその中で、婦人科から生殖医療科を紹介された。どんどんと専門化していく診察場所は、不安でしかなかった。
 
こうして、いつしか私は、「不妊」という大海原を漂っていた。
目指すは、「2人目の妊娠出産」。しかし、ゴールにたどり着けるかどうかは、わからない。ただただ信じて前に進むのみだ。
 
ふと、アメリカ大陸を発見したコロンブスに思いを馳せる。彼は、航海をしながら、この先に何もなかったらどうしようと考えることはなかったのだろうか。どうやったら「この先にジパングがあるはず」と信じきれたのだろう。目の前の大海原をみて、途方にくれる日をどう乗り越えたのだろう。
 
私はというと、何度も心が折れた。排卵のたびに、今度こそと期待して、生理が来るたびに、絶望の涙を流した。自分の体がポンコツに思えた。どこまでいけば、妊娠にたどり着けるのか、何を頑張ればいいのか、途方に暮れる日々だった。
 
もちろん船には夫も乗っている。一緒にゴールを目指すのだ。
しかし「早くたどり着きたい」と焦る私に対し、夫は、「いつかどこかにたどり着くでしょ」とのんびりと構えていた。彼なりの優しさだったのだが、他人事のように話すその態度は、余計に私を苛つかせた。一緒に船をこいでよ。ほんとにやる気あるの? 航海の日にちが長くなると、お互いが小さなことでイライラした。
どちらかが、もう船を降りると言ってもおかしくない状況だったし、離婚すらも頭をかすめた。
 
そんなピリピリした空気の中、治療はうまくいく気配など全くなかった。
医師は言った。
「筋腫を取りましょうか」
子宮の中に向かって筋腫というコブが育っているせいで、赤ちゃんの卵がうまくたどり着かない可能性が高いというわけだ。しかし、取ったからと言って必ず妊娠するとは限らないが、と医師は付け加えた。
 
私は、この航海に疲れていた。ゴールすることもできず、引き返すこともできず、ただどこか陸地に上がって、ほっとしたかった。手術なんて人生で初めてだったが、差し出された一つの選択肢にすがった。
「手術してください」
 
何のための手術だったのかといえば、不妊治療のためであったが、手術後は今までの生理痛や生理の出血量が改善された。そして、おかしなことだが、手術後の避妊期間に心の安らぎを取り戻した。妊娠しなければ、という強迫観念から開放された生活だ。夫婦でイライラする事がなくなった。私たちは、思い描いたゴールとは違う場所にいるが、家族3人でも幸せだと心から感じている。
 
コロンブスだって本当はアメリカ大陸を目指していたわけではなかった。ジパングを夢見て、偶然にアメリカ大陸にたどり着いたのだ。
私は、手術という思いがけないアメリカ大陸のおかげで、家族の穏やかな時間を再発見している。ゴールは、いつだって変更していい。幸せかどうかは、私自身が感じて決めればいいことだ。
 
 
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2018-03-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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