「やりたくないこと」はドラゴンボールである
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記事:ユウキビート(ライティング・ゼミ平日コース)
「やりたいことを仕事にしよう」
「やりたくないことはやるな」
「夢を見つけ、夢を叶えよう」
成功者たちの合言葉。自己啓発本の決まり文句。
「やりたいことやろう」というニュアンスの言葉は、こうしてる今もニュースメディアを舞い、ブログを駆けてタイムラインを埋める。
10年前にも同じような言葉は飛び交っていた。そして就活生だった僕に強烈な劣等感を植え付けた。
当時の僕にはやりたいことがなかった。
「ワクワクしたい」「クリエイティブなことがしたい」「いつか起業したい」
なんて漠然と考えてはいたが、具体的なビジョンはゼロ。未来は輪郭のぼやけた幽霊のように思えた。
愚かなことに、僕はこのときようやく気づくのだ。自分が何者でもなく、むしろ筋金入りのダメ人間であり、選択肢は限りなく少ないということに。
おかしいな。やりたい仕事が見つからないぞ。なんてことだ。なんとなく自分は成功するような気がしていたのに。ある日素晴らしいアイディアを閃いて物語が始まるはずだったのに。
ぽきっ。それまで僕の心身を支えていた楽観という杖が無意味なプライドといっしょに折れた。視界は暗い霧がかかったように淀んでいく。霧の向こうにちらつくのはステレオタイプなサラリーマン像。
だがよく考えればこの状況はあまりにも当然の産物だった。
学生時代、同級生には2種類のタイプがいた。「やりたいことを追いかける人」と「やりたくないことを丁寧に積み重ねる人」の2種類だ。
目標を現実にするため勉強や部活に取り組む人。音楽やダンスに情熱を燃やす人。留学をして視野を広げる人。これが前者。とくに目標を掲げるわけではなくても、コツコツと努力を重ね手札を増やしていくのが後者だ。
両者をひとことで括るとすれば「何かをがんばっている人たち」だ。
僕はどちらでもなかった。やりたいことを探すでもなく、やりたくないことからは目を背ける。勉強はしない。部活には入らない。遊びにも本気にならない。なんとなく高校を卒業し、なんとなく大学に入り、酒を浴び、女の子を追いかけ、ゲームざんまいの日々。だらだらと時間を消費しただけの、控えめにいっても屍だ。
そんなやつにどうしてやりたいことが見つかるだろうか。種を蒔いていないのだから芽は出ない。当然花も咲かない。
就活時に見聞きした「やりたいことを仕事にしよう」という言葉は眩しく輝き、甘すぎる人生設計やだらしない意志、根拠のない過信を容赦なく照らした。
劣等感と焦燥感に打ちひしがれた僕は、漠然と抱いていた願いすらあっけなく諦める。
気づけば適当に選んだ企業の面接で適当な志望動機を並べ、「これから待つ現実はめんどくさいことから逃走し続けた罰なんだ」と言い聞かせていた。
社会は想像していたよりさらに面倒なところだった。面倒な会議。面倒な事務作業。面倒な人間関係。仕事だけじゃない。飲み会、ゴルフ、接待。家事に恋愛、保険税金、貯金。やりたくないことのオンパレードだ。ああめんどくさい。めんどくさい。
甘く弱くやわい僕のメンタルは悲鳴をあげ続けたが、ひとつだけ決めていたことがある。
この先やりたいことが見つかるかは分からないけど、やりたくないことからは逃げないでおこう、という決意だ。字面にするとものすごく普通のことに思えるが、ダメ人間にとっては決意なしに達成できないプロジェクトであった。
それから7年ほど経ったころ。ダメ人間は相変わらずではあったが、やりたくないことから逃げないという決意は一応守られ、少なからず仕事へのやりがいや誇りみたいなものを感じだしていた。
僕はもう一度、将来と「やりたいこと」について考えた。すると7年で意外な変化が起きていた。一度潰えたはずの選択肢が増えていたのだ。
社会に出てからこなしてきた「やりたくないこと」の経験値と、独学で得た知識を組み合わせれば独立できるかもしれない、という算段が立った。また同時期に独立願望のある友人が起業を考えているというタイミングも重なる。彼の技術とタッグを組めばさらに成功する可能性は上がるだろう。
それからはあっという間だった。現在は起業して3年が経とうとしている。
泥くさい地道な営業経験や退屈な資料作りは起業後大いに役立った。面倒な勉強で得たWEBの知識は外注費削減につながった。苦手な自制と貯金のおかげで開業当初の苦しい時期を乗り切れた。仕事の相方は、社会に出てからも付き合いを続けてきた数少ない親友でもある。(友達づきあいはやりたくないことではないけれど)
やりたくないことに取り組み、ノウハウを複数個集めることで、かつて諦めた「いつか起業したい」という願いが叶ったのだ。
「集めると願いが叶う」といえばドラゴンボールだ。漫画『ドラゴンボール』において、7つ集めると願いを叶えてくれるという奇跡のボール。ひとつひとつに力はなくとも、集めたら願いを叶えられるのだから「やりたくないこと」はドラゴンボールなのだ。
起業しても楽しいことばかりではなく面倒も多い。つい先ほども決算や確定申告に追われ頭から煙を出したばかりだ。できればやりたくないことも事業存続のためにはこなさなければいけない。それが結果として選択肢を広げ、以前は描けなかったようなビジョンを生む。
僕にはいま新たな願いがある。叶えるためにはいくつかの「やりたくないこと」と向き合わなければならない。とても面倒だけど「やりたくないこと」はドラゴンボールだから、集めてみようと思う。
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