磁石のS極とN極が2つに分けることができないように、人間もまた。
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記事:夏目則子(ライティング・ゼミ平日コース)
子供の頃、3つ上の姉は私を召使のように扱い、つらく当たった。今でこそ優しい彼女は、その頃の私にとってただただ怖い存在であり、家の中で私は姉の存在に怯えて暮らしていた。姉は機嫌が悪いと私に思いつく限りの暴言をはくので、私は彼女のご機嫌を損ねないように、気を使い、ご機嫌を伺い、命令をすべてこなした。幼少時代から思春期にかけてそんな生活が続いたせいか、私はすっかりM(マゾヒズム)気質となっていった。さらに大学卒業後、広告代理店で働く中で、私のM気質は磨きがかかっていった。さすがに時代の流れの中で変わりつつあるが、その頃の広告代理店の仕事とはありていに言えば、クライアントのために我が身を捨て、夜を徹して尽くすことでお金をいただくことであった。そんな環境の中で、深夜まで続く作業も、クライアントからの無理難題も、上司の無茶ぶりも、達成感を得るための喜びにかわっていった。
単一民族であるからか、日本人は人のタイプ分けをするのが好きな国民である。その代表が、血液型だが、お酒が入ると盛り上がるのが「自分はSかMか?」というものである。特に異性が揃っているとより盛り上がるが、別に性的な意味ではない。あくまで日常の性格的な意味での気質のことある。私は長らく、「自分は完全なMである」、「しかも、かなりのドMである」と公言してきたものだ。若い頃の私はそのことに、みじんも疑いを持たなかった。
ところが、広告代理店でM性を極めていったはずであるにも関わらず、後輩や部下を持つようになった頃、自分の中にある“S(サディスティック)性”に気付く。前述のように広告代理店の社員にはM気質を持つ人材が豊富である。そしてある時、そんな彼らに容赦のない攻撃を加えている自分に愕然とした。企画の全否定、慣れない仕事の無茶ぶり、ささいなミスも見逃さない指摘……。もちろん愛情はたっぷり込めていたつもりである。いつの間にか、若手の間で「アメとムチの魔術師」と呼ばれるようになっていた。まさか、ムチ打たれるばかりだった自分がムチを使う日が来るなんて、そんな自分に自分が一番驚いた。現実のムチはまだ使ったことがないのが幸いである。
私の仕事はマーケッターである。新たな気づきには分析を加えずにはいられない。一種の職業病である。そして生活者を分析することが最も重要な業務であるから、人間の観察はプロであると自負している。そんな目で周りの人間を観察してみると、明らかで、かつとてもシンプルな傾向が見つかった。
ドMの人はまた、ドSでもある。
反対に言うと、S性が弱い人は、M性もまた弱いのだ。
高校時代、あまりにも苦手で苦痛でしかなかった物理の授業を思い出した。その不思議さから、唯一興味を持った話がある。物理オタクのような先生が嬉しそうに説明してくれた。
「磁石にはN極とS極があり、どちらかが単独で存在することはないんだ。磁石をちょうど半分に切っても、S極とN極に分かれることはなく、S極とN極の両方を持つ2つの磁石ができあがるだけなんだよ」
それがなぜなのかは、私の頭では説明できないが。
SM性は磁石と同じである。
一人の人間の中に、S性とM性のどちらかが単独で存在することはない。必ず両方の気質を持ち合わせるのだ。人の気質とは、それが強いか弱いかでしかない。そしてSとMは互いに惹かれあう。磁力が高いほど強く引き合う磁石のように、SM性が強い人ほど強く惹かれ合う。例えば自分の中のS性に気づかずにいても、M性の強い人に出会うことでそれが刺激され、潜在的に眠っていたS性が顕在化してくるのだ。
大人になってから気づいたことだが、姉もまた子どものころ、厳しく怒りっぽい母の態度にずっと耐えていたのだ。たえず母の顔色をうかがい、逆らうことなく言うことを聞き続けた。完璧なM性をもって。そしてその対極としてのS性を私にぶつけていただけなのだ。
でも、私はSM性の強い人の方が好きだ。私が気の合う人は一様にみな、SM性が強い。どうもSM性が弱い人は面白みとか人間味に欠けるような気がして、あまり惹かれない。個人的見解では、SM性の強い人の方が何だか魅力的で、多くの人を惹きつけるのではないかと思う。磁石は、その磁力が強いほど多くの鉄を引き寄せるのと同じように。
そしてそれがまた厄介なことに、強い磁石は鉄分が含まれているものを何でも引き寄せてしまう。要るもの要らないものを磁石自体は選別できない。必要なものを引き寄せるつもりが、不要なもの、時には危険なものも引き寄せてしまうこともある。同じようにSM性が強い人も、惹きつける人を選ぶことはできない。だからSM性が強いという自覚がある人は、危険な人を惹きつけ、ドロ沼のような関係に陥ることのないように、十分に気を付けなければならない。世の中の色恋沙汰の多くは、こんな危うい関係の男女に起こりがちなのだから。
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